表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集  作者: でんでん
7/15

短編

 付き合ってください。きっと彼女はその言葉を本気にはしないだろう。何故なら自分も遊びで言っているのだから。多分今日がどんな日かは分かっているはずなのだ。4月1日は。


 しかし、彼女はその冗談半分の要望を快諾した。彼女が一瞬笑った事から、きっと嵌めてやろうとかそんな心情が伺い取れた。もしかしたら俺も彼女のように笑っているのかもしれない。



 彼女はどちらかと言うといい意味で孤立していた。大体の女子では中学でクラスごとに派閥ができる。彼女達は対立したり、協力したり色々な顔を見せるが、彼女はのらりくらりとそれを利用した。両方の派閥から情報を得たり流したり。それが彼女の処世術だったのだろうか。

 中学ではクラスが三年間同じ。高校では彼女は女子高に進学したけれど、大学でまた一緒になってしまった。自分は昔からいたずらが好きだった。多分これもその性格が関係しているのかもしれない。



 彼女と行った先は、小さな喫茶店だった。サービスの水を飲む事も無く、すぐに彼女はミートスパを頼んだ。俺はカルボナーラを頼んだが、それらが運ばれた時に少し唖然とした。量が多い。自分は男子にしては食が細い。女子から見ればよく食べると言われるのだろうが。俺のものと同じ量位のミートスパをさも平然に平らげる彼女を見て、俺は決意を決めた。



 「食、細いのね」


 「悪かったな。これでもすくすく育ってきたんだから。175はあるんだぞ?」


 ある一言を言おうとしたけれど、流石に踏みとどまった。


 「大体分かる。私は食べた分だけ背が伸びるんだよね。そのせいで170が見えてきたよ。全く太らないのはいいんだけどさ」


 ダイエットなんてしたこと無いよ?そんな事を言いながら二人で商店街を行く。彼女が先を進む。行きたいところでもあるのだろうか。

 そうしたら、手を掴まれた。一瞬驚いたけれど、そんな事お構いなしに彼女は店に入った。女性向けの服の店。彼女は服を選んでいく。財源はどうなっているのだろうか。俺の財布だったとしたらそれは勘弁だ。しかし、彼女は俺を連れて試着室に入り、服を一着ずつ見せていく。選べというわけか。じっとこちらを見てくる彼女。気に入ったのを選んだが、やけに愉しそうだったのは気のせいだったろうか。



 商店街から出る。また彼女が先に行くと思ったが、彼女はなんと手を繋いできた。別に良かったが、突然されると困る。その旨を彼女に伝えると、彼女は「恋人だから」と一言で済ませた。「親しき仲には……」という諺は幼い頃から知っているが、親しき仲は嘘の恋人という物も該当するのだろうか。


 「海、行きましょうよ」


 この町は海が近くにある。夏は海水浴場になるが、四月の初めといえば人も少ない。夕方は隠れたデートスポットらしいが、詳しいことは知らない。

 海は嫌いだった。親父は崖から落ちて海で溺れて死んだ。突き落とされたのかもしれないし、自殺なのかもしれない。よく分からないから、調べては居ないけれど。その日も4月1日だった。

 じっと海を見る。海はザァザァと音を立てて寄ったり来たり。上を見ると鳶が数羽飛んでいく。

 彼女は砂浜を掘って貝を探していた。


 「あさりとかって、いないよねぇ……」


 「そりゃ潮が引いてないからだろ。潮が引かないと駄目なんだよ。ほら、あそこに防波堤があるだろ?」


 防波堤には水が引いた跡がない。ちょうど満潮だったのだろう。

 全くいないよとぼやきながら彼女は立ち上がる。彼女は海水で手を洗う。波が引いている隙にという事だったのだろうが、案の定波に足が呑まれた。慌てながらこちらに向かってくる。


 「濡れたぜ全く。靴下とかある?」


 変な口調で靴下を要求する彼女。


 「残念、一人暮らしだよ。男物のやつしかないよ。」


 「あのさ、靴下って濡れると気持ち悪いよねえ。なんか蒸れてきてさぁ。嫌なんだよね」


 そして彼女はまた手を引いてここを出る。道路に繋がる階段を二人で登る。


 「あ、今日泊まって行く?私の家今日一人だし」


 自分は別にいいと返答を返す。彼女はこちらを振り向く。何故か嬉しそうな彼女にこう条件を付けた。


 「行きたいところがあるんだよ。後で来てくれない?」


 「え?二人で?」


 彼女の返事に頷く。でも一回家に帰る。そこへの道は分かっている。昔からずっと。



 墓地で手を洗って、柄杓と手桶を取る。墓石の前に花を供えた。合掌をして、墓石の掃除をする。といっても、彼岸で来たばかりだったけれど。


 「そうそう。墓参りって、花を供えるのは後なんだよ?」


 彼女は墓石を見ながら言う。


 「自分は仏教徒じゃない。関係なくは無いと思うけどさ」


 「それで、今日が命日なの?」


 「そういうこと。10年くらい経ってる。20になったら彼女の一人くらい見せやがれ。親父がよく言っててさ」


 線香の匂いがした。この匂いが、あんまり好きとは言えなかったけど。



 「嘘でも彼女ができたと報告したかったわけ?」


 帰り道だった。彼女は耳に手を当ててこんな事を言った。


 「うわ。そんな事言う?」


 「だって、嘘の彼女なんて、怒られるでしょ?」


 「ああ、楽しかったのにな。そもそも、好きじゃない人連れまわす訳無いでしょ?」


 彼女が続ける。ああ、そうだった、彼女は実に楽しそうだった。


 「今日だけとか、もちろん無いよね?」


 観念した。ああ、後で嵌められる振りをして嵌めていたのだ。彼女に見つめられる。笑っている。いわば会心の笑み。まるで、最初からこれが望みだったのかのように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ