仮面大阪人
平日夕方の黒門市場は混み合っていた。
“大阪の台所”を自称するだけあり、品揃えはしっかりしている。
サークル帰りの貧乏女子大生杭全今日子は奥歯に隠したスイッチをそっと噛んだ。
脳内に組み込まれた三つの回路の一つが作動し、今日子に超人的な力が湧き上がる。
「おねえちゃん、大根の美味しいところ頂戴よ」
「おねえちゃん? そんなん言うたってまけへんで」
八百屋のおばちゃんはニヤニヤと笑いながら大根を袋に詰め始める。
ここまでは予想通りの反応だ。
この程度でまけてくれる程、この街は甘い戦場ではない。
「そこを何とかまけてよ、おねえちゃん」
「アカン、アカン。私の足くらい立派な大根やで? 120円からはビタ1まからんわ」
……来た。
今日子の中の≪商人回路≫が唸りを上げる。
「おねえちゃんの足は大根は大根でもかいわれ大根やんか!」
おばちゃんの袋詰めが一瞬止まる。
反応はどうだ?
「かいわれ大根は言い過ぎやでぇ。はい、大根1本100万円」
勝った!
戦利品を受け取り、百円硬貨を1枚手渡す。
値切り値切られは浪速の華だ。
思わずスキップしそうになりながら、今日子は奥歯のスイッチを切る。
夕陽がまぶしい。
仮面大阪人杭全今日子は自分を改造した秘密結社グランドサザンクロスに感謝を捧げた。
正直なところ、≪芸人回路≫と≪任侠回路≫の使い道は分からない。
だがまぁ、世の中そんなものだろう。
大阪の街は、今日も平和だった。