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1─4目覚めし時

 男の性から女の性への遺伝子レベルでの完全なるMetamorphoseを称して、正式にはMale to Female症候群と呼ばれている。

 一般的にはメタモルフォーゼ症候群、あるいは単にMTF症候群と呼ばれる場合が多い。

 種の限界に迫る美貌と一段上の知性、そして不死性の獲得。

 発症の契機きっかけは皆様々だが、罹患者りかんしゃの特徴は全て一致する。

 その原因については、諸説乱立して入り乱れているが、もうかなりの長きにわたっていずれも推測の域を出てはいない。

 症例最古の記録は、開国直後の明治時代にまで遡る。

 ほぼ時を同じくして十名の人間が発症し、初のメタモルフォーゼを果たした事が確認されているのだ。

 だが、この衝撃的な出来事は当時はおおやけにされる事はなく、親族及び医療はもちろん各方面の関係者全てに箝口令かんこうれいが敷かれ、完全な機密事項トップシークレット扱いとなる。

 最初に発症した十名が医療の現場で知的好奇心の探究によるモルモット扱いをされず、マスコミの商業主義による報道の自由という名の脅威に晒される事もなく、知る権利を振りかざす国民の興味本位の視線から隔離されたのは、後に続く罹患者りかんしゃたちにとっては非常に幸運だったと言わざるを得ない。

 彼=彼女たち最初の十名は、時の政権でさえ介入する事の許されない強力な権力の庇護のもとにあったからだ。


 華族筆頭六公爵家である、朱理あかり亜久根あくね雨月うづき桂木かつらぎ儀同ぎどう由布院ゆふいん

 四大財閥の名門である、一条いちじょう恵那えな芙蓉ふよう御座みかぐら


 それぞれが家督あととりの立場に生まれついた彼=彼女たちは、境遇を同じくする者たちをあらゆる差別的迫害やそれに類する行為から守護すべく、自ら始祖はじまりの十人を名乗ると同時に後のProject Kaguyaを起ち上げ、その恵まれた人的及び経済的ネットワークをフルに駆使して、国内の有力勢力に属するありとあらゆる機関と要人たちを次々に籠絡ろうらくしていった。


 二十一世紀初頭現在。旧六華族及び旧四大財閥が中心となった、メタモルフォーゼ症候群患者に対する支援保護活動は、国内では最早大衆レベルにまで浸透し、確実に根付いている。


 これは、そんな時代にメタモルフォーゼ症候群を発症し、国内千人目の“姫”となった、安曇野夕陽が紡ぐ物語――。




  ◇ ◇ ◇




「鏡を見てようやく納得できたみたいだね、安曇野夕陽。あなたは間違いなく、わたしたちの妹姫になったのよ」




 部屋の中央にセッティングされている、ベルギーから直輸入された重厚な応接セット。

 それを構成する、オーク無垢のフレームにアイボリーの気品溢れる本革ソファーから、ひとりの女性が立ち上がった。

 黒のタイトなジャケットをトップに、ボトムにはやはり黒のミニスカートを合わせたスーツ姿。

 くびれが強調された服のラインはとても見栄えがよく、腰の位置がスーパーモデル並みに高い。

 黒のストッキングに包まれた脚は無駄な肉付きなどまるでなく、スラリと長くしなやかだった。

 髪は顎のラインで切り揃えられた、アッシュグレーのワンレングス。

 その色素の薄い毛髪は、全身を黒でまとめたコーディネートによく映えている。

 瞳の色はやはり毛髪と同系色の灰色で、当然ながら彼女もまた艶めいた雰囲気を持ちハッとする程美しい。

 立ち居振る舞いも含めて、クールビューティという言葉で呼ぶに相応しい存在感。

 彼女は、一般に浸透している“姫”の基本的なイメージを、始祖の十人の中に於いても、最も体現しているとされる至高のひとりだった。




「……でも、いきなりすぎる。いきなり、こんなっ」




 顔を歪めながら、無意識の内に喉をバリバリと掻きむしり始めた夕陽の両手を、朱理花織と恵那菜摘のふたりが慌てて掴んだ。




「ダメだよ! 夕陽ちゃん!」


「芙蓉姉! 夕陽ちゃんが!」




 ふたりの悲鳴混じりの声に、振り返った芙蓉葵が血相を変えて、再び夕陽の許に駆け寄った。




「やめたまえ! 夕陽くん!」




 朱理花織と恵那菜摘の腕を振りほどこうとして暴れる夕陽の両肩を掴み、芙蓉葵は焦点の合っていない瞳を覗き込んで自分に意識を向けさせる。




「だって声が変なんだ! 腕だって、こんなに白くて細い――」




 夕陽は全てを拒絶するかのように芙蓉葵から視線を逸らすと、嫌々とかぶりを振った。




「葵姉! 夕陽ちゃん泣いてる」


「芙蓉姉、どうしたらいいの?」




 芙蓉葵は夕陽をそっと抱き締めると、しばらく夕陽が暴れるままに任す。




「大丈夫、感情が一時的にオーバーフローしただけだ。薬の効果が切れてきたせいもあるだろう。今のきみは本来のきみじゃない。自分を見失ってはダメだ」




 焦燥にも似た思いを誰もが胸中に抱きながら、ジリジリとした時がただ刻まれ続けていく。

 やがて、抵抗が弱々しくなった頃合いを見計り、芙蓉葵が優しく諭す口調で話しかけ始めると、夕陽はようやく相手に身体を預けるようにして全身から力を抜いた。

 傍らでいつの間にか待機していた女性看護師に芙蓉葵が目配せすると、彼女たちは三人がかりの見事な連携と手捌てさばきで、夕陽の白く細い首筋に赤く浮き上がったみみず腫れを処置し始める。




“……不味い事になったな”




 芙蓉葵は夕陽の頭を撫でてやりながら、胸中でひとり苦い呟きをらす。

 初期の段階でストレスに耐えきれず自傷行為に走ると、現状を受け入れるのに時間がかかってしまう場合が多いからだ。




「いい子だ、落ち着いて。きみがきみである事に何も変わりはないだろう?」




 騒ぎが落ち着くのを待って、ソファーから立ち上がったアッシュグレーの髪の女性がゆっくりとベッドに近付いて行き、夕陽の頭を撫で続ける芙蓉葵に声をかけた。




「芙蓉葵、この子はもしかして発症時の記憶を失くしているのか? メタモルフォーゼを受け入れる時間がなかったようにしか見えないけど? 詳細を知っているのは、あなただけだったわね」


「ああ、いずれは記憶を取り戻すだろうが、今はその時期ではないという事だ。無理に思い出す必要はない。この件に関しては、刺激しないでそっとしておいてやってくれ。これ以上の薬の使用は控えたいんだ」




 芙蓉葵の注意が他に逸れてしまうと、夕陽は幼子おさなごみたいに、再びぐずつき出す。




「これじゃあ……、こんなんじゃ、何処にも行けないし、何にもできない。これから、どうしたら――」




 夕陽の弱々しく儚い呟きに答えようとする芙蓉葵を遮り、アッシュグレーの髪の女性が先に口を開いた。




「心配する事はないわ。わたしたちもあなた程ではないけど、元々色素が薄いからね。それぞれが思い思いに好みの色に髪を染め、カラーコンタクトを使って瞳の色を変えているの。これは始祖の十人が一同に介する機会が多い為に、混乱を避ける意味もあるのだけど、あなたも好きにすればいい。しばらくはわたしたちと一緒にいる時間が増えるだろうしね」


「夕陽、あんまり目立ちたくない。派手なのは嫌だ」


「最初はほとんど皆がそう言うの。ゆっくりとでいい、あなたは焦らず自分の生き方を見つけていけばいいわ。その為にわたしたち、始祖の十人が全力であなたをサポートする」




 治療を終えた夕陽から女性看護師が離れると、朱理花織と恵那菜摘が遠慮がちに言葉を差し挟む。




「そーだよ、夕陽ちゃん。その為に、わたしたち始祖の十人がいるの。本当の姉だと思って甘えてちょうだい」


「ある意味、本当の姉妹以上なんだけどね。ほとんど同じ遺伝情報に書き換えられてしまっているんだからさ」




 ふたりの言葉に、夕陽は不思議そうに首を傾げた。 その表情からは完全に毒気が抜けている。




“自傷行為を繰り返されるよりは遥かにマシ……か”




 芙蓉葵は、夕陽のそれが現実から逃避する為の一時的な幼児退行である事に気付いていた。

 知能はさほど後退する事もなく、精神だけが子供に還っていくのだ。




姉妹きょうだい……夕陽が、あなたたち始祖の十人と?」


姉妹きょうだいよ。あなたと、わたしたち始祖の十人は」




 子供の目線に合わせるようにしてかがんだアッシュグレーの髪の女性が、噛んで含めるようにそう答えると、夕陽はまた弱々しく首を振る。

 その口調も何処か幼く、舌足らず気味になっていた。

 一人称も“おれ”から“夕陽”に変化している。




「だって夕陽は、みんなの名前も知らない。いきなりそんな、あ……甘えろとか言われても」




 アッシュグレーの髪の女性はクールビューティの雰囲気をここで一変させ、見る者全てを魅了せずにはいられない極上の微笑みを浮かべた。




「これは失礼。成り行きとはいえ、確かに自己紹介がまだだったわね。とりあえず名前だけでも覚えてもらいましょうか」

 次回、始祖の十人全員の名前が明らかになります。登場済みのキャラのふりがなは、その時まで待ってください。


 目覚め編終了後は、リハビリ編、学園編へと続く予定です。

 サブタイトルはまだ未定。

 とりあえず、評価を頂けている内はモチベが維持されると思うので、頑張って続ける予定です。

 今後も拙作をよろしくお願いします。



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