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幕間1朱理と恵那

 華月宮大学付属病院から約一時間の距離の都市部郊外に、由布院家所有の広大な森林公園がある。

 国から特別保護区域に指定されているその一帯は、緑豊かで湖を水源とする清流を懐に抱く都会のオアシスとして、地域住民から愛されているのはもとより遠方からも訪れる者も数多い。

 車道は公園の中央部にある湖に向けて、川沿いを並走して行って帰るだけのルートがあるのみで、湖を起点とする遊歩道が公園内を縦横に走り、格好のハイキングコースとなっている。 早朝と呼ぶにはもう遅い時間、地平線から完全に姿を現した陽の光が木漏れ日となってちらちらときらめくさまを横目に眺めながら、一台の赤いスポーツクーペが湖に向けてアスファルトの上を疾駆はしっていた。


 コルベット ZR1 LHD 6速MT。

 米国ゼネラルモータース社、シボレーブランドの旗艦モデル。

 市販車最速の名を欲しいままにする、ハイエンドスペック・グレードである。

 全長4455mm、全幅1860mm、空力性能はCD=0.286。

 6.2リッターV型8気筒OHVエンジンはスーパーチャージャーによって過給され、ノーマルでも最大476kw(647ps)/819N・m(835kg-m)のパワー&トルクを叩き出し、日本仕様の電子制御式サスペンションがその強大な動力性能を支える。

 国際A級ライセンスを有する朱理花織はこのモデルを一旦、レーシング仕様にモデファイ。

 そこからさらに公道でも走らせる事ができるよう、道交法に抵触しないスペックにまでデチューン、つまり一度上げた性能をわざと落として、その獰猛な牙を隠し持つ。

 有事の際には、基板上のロムの設定を換える事により、何時でも公道最強のモンスターマシンの姿を取り戻せるようになっている。


 愛車のシボレー・コルベット、そのドライバーズシートに身を深く沈めて、気だるげにステアリングを握っていた朱理花織が、ふと何かを思い出したかのように口を開いた。




「ねえ、菜摘ー」


「なあに、花織」




 ナビシートに座る恵那菜摘が、カーオーディオのボリュームを絞りながら答える。




「うちらさー、何でこんな朝っぱらからこんな森ん中、ふたりでドライブしてんだろーねえ」


「それはだって、ふたりのオフがめずらしく重なったからじゃない」


「あ、そっかー。よく取れたよねー、おんなじ日にさあ。レイの交代要員、誰か妹姫を確保したんだっけ?」


「何、言ってんの? わざわざ同じ日に合わせたんじゃない。だからレイは今、新曲の録音が難航していて、スタジオとホテルを往復する毎日よ」


「オッケー、オッケー、それが公式の理由だったよね。思い出したー。それだと妹たちにも迷惑かけないし、新曲はもう録音終わってるし、余裕、余裕」




 うんうんと自らを納得させるよう、微苦笑混じりに何度も頷く朱理花織に向けて、恵那菜摘が淡々と言葉を紡ぐ。




「何、寝惚けてんの? 花織が考えた理由じゃん。でもね、パパラッチにスタジオかホテル張られたら終わりよ? あたしたちの内、どっちかは常にレイでいないといけないのに、もっとマシな理由考えなよ。勝手にプレスに情報流しちゃって」


「そうだったあ? でもさー、何でだっけ、何かあった?」


「あきれた、久しぶりに十人が揃うからでしょう」




 心底不思議そうな朱理花織に、恵那菜摘は軽く眉をひそめて溜息を吐いた。

 それでも朱理花織は悪びれた様子を一切見せずに無邪気に笑う。




「ああ、そーそー。夕陽ちゃんが葵姉あおいねえのとこに搬送されて、そろそろ二週間めだったよねー」


「そうだよ、だからいつ召集かかってもいいように、今週一週間は無理矢理オフにしたんでしょ」


「スケジュール調整、たいへんだったよねー」


「その苦労も、今朝で報われたけどね」


「何でだっけー?」


「何でって、夕陽ちゃんに……会えた……から?」




 朱理花織がかけていたサングラスを、カチューシャのように額に跳ね上げた。 恵那菜摘もやはりサングラスを外すと、つるの部分を口唇にくわえて歯で噛みしめる。

 何かが腑に落ちない事に気付いたふたりは、しばし沈黙の淵に沈んだ。




「……………」


「……………」




 可憐なミニのワンピース姿でミスマッチにも程があるが、朱理花織は実に手慣れた仕草で、ミュールの先でブレーキペダルを軽くキックすると、車体の荷重をフロントに逃がす。

 華奢な左腕でステアリングを右に半分程まで切り込み、横Gが発生した瞬間にクラッチを切って、右コンソールにあるサイドブレーキのレバーを目一杯引く。

 ロックした後輪タイヤがたまらず悲鳴を上げると、コルベットの車体は綺麗に一八度スピンターンして急停車した。

 ほっそりとした首で強烈なGに耐えたふたりは、遠心力の呪縛から解放された後、思わず見つめ合い、ほとんど同時にひとつの答えに到達する。




「「リムジン! 由布院のリムジンは!?」」




 シンガーらしく綺麗にユニゾンさせた後、ふたりはそれぞれに思考を走らせる。




かれた?」


「コルベットがリムジンに? まさか!」




 愛車のスペックと自身のドライビングテクニックに、微塵の疑いも持たない朱理花織が、恵那菜摘の言葉を強く否定する。




「だったら、何時の間にか追い抜いた?」


「ナビ見なよ、一本道だよ、これ。しかも片側一車線。そんなのありえない」




 ボリュームを絞ったはずのカーオーディオの音が、やけに車内に響く。

 アイドリング中のエンジンの振動が、車体を通して微かに伝わってくる。

 そうして同じ時を共有するふたりは、やがて同じ答えに到達する。




女郎花ゼロね」


女郎花ゼロよ」


「あの、ちびっこめ」


「花織より、年上よ」




 忌々しげに口唇を噛んで美しい顔を歪めた朱理花織は、恵那菜摘が発した「皺になるわよ」のひと言で、慌て表情を戻す。




「で、でも油断したわねー。まさか、うちらが踊らされるなんて思いもしなかった。前より能力上がってるんじゃない?」


「夕陽ちゃんに何か関係があるのかもね。楓が妹姫に執着するなんて、おかしいと思った」


「それを言ったら葵姉も何時もと違ってた」


「やっぱり、あの子って何か持ってるのかもね」


「どうする菜摘? 夕陽ちゃんが復学したら、うちらが一番会うの難しくなっちゃうよ。夕陽ちゃん、取られちゃう」


「夕陽ちゃんの復学までにはまだ時間があるわ。考えるのよ、花織。雨月姉うづきねえが何時も言ってるでしょう、めんどくさがらずに頭使えって。フィーリングのままに動いてばかりはいられないのよ」




 額に上げていたサングラスを戻して、朱理花織がサイドブレーキを解除すると、恵那菜摘も口唇で弄んでいたサングラスのつるを再び耳にかける。 




「どのみちこのままじゃさー、退けないよね」


退けるわけないじゃん。この借りは、きっちり返すわよ」




 クラッチペダルを踏んで、ストロークの短いシフトレバーを小気味よくローギアに叩き込む。

 朱理花織は、これ以上ないタイミングでクラッチミートすると共にアクセルオン。

 派手なスキール音を撒き散らしながら、コルベットを急発進させる。

 地上に舞い降りた天使の容姿を持つ少女は、獰猛な牙を隠し持つマッチョ&グラマラスボディのフルサイズ・アメリカンスポーツを、完全に自分の手足のごとく飼い慣らしていた。




「ちびっこに、お仕置きしてやる。きっついの!」


「楓にも、どっちが姉か教えてやらないとね!」




 シフトアップと共に、回転数が上昇していくエンジンの咆哮に、負けじと声を張り上げる。

 カーボンファイバーによる軽量ボディと、ノーマルでも2.36/psという驚異的なパワーウエイトレシオが生み出す、背中がシートに貼り付く程の強烈な加速Gに酔いしれるかのように、朱理花織と恵那菜摘の声は弾み、楽しげに笑い合う。。

 テンションが最高潮にまで上がり、限界を突き抜けてハイになったふたりに、怖いものなど何もなかった。


 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


 えっと、作中のルビに関する表記について、少し補足させて頂きます。


 前話初登場の、「女郎花おみなえし」という名のキャラと、今話の朱理と恵那の会話に出てくる「女郎花ゼロ」は、同一キャラです。

 今までにも、これに類するルビの使い方を何度かしていると思いますが、これは作者が意識的にしている表記です。


 分かり易いよう、とある作品の超有名キャラを例にさせてもらいます。


御坂美琴レールガン


御坂美琴ビリビリ


 上記のように同一キャラでありながら、呼び方は各キャラによって違う場合があります。

 例えば、あるキャラが彼女を呼ぶ場合は「御坂美琴レールガン」となり、また別のキャラが彼女を呼ぶ場合には「御坂美琴ビリビリ」という表記に、この作品内ではなる訳です。


 このような当て字によるルビ表記は、この作品にしばしば使われていますので、これまで読まれてきて混乱してしまった方がいたなら申し訳ありませんでした。これは最初にお断りしておくべきだったかもしれません。


 同一の単語でも、時と場合、または会話か地の文かでルビ表記が変わる事は今後もかなりの頻度であると思いますが、その場合は作者の何らかの意思が込められていると、何卒ご理解の上、ご了承くださいませ。




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