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6─1月下の姉妹

 板張りの回廊を進む夕陽の歩みが止まった事を、最初に気付いたのは操だった。

 操の霊力を用いてられている霊糸は、夕陽の身体に関する、ほとんど全ての情報を余す事なく、傀儡操者くぐつそうしゃである彼女に逐一伝えてくるのだ。

 この霊糸たちをを念を込めてさらに縒りあげたものが、“弦”と久沓の一族で呼ばれる霊糸の上位素材となる。

 それは戦闘のいかなる場面にも耐えうる強靭さを有し、傀儡操者の技量次第ではあるが、霊糸を媒介とする宿主を肉体的に強化すると共に、その潜在能力を極限まで引き出す事が可能だった。

 現在の夕陽と操、ふたりの神経組織は常に霊糸によって霊的に連接されているにも等しく、その情報の内容は肉体的、生理的、感情的にと多岐に渡り、夕陽の体調面と心理面のほぼ全ての領域をカバーしていると言ってもいい。

 おたがいの相性、つまりシンクロ率が高ければ、傀儡操者は宿主の思考さえも読む事が可能で、仮に夕陽の護衛役に操の兄である操人が選ばれていたなら、相手が今では異性という事もあり、夕陽にとってはかなりの気まずさを覚える人選だったに違いない。

 それが夕陽の側に仕える事を切望していた操にとって、有利に作用した。

 操にとって夕陽と性を同じくする事は、兄に対する唯一のアドバンテージだったからである。

 兄の操人は、病院帰りの夕陽と実戦を経験しているだけに、その差を覆すのは難しいと操は冷静に分析していたが、この突然訪れた僥倖ぎょうこうに、言い知れぬ昂揚こうようを覚えその身を震わせた。


 手毬、小毬、そして操。 今回、夕陽の側仕えを任じられた者は、現時点でその三名だったが、水面下ではさらなる追加人事を巡って、熾烈しれつな駆け引きと争いがあった。

 その背景には、由布院楓が東のついに並ぶ西のついの新たなる主に夕陽を選び、それについて今は奥の院に引きこもっている女郎花おみなえしが特に何ら拒絶する意思を示す事もなく、静観の構えを貫いた経緯がある。

 何故ならそれは、由布院の表と裏を束ねる楓と女郎花のふたりが、夕陽を自らと同等の存在、或いはそこまではいかなくとも、いずれは由布院の後継者に足る存在であると、言外に認めたに等しいからだ。

 永きに渡って主が不在だった西の対を与えられるという事は、この由布院正殿、つまり由布院一族の本家にとって、それだけの重い意味があった。

 女中頭の四季を間に挟む事で、特定の側仕えを持とうとしなかった従来の主たちと違って、次世代の由布院の一角を間違いなく占めるであろう夕陽ただひとりを主と定め、その側に常に仕えていられる使用人は数少ない。

 由布院の邸の大部分の使用人たちにとって、操たちは今や憧れの存在となっている。




「夕陽さま?」




 操の動きに合わせ、手毬と小毬のふたりも一拍遅れながら、背後へと振り向く。

 そして三人の少女たちは、そこに白い妖精が顕現している姿を見た。

 回廊の縁にすらり背筋の伸びた綺麗な姿勢で佇んで、蒼く白い月明かりを頭から浴びるその姿は、全身を月の雫で濡らしているかのようにほのかに白く光り輝かせている。

 それは、とてもはかなげで、とても刹那的で。

 手を伸ばして触れてしまえば、ただそれだけで消え入りそうで。

 例え瞬きひとつの間でさえも、その姿から目を放してしまえば、月の光に一瞬で溶けてしまいそうな。

 夢かうつつか見る者を惑わせる、一枚の絵画のように完成された光景がそこにあった。




「夕陽さま、どうされました……?」




 えも言われぬ緊迫感が辺りに満ち、からからに渇いてしまった喉からようやくしぼりだされた操の声は、夕陽に届いているのか、いないのかさえ分からない。

 だがそれでも夕陽が次に起こした仕草に、次に洩らした言葉に、操たちは思わず息を呑んで、それ以上続けるべき言葉を失ってしまう。




「……月が」




 夕陽は夢見るように、そうひとり呟いて、つい――と、白魚のようなその指先で月をおもむろに指し示す。




「夜にしては明るいと思ったら、月が……何て、大きい」




 おとがいあらわにさせながら、夜空を仰ぎ見ているその姿は、この世のものとは思えぬ程に幻想的で。 




「こんな……抱えきれない程、大きいなんて」




 夕陽は天上から今にも墜ちてきそうな、小さなクレーターの数々に至るまでもはっきりと視認できる程に近い月に向かって、両腕を拡げて、うたうように言葉を紡ぐ。




「ねえ……?」


「――――っ」


「ねえぇえぇ」




 月を本当に抱きしめてしまうかのような、夕陽のあまりの神々しさに、操たち三人の少女は息を殺したまま、もはや返事をする事さえままならない。

 いつの間にか衣装盆を下に置いて、ひざまずいてしまっている事にさえ、気付いているのか、いないのか。




“ここはあああぁ、いったいぃいいい何処なのおぉおおお? こんなにいいいぃ、月があぁあああ近いいいぃいなんてええぇええ”




 夕陽が発する言葉のひとつ、ひとつが、まるでハウリングを起こしたかのように大気を震わせる。

 それは呪縛、夕陽が身にまとう圧倒的な存在感オーラが、彼女の言葉を他者を絡める呪縛へと変える。

 その時だった。

 場の雰囲気に全くそぐわない、飄々(ひょうひょう)とした四季の声が辺りに響く。




『へええ、こりゃあすごい。何事かと思って来てみれば。しゅを唱えた訳でもないのに、言霊ひとつがこれ程までにお強いとは。さすが“音叉おんさ”の姫君さまだねえ、共鳴螺旋シンクロスパイラルたあ、聞きしに勝るお力だ。いろいろ応用も効くみたいで、全く底が知れやしないじゃないか。お館さまたちが入れ込むだけの事はあるよ』




 白い蝶が何処からともなく現れ、夕陽の周りをひらひらと、不規則な軌道を描いて舞っている。




『何をしているんだい、操。手毬と小毬のふたりだけならともかく、夕陽さまの巻き添えで、おまえまで月に酔っちまったのかい?』




 蝶はやがて夕陽から離れると、今度は操たちの頭上を舞い始める。

 問われた操は跪いて三つ指を着いた姿勢のまま、身動ぎひとつしない。

 代わりに、答えを拒絶するかのように口唇をきつく噛みしめる。




『答えたくないなら、まあいいさ。わちき相手に意地を張っても仕方ないだろうに。だがねえ、こうして霊糸のつながりが裏目に出ちまう事もある。まだまだ慢心するんじゃないよ。さあ、早く夕陽さまを湯殿へご案内するんだ。お館さまを何時までも、お待たせするもんじゃない。さっきの一本は認めてやるから、いい加減に落ち込むのは後にしな』




 そう言い残して、操たちから離れた蝶は、しばらく夕陽と操たちの間をひらりひらりと、何かを探るかのように舞っていたが、やがて何もない空中でその動きを止めて、宙に浮かんだまま羽を休める。

 蝶の不可解な動きを訝しげに目で追っていた操だったが、ふと何かに気付くと思わずうめき声を洩らす。




「まさか……わたしの霊糸が見えているのか?」




 蝶は空中に浮かんだままの状態で、二、三回、ゆっくりと羽を開いて、閉じてを繰り返すと、不意にその姿が一瞬の間ぶれ、弾けるように細かく震えると、最後にまばゆいばかりの燐光りんこうを放つ。

 それと同時に操の見えないはずの霊糸が、高圧電流を帯電でもしたかのように、放電にも似た現象を起こしながらその姿を現す。

 蝶が発する、式を物質化させた燐光がプラズマ放電を誘発し、夕陽の言霊を中性化、場を支配する呪縛を一瞬にして中和していく。




“キュアァアアンッ!”




 最後に、操の霊糸がひとしきり震え、き終えると、夕陽を始め側仕えの少女たちは我に返り、身体の自由を取り戻す。

 全ての状況をひとり把握している操は、衣装盆を手にいち早く立ち上がると、忌々しげに口唇を歪めながら、高速化言語を用いて四季に向かって憎まれ口を叩く。




『礼はしません。頼みもしない事を勝手にされたのはかしらですから』




 表情を読まれないようにする為か、操はうつむき加減に夕陽に近寄っていく。

 そうして主の体調をしばらく気遣い、意識が確かなのを確認すると、手毬と小毬のふたりが追い付くのを待って、再び湯殿へと続く回廊を先導していく。

 ただの一度も振り向きもしない操を、白い蝶は宙を舞い踊るようにして見送っていた。




『可愛げがないのが、可愛らしいって奴かねえ。夕陽さまへの態度とは大違いじゃないか。ちょいと悔しい気もするが、お目覚めになられたばかりにも関わらず、あれだけの器を見せ付けられちまったら、これはもうわちきも納得するしかないじゃないか』




 何処か楽しげな言葉の響きを残して、白い蝶は再び蒼く白い月明かりに、溶け込むようにして消えていった。

 今週末に、docomoの携帯からiphone4に乗り換えするかも。

 その場合、テキスト作成が一番の心配。

 今までみたいに執筆できるよね?

 機械音痴なのでドキドキです。


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