1─1目覚めし時
一度は挑戦したいと思っていたTS物。
設定を思い付いたので、突発的に書いてしまいました。
需要があるようでしたら、定期的に書いていきたいと思います。
楽しんで頂ければ幸いです。
目が覚めると、光に網膜を白く灼かれた。
涙に滲んだ目をしばらく瞬かせていると、ようやく周囲の状況が把握できてくる。
視界に真っ先に入るのは天井にある照明器具。光度は低く抑えられている。
この程度の光を刺激的に感じるなんて、余程長い時間眠りに就いていたようだ。
軽く身動ぎすると身体中の関節が軋んで、悲鳴を上げた。
乱れた息が落ち着くのを待って、再び瞼を上げて首をゆっくり巡らすと、口には酸素吸入器のマスクが、さらに身体中の至るところには点滴を始め、他にも数多くのチューブが取り付けられているのに気付く。
チューブの先をそれぞれ目で追うと、様々な計測器に伸びているのが見えた。
テレビドラマで見るようなモニターが、血圧や脈拍、体温等の各種データを数値化してリアルタイムに映し出し、定期的に繰り返されるパルス音と共に、心電図は一定のパターンで綺麗な波形を描き続けている。
『病院? おれ、入院してる? 何で?』
彼の思考がようやく稼働し始め、彼自身が持つ病院に関する貧弱な知識が教えるところによると、この部屋はどうやら集中治療室と呼ばれるものらしい。
自分の容態はそんなに重体だったのかと不安になり、パニックに陥りそうになった時、視界の端でスライドドアが開くのが見えた。 パタパタと小走りに近付く足音が聞こえると、額にそっと柔らかな手のひらが置かれ、心の底からホッとしたような声がした。
「よかった、やっぱり意識が戻られたんですね。そろそろお目覚めになる頃だとは思っていたんですけど、最初はモニターを見間違えたかと思っちゃいました。心配しないでください、今院長先生を呼びますから」
何処か違和感を覚えながらも、不思議と落ち着くその言葉の響きに不安が薄れ、彼の全身から力が抜けていく。
カルテらしい書類を挟んだクリアファイルを小脇に抱え、淡いピンクのナース服に身を包んだ女性看護師は、優しい言葉を彼に投げかけながら、計測器のデータのチェックを一通り終えると、壁に設置されている電話で何処かに連絡を取り始める。
受話器を戻して数分も待たずに、スライドドアが再び開くと、白衣を身に纏ったまるで少女のようにしか見えない女医が、女性看護師ふたりを引き連れ室内に入ってきた。
「きみの主治医の芙蓉だ。気を楽にして」
ベッドサイドに立った女医は、胸ポケットからペンライトを取り出すと、彼の瞳孔の反射機能をチェックし始める。
間近で見る彼女はとにかく美しかった。
漆黒の艶やかなストレートの髪を肩に触れる辺りで綺麗に整え、毛先にはシャギーが入っている。
顔は静脈が透けて見えそうなくらいに色が白く、仄かに漂う妖艶さと清廉高潔な美貌の危ういバランスが他人の心を否応なくざわめかせ、一瞬で惹き付けてしまうような魅力があった。
例え雑踏に紛れていても、決して埋もれる事のない、凡庸さとはまるで無縁の雰囲気を全身から放っている。
誰かに似ているとずっと考えていた目の前の女医が、ライバル不在の女王と呼ばれるトップアイドルの“レイ”に、髪の色を除いて双子のようにそっくりな事に気付くと、彼の胸は不意に高鳴った。
心電図の波形が乱れていないか、意識してしまう程に。
あまりの恥ずかしさに、彼は何処かへ消え入りたくなってしまう。
「ちょっと! 何であんたたちまで来るのよ。新人ひとり残してナースステーション空けるなんて、他にコールが入ったらどうすんの?」
「ひとりで判断できなかったら呼ぶように言ってあるから、いいじゃない。ここにいるって分かってるんだし」
「そうよそうよ、ひとりで抜け駆けするなんてズルイ。十年ぶりにご光臨された“姫”がお目覚めになったのよ、しかもレアな千人目。会いたいって思うのが普通でしょ」
「しっ、仕方ないじゃない。わたしが最初に“姫”のお目覚めに気付いたんだから」
「でもホント、院長を始め皆様方にそっく――」
「きみたち!」
小声で囁きあっていた看護師たちの囀りを、女医が遮った。
声を潜めてはいても、ベッドに寝ている彼にもまる聞こえで、彼女たちの言葉に、拭いきれない激しい違和感があった。
自分が何を知りたいのかもよく分からないまま、彼が口を開こうとした時に、女医の叱責が看護師たちに飛んだのだ。
「病室で私語は慎みたまえ。患者をいたずらに混乱させてどうする」
「はっ、はい! 申し訳ありません」
三人が揃って頭を下げるのを振り向きもせず、手慣れた様子で全てのチェックを終えると、女医は最後にひとつの質問をした。
「名前は? 自分が誰か分かっているかね」
「あ、安曇野夕陽です。高校入学したての十五才、性別は男です」
ここでも違和感。のどがカラカラに渇いているせいか、ひどく嗄れた声が出たのが彼の気に障る。
「ふむ、いい名だ。改名の必要はなさそうだな。それに聡い。質問の意図をちゃんと理解してくれて助かるよ。記憶の混濁は見られないようだ。合併症や感染症を怖れる時期もとうに過ぎているしな――ああ、すまん。今外してやろう」
のどに手を伸ばそうとしていた彼を制して、彼女は酸素吸入器のマスクや各種チューブを彼の身体から取り外していく。
「院長先生? では、一般病棟へ移って頂けるよう手配いたしますか?」
「そうだな、後はきみたちに任せるか。これからいろいろ忙しくなるのでな。わたしの大切な末の妹だ。つつがなきよう、よろしく頼む」
彼が目覚めてから一番の混乱は、女性看護師の質問に答えた、女医によるこの一言によってもたらされた。
「おれが、妹!?」
思わず叫んだその声は、まだ少し掠れてはいたけれど、思春期の少女を思わせる、甘く涼やかな高音域に抜けるソプラノボイスだった。