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短編集  作者: でんでん
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ダムにて

 都会の夜空には、星が全く見えない。お世辞にも都会と言えない場所で暮らすようになった今、強くそう思う。



 田舎と言う言葉には、辺鄙な所という他にも、「生まれ故郷、郷里。」と言う意味があるらしい。しかし、俺にとって田舎は、この内どちらとも当てはまるのだ。

 人口1万5000人。徐々に人口は減少中。少子高齢化が進んだいわゆる過疎地。立地は県の殆どを首都圏として認知されている半島県の南。南端ではない所がミソの海に面した町。鉄道は単線で、日中は一時間に上下一本ずつ程度しか走らない。そんな町で、タクシーをやっている。


 個人商店がすぐそこにある国道から分岐した道に、主な客引き場所の一つである駅がある。水色の屋根に白い壁。自動販売機が入り口の横にある。「キオスク」のシャッターは閉まっている。夕方、ここは無人になる。タクシーの詰所には数人の従業員が居る。軽く会釈をする。電車の入線を示すアナウンスが聞こえる。停めてあるタクシーに乗る。しばらくして、ブレーキを軋ませながら銀色のステンレス車両が入線する。若かりし頃日常的に見た車両は、まるで左遷でもされるのかのようにここに追いやられたようだ。


 ドアが開いて、数人の客が降りる。両手の指の数を少し超えたぐらいの客が、階段を登って降りてという実に効率の悪い作業を終えて駅を出る。ここで待機しているタクシーはこれだけだ。恐らく運が良ければ客が来るだろう。

 そう思った矢先、こちらに近づく女性が見える。中々見ない顔だ。田舎町のここでは中学生は300人も居ない。高校生は電車で通学して、今頃授業のはずだ。しかし、こんな町に何をしに来たのだろう。そう思って彼女が居る方の後部ドアを開けた。彼女はこちらに乗り込んでくる。片手にバッグを持っていた。


 「どちらまで?」


 短く問いかける。接客業であるはずなのに、人見知りが激しい自分はタクシー運転手には向いていないと我ながら思う。前部のミラーから見た顔は、かなりの美人さんだった。


 「彼岸花が……綺麗な所まで。」


 彼岸花。今が季節だったと思う。彼岸の季節に咲くから彼岸花。中々分かりやすい名称だと思う。しかし、この町は水仙は有名(と言う事になっているらしい)だが、彼岸花というのはあまり聞いたことが無い。無難なところなら一つあるから、そこに行くことにする。

 そうして車を走らせる。元々田舎なので道は多くないし、殆どの道は覚えている。女性は無口なのか、ただ車の走行音だけが聞こえる。


 「嬢ちゃんは、どこから?」


 一歩間違えれば、ナンパとも間違われない内容である。しかし彼女は特に何も無く答える。


 「東京の方からです……」


 もしそうなら、もっと有名な所があっただろうに。わざわざここに来る理由が分からなかった。東京から二時間は掛かり、電車は一時間に一本。そんな辺鄙な所、好き好んで来る理由はどうなんだろうか。


 「何でこんな所に?」


 彼女は黙る。すこし不機嫌そうな顔から、もしかしたら言ってはいけない所を突いてしまったのかも知れないと思ったが、実際は違った。


 「友人が……ここに住んでいたから。」


 彼女が一瞬悲しそうな顔をしたのを見逃さなかった。もしかしたら、その友人は死んでしまったのではないか。そんな事が頭をよぎる。俺の悪い癖だ。

 後数分で到着するだろうと言うところに差し掛かった。「そろそろ着きますよ」と言うと、彼女は小さく頷いた。


 着いた先はダムだった。ダムには公園があり、季節折々の花が咲く。やはり、彼岸花は咲いていた。山の斜面に満開に咲いている。山の斜面は赤く染まっている。


 「ここで待ちましょうか?」


 そんな事を聞くと、彼女は頷く。そして、彼女はバッグから黒い壷を取り出して、タクシーを降りた。

料金は後でと言われた。そして、俺も車を降りた。ドアはしっかり鍵をかけておいた。


 彼女はダムの柵に寄りかかり、水面を眺めていた。俺も彼女の様子を傍で見る。元々このダムは農業用水を貯水するために作られた。確か完成したのは20年前くらいだったような気がする。それから、草木が植えられ、ベンチも設置された。小学生がここまで徒歩で遠足に行くのを見たことがある。小学校から7kmもあったはずなのに、よく歩くなとその時はぼんやりと眺めていたが。

 彼女は意を決したように黒い壷を開ける。そして、その中身の白い粉のような物を水面に撒いていく。


 「散骨……ですか?」


 彼女に聞くと、コクリと頷かれる。もしかしたら、友人はこの粉となった骨だったのだろう。


 「元々……私と彼は同じ養護施設の出身だったんです。幼馴染だったかもしれません。高校の卒業と同時に彼と私は別々の大学に進学したんです。就職してそれから、彼に再び会ったのは亡くなる直前でした。『余命一ヶ月なんて、笑えるだろ?』なんて、病室で笑って来た彼の顔が忘れられなかったんです。」


 彼女が泣いていた。ぽろぽろと涙をこぼしながら、彼女は骨を撒く。


 「私は、ずっと一人だったんです。再婚して新しく出来た父に暴行され、一人きりだった私を守ってくれたのが彼だったんです。私は彼がいるから生きてこれた。でも、居なくなったんです。」


 遺灰をすべてまき終わった彼女は、地面に座り込んだ。黒い壷が、ダムの湖面に入って、チャポンと音を立てて沈む。黒い壷は透明度の低い水の中に消えて、すぐに見えなくなった。


 「置いてかないって言ったのに……一人にしないって言ったのに……どうして一人にするの?どうして置いていくの?もう一人なんて嫌だったのに!傍に居てほしかったのに!ずっと好きだったのに!」


 彼女は泣き崩れた。嗚咽はかすれて聞こえなかった。数分して泣き止んだ彼女は、またタクシーに乗った。駅までの帰路には、ただ走行音だけが聞こえた。気まぐれにラジオをつける


 「誰にも、笑える日が来ますよ。貴方だって、いつかは笑えますから。ほら、貴方の大切な人は、貴方が泣くところなんて見たくないはずです。だから、前に向かってください。以上、MCサンディからでした。」


 そんな内容だった。ちっとも心に沁みなかった。きっと東北への放送だったのだが、周波数は田舎のラジオ。きっとこれを毎日聞く人間が居るとは思えなかった。

 駅に到着して、往復分の御代を払ってもらう。降りる時、彼女はこんな事を言った。


 「また笑えるようになったら、またここに来ます。……そうですね。今度は水仙の咲く時にでも。」


 彼女はすぐに到着するであろう電車に遅れるまいと駅に走っていく。車内には運賃と、ラジオのCMが聞こえた。

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