短編
付き合ってください。きっと彼女はその言葉を本気にはしないだろう。何故なら自分も遊びで言っているのだから。多分今日がどんな日かは分かっているはずなのだ。4月1日は。
しかし、彼女はその冗談半分の要望を快諾した。彼女が一瞬笑った事から、きっと嵌めてやろうとかそんな心情が伺い取れた。もしかしたら俺も彼女のように笑っているのかもしれない。
彼女はどちらかと言うといい意味で孤立していた。大体の女子では中学でクラスごとに派閥ができる。彼女達は対立したり、協力したり色々な顔を見せるが、彼女はのらりくらりとそれを利用した。両方の派閥から情報を得たり流したり。それが彼女の処世術だったのだろうか。
中学ではクラスが三年間同じ。高校では彼女は女子高に進学したけれど、大学でまた一緒になってしまった。自分は昔からいたずらが好きだった。多分これもその性格が関係しているのかもしれない。
彼女と行った先は、小さな喫茶店だった。サービスの水を飲む事も無く、すぐに彼女はミートスパを頼んだ。俺はカルボナーラを頼んだが、それらが運ばれた時に少し唖然とした。量が多い。自分は男子にしては食が細い。女子から見ればよく食べると言われるのだろうが。俺のものと同じ量位のミートスパをさも平然に平らげる彼女を見て、俺は決意を決めた。
「食、細いのね」
「悪かったな。これでもすくすく育ってきたんだから。175はあるんだぞ?」
ある一言を言おうとしたけれど、流石に踏みとどまった。
「大体分かる。私は食べた分だけ背が伸びるんだよね。そのせいで170が見えてきたよ。全く太らないのはいいんだけどさ」
ダイエットなんてしたこと無いよ?そんな事を言いながら二人で商店街を行く。彼女が先を進む。行きたいところでもあるのだろうか。
そうしたら、手を掴まれた。一瞬驚いたけれど、そんな事お構いなしに彼女は店に入った。女性向けの服の店。彼女は服を選んでいく。財源はどうなっているのだろうか。俺の財布だったとしたらそれは勘弁だ。しかし、彼女は俺を連れて試着室に入り、服を一着ずつ見せていく。選べというわけか。じっとこちらを見てくる彼女。気に入ったのを選んだが、やけに愉しそうだったのは気のせいだったろうか。
商店街から出る。また彼女が先に行くと思ったが、彼女はなんと手を繋いできた。別に良かったが、突然されると困る。その旨を彼女に伝えると、彼女は「恋人だから」と一言で済ませた。「親しき仲には……」という諺は幼い頃から知っているが、親しき仲は嘘の恋人という物も該当するのだろうか。
「海、行きましょうよ」
この町は海が近くにある。夏は海水浴場になるが、四月の初めといえば人も少ない。夕方は隠れたデートスポットらしいが、詳しいことは知らない。
海は嫌いだった。親父は崖から落ちて海で溺れて死んだ。突き落とされたのかもしれないし、自殺なのかもしれない。よく分からないから、調べては居ないけれど。その日も4月1日だった。
じっと海を見る。海はザァザァと音を立てて寄ったり来たり。上を見ると鳶が数羽飛んでいく。
彼女は砂浜を掘って貝を探していた。
「あさりとかって、いないよねぇ……」
「そりゃ潮が引いてないからだろ。潮が引かないと駄目なんだよ。ほら、あそこに防波堤があるだろ?」
防波堤には水が引いた跡がない。ちょうど満潮だったのだろう。
全くいないよとぼやきながら彼女は立ち上がる。彼女は海水で手を洗う。波が引いている隙にという事だったのだろうが、案の定波に足が呑まれた。慌てながらこちらに向かってくる。
「濡れたぜ全く。靴下とかある?」
変な口調で靴下を要求する彼女。
「残念、一人暮らしだよ。男物のやつしかないよ。」
「あのさ、靴下って濡れると気持ち悪いよねえ。なんか蒸れてきてさぁ。嫌なんだよね」
そして彼女はまた手を引いてここを出る。道路に繋がる階段を二人で登る。
「あ、今日泊まって行く?私の家今日一人だし」
自分は別にいいと返答を返す。彼女はこちらを振り向く。何故か嬉しそうな彼女にこう条件を付けた。
「行きたいところがあるんだよ。後で来てくれない?」
「え?二人で?」
彼女の返事に頷く。でも一回家に帰る。そこへの道は分かっている。昔からずっと。
墓地で手を洗って、柄杓と手桶を取る。墓石の前に花を供えた。合掌をして、墓石の掃除をする。といっても、彼岸で来たばかりだったけれど。
「そうそう。墓参りって、花を供えるのは後なんだよ?」
彼女は墓石を見ながら言う。
「自分は仏教徒じゃない。関係なくは無いと思うけどさ」
「それで、今日が命日なの?」
「そういうこと。10年くらい経ってる。20になったら彼女の一人くらい見せやがれ。親父がよく言っててさ」
線香の匂いがした。この匂いが、あんまり好きとは言えなかったけど。
「嘘でも彼女ができたと報告したかったわけ?」
帰り道だった。彼女は耳に手を当ててこんな事を言った。
「うわ。そんな事言う?」
「だって、嘘の彼女なんて、怒られるでしょ?」
「ああ、楽しかったのにな。そもそも、好きじゃない人連れまわす訳無いでしょ?」
彼女が続ける。ああ、そうだった、彼女は実に楽しそうだった。
「今日だけとか、もちろん無いよね?」
観念した。ああ、後で嵌められる振りをして嵌めていたのだ。彼女に見つめられる。笑っている。いわば会心の笑み。まるで、最初からこれが望みだったのかのように。