学校物
でんでんの今日のお題は『薔薇色』『サイト』『火星』です。
これにしたがって書いてみる。
中学校までの通学路は長い。家から数十分掛かるこの中学校は、この町でたった一つの中学校だった。年々過疎化の進むこの町。生徒数も段々減っていって、一昨年まで3クラスまであったクラスは今年は2つだけになった。恐らくこれからも二クラスにはなる事はないだろう。
道が合流する。ただ草木があって、道は舗装されている。一面の田が広がる。まだ田植えの季節にもなっていないからか、水が張られた田に自分の影が移りこむ。ふいにバランスを崩す。自転車は倒れた。どちらも田で、泥まみれは免れない。ああ、今日は災難だ。そこまで行って目が覚めた。
この町の過疎化は止まる事は無い。中学校のクラスはもう1つだけだ。いつもの「通勤路」はただまっすぐ続く田舎道。両側は田んぼ。水面に自らの影が映る。ふいにあの日のことを思い出す。あの日は確か学校から引き返したところに、よりにもよって自転車通勤の教師がやってきて、そのまま学校まで引っ張られた。制服は替えをもらった。怖いように見えた担任が、何故かやさしく見えた。彼はもういないのだ。
俺の職場の中学校は、今月で廃校になる。
薔薇色の未来。二十一世紀はこんな風になると出来の悪いSF漫画の表紙を見ながら、そんな事を思い浮かべた。百年前に書かれたと言う未来予想図のほうがまだマシだ。時速240kmで走る電車や、エアコン、国際電話。戦争が無くなり、世界は平和。人類は火星や月にも移住し、全盛を極める。あまりにも荒唐無稽で笑えてくる。俺はその本を本棚に戻す。
現実には、世界は欺瞞と戦争で満ちていて、人々は家族でさえ争って殺しあってばかりで、この町は過疎地になった。昼休みの図書室には、人が少ない。元々学校の人数が少ない事もあるのだが、よく晴れた青い空、下には生徒が遊んでいる。投げられた軟式ボールにバットが空を切る。都会の学校では学年ごとに使える場所が曜日ごとに決まっているのだが、この中学校ではそんな事が無い。もちろん、そんな人数がいないからだ。
この中学校の廃校後は、校舎は取り壊され、跡形も無くなる。土地は町から国に売却され、自衛隊のレーダーサイトになるという。防衛省では監視のために海岸に面したこの町に、レーダーサイトを建設しようという事になっているらしい。人口減による財政難に陥っている町はある程度高値で買い取ってくれる国に売るということにしたらしい。ちなみに中国も黙っていない。九州地方であるここは重要な場所にあり、中国としても都合が悪いらしい。こんな時、ひとえに思うのは国会の馬鹿さ加減だ。
日本の国民は、中国や韓国、北朝鮮が日本に届くミサイルを保有している事になんら危機感を持たない。それが核を搭載できるものだとしても、話し合いで解決できると馬鹿のように信じ、あるいは自らが裸になればやめてくれると言う頭の中がどうかしているような思想で解決してしまう。国民が馬鹿なら政治家も馬鹿。そんな国はもう手遅れなのだ。実際この国は徐々に衰退している。
チャイムが鳴る。次の時間は、卒業式の練習だった。今いる在校生は来月から隣の市の中学校に転入する事になる。引っ越す人間もいるらしい。俺が在校生だった頃、真新しかった校舎は薄汚れている。14年しか使われなかったこの校舎は、もしかしたら駐屯地になるかもしれないが、その考えを一瞬で握り潰す。暖房もついていないような物では使えるはずが無い。コストも高くなる。
生徒達に声をかけて図書室から出す。図書室の扉を閉めて鍵をかける。その時、小さな声が掛かる。
「あの……本、忘れてしまったんです」
見るからに華奢な体格。肩まで伸ばした髪。眼鏡。もう一回鍵を開けると彼女は走って本を取っていった。持ってきた本を見ると、先ほどまで読んでいたSF雑誌。何でそんな古い本を借りるのだろうか。
彼女は本を抱えて走っていく。どう見ても急いでいるそれを見て思う。
急がば回れ。彼女が転ぶ姿を見て、和んでしまった。
翌日、図書室は俺と昨日の彼女の二人だけだった。彼女は昨日借りた本を読んでいる。
「読んでいて、面白いの?」
そう俺は問いかける。彼女が頷く。表情に変化が無いからか、面白く無さそうに見えたのだが。
「何か、これを読んでると、不安になってくるんです。人類は薔薇色の未来、幸せが待っている。でも、どう考えてもそうとは思えないんです。この町は廃れていって、友達は居なくなった。私が友人と呼べるものは本くらいなんです。」
口調は淡々としていた。それが何故か悲しく見えた。
「そんな話、何で俺に?」
「さあ?何ででしょうね。よく……分かりません。」
そんな事を聞かれても、分からなかった。
「来週の今日、私は卒業するんです。家族は仕事で会えないんです。こんな時も、外国です」
楽しそうでいいですよねと呟く彼女。
「何の意味がある?」
「さあ?もしかしたら、話し相手が欲しかったのかもしれませんね」
有難うございましたと言い、本を返す彼女。彼女は図書室を出た。一人だけの図書室。今日はもう誰も来ないと判断して、図書室のドアを閉めた。
そういえば、蔵書の引継ぎ何やらで、もう図書室の開放は無いんだよな。そう思って、終わりというものを感じた。