病弱ムーブ婚約者は「病気が悪化したら君のせいだ」と普段は寝込んでいて看病させて搾取するくせに華やかなパーティーやお気に入りの可愛い令嬢がいる場所にはなぜかピンピンして現れるので化けの皮を剥がす
今日も元気にゴホゴホゴホゴホと鳴く相手にうんざりしながら、体温計や額に氷を乗せながら深くため息を心の中で吐き出す。目の前で見えるようにやると煩いのだこの男は。
近寄ったり人の気配がすると体調が悪くなるので、気絶っぽい装いのなにかをしたりヘナヘナとした声などを出して病弱なのをこれでもかとアピールする。
「来るのが遅いんだけど」
「……すみませんね」
「待たせるなんて何を考えてるの?悪化したらどうするの?」
「はぁ、そうですね」
明らかに実年齢と精神年齢が合ってない男はメティリーの婚約者だ。めちゃくちゃな人間性であり、速攻で本来ならば何があろうとこんな婚約話はお断りしている。
「ゴボ!ほら見てほら、ほら。胸が苦しいから早く水持ってきて」
使用人に持って来させればいいのに、婚約者を呼び出してやらせることじゃない。ワガママなんて可愛いことを言えないような所業。
これは子育てだ。五、六歳の子供が疲れたしんどいとジタバタ暴れて母親に抱っこしてくれ、と癇癪を起こしている。婚約者にやらせることじゃない。
この男は本当に同じ歳なのかなと本気で疑いたくなる。出生証明書を持ってきて、ここで提示してほしい。でないと本気で年下の年端もいかない幼児にしか思えないから。
実際、精神年齢の重ね方は一人より一回り弱い気がしてならない。同じ歳の女に向かって、気分が悪いから早くウチに来てくれと駄々を捏ねる様は見ていて大変、誠に気持ち悪い。
この婚約者は己に看病させるだけでは物足りず、病だ何だと言うくせにパーティの日に「今日は大切な日だから頑張る」と当たり前のことを吐き、馬車の中で散々看病させながら会場に着くと背筋を伸ばして友人たちの輪に、婚約者のエスコートを放棄していそいそいと向かう癖がある。
さっきまでの弱々しさはなんだったのかと思う。ただの馬車酔いなだけなのでは。そう思っても言えずこちらはこちらで好きに過ごしている。
しかし、男はそれは許さないと言わんばかりに友人と心ゆくまで話し終えたと思いきやメティリーの名前を呼びつけて今度は新しくできた女友達を紹介する。
「この子は君と違ってずっと近くにいてくれた。背中をさすってくれるなんて女神だ。君は何だ?僕を放って今までどこに居たんだ?」
毎回やり取りを経て新しい女友達を増やして行く。エスコートを拒否したのに?さらに言うと友人の輪に近付くと嫌そうな顔をして「僕は大丈夫だから」とかなんとか言い、追い払う。
「大丈夫だってあなた言いましたよね?」
「はぁ?あのねぇ、僕の大丈夫はね。強がりの大丈夫なの。婚約者なんだから言葉の裏を察せないのってどうかと思う。そんなので婚約者を続けられるのかな」
内心相手を肉食動物のように絞めたい衝動に襲われたが、なんとか心の中で数を数えてやり過ごす。何度やっても効果は相変わらずない。
パーティのたびに精力的に活動する男を看病するたびに、ジト目で見るのはいつものこと。今は元気だがどうせ馬車に入った途端疲れたと言って弱々しく変貌するのだろう。
一緒の馬車になりたくないから別に用意している。この男は今は、同じものに乗ると思い込んでいるからこんなに元気に跳ねているのだろうな。
あとでかまってちゃんができるから。できないと知ったら後からもっとネチネチ言われるかもしれないが、メティリーだって疲れているので子育てに構う気はない。
婚約者の言葉を生気の無い目で見ていると相手はまだ続けていた。聞いてなかったけどいつもと同じだろう。本気でどうでもいい。どこの誰と何をしてようが気にすることはないのに、相手はどうやら気にしている。
メティリーがどう思うのか言葉として言って欲しいみたいで、答えの必要な筆問みたいな問答に「そうですか」ばかりが並ぶ。興味がないのに意味はない。
例え答えても中身が伴っていないのだから。だが、中身があろうとなかろうと相手の気に入った答えがあった場合の気分が上がるのだ。気にされている自分が嬉しいらしい。
帰宅するとソファに令嬢らしくない仕草でドサッと倒れるように座る。今日も子供が鬱陶しくて、何度も頭の血管が切れそうだった。
「お疲れメティリー!僕が癒してあげる!」
何もない空間からふわりと現れたのは透明感のある癖毛。淡い水色を波のように揺らめかせて浮いている。見た目は子供だが知性のある瞳がそうじゃないことを思い出させる。
「ナイエン、本当に疲れた。回復魔法ちゃんとかけてね」
「任せて。たっぷり労るよ僕のお姫様」
「姫扱いする割に使いようが荒い」
彼は水の精霊。妖精も存在している世界からすれば格が違う、数段上の次元の神のような扱いを受けている。
「どう?順調?」
「何も気づいてないし、うまいこと向こうに行く口実もあの男が用意してくれるから予想外に早く済みそう」
企み顔でにんまりと笑う水の精霊ナイエン。あんな婚約者なんて普通ならありえないのだが、目的を達成するために婚約を維持したまま耐えていた。
それもこれもナイエンのサポートあり気であるから一蓮托生だ。ふわふわと浮くナイエンを見つめてから、回復魔法の緑色を視界に収める。
「心に効く……これがないと生きていけない」
「精神面でこんなに使うなんて僕も予想外だったな」
「領地は凄いのに跡取りがアレじゃあ衰退もあり得そう」
「だから、しっかり者に見える君を向こうの義両親が目をつけたんだ」
「そこまではよかったんだけど負債が嫌すぎる。あんなの跡取りでも何でもない。勉強だって嫌って逃げ回ってるし。私に全てさせる気で嫁に来させる気でしょ?流石にないなって思う」
病を急に発症するネビバはパーティ内でもたまに人に構われたい時にフラッとなる。そんな時に令嬢に「大丈夫ですか?」とハンカチを手渡された時の隠れたニヤニヤした顔。あれを見たら食欲も失せる。
「隣を兎に角歩きたくない。婚約者って知られたくもない。汚点一択」
「まあまあ、得るものがあるんだからまだいいよ?世の中あんなのが婚約者で利点もご褒美だってない人間もゴロゴロいるしねぇ。あ、そうだ」
水精霊は子供の体を浮遊させたまま得意げに懐から取り出す。何だろうと見ていると手に持っているものは容器だ。真っ黒い、見るものをゾッとさせる色合い。
「それって」
「君の親から抽出した毒素」
「そっか……ありがとう」
「いいよいいよ。それが取引なんだから」
「それでも、取引きでも……ちゃんと約束を守ってくれているのは紛れもないし」
正直、自分が望まれたことと精霊がしていることの天秤は平等な重さではない。圧倒的に向こうの方のやっていることが重大である。
「真面目!そういうところ大好き」
語尾にハートがつきそうな声音。彼は酔狂なことにこんな捻くれた性格のメティリーが好きだと声高々に言う。本当にどこが気に入ったのか。
「あいつを見てみる?それとも休む?」
ナイエンは高位精霊なので、ありとあらゆる魔法が使える。何でも使える。人間と違い自然に。最近はか弱いムーブを起こしている、自身の婚約者を鑑賞すること。悪趣味とは叱らない。
「あー、じゃあ寝る前のお肌の艶を回復させるための鑑賞会をしたい」
婚約者が偉そうにしているのはメティリーの親の爵位が相手より下だからだ。それが偉そうにする理由になるとは価値観に重きを置いていないので、納得などしてないけど。
「そうこなくちゃ。わかってるじゃないか。はははっ」
メティリーも褒められた性格ではないと自覚しているが、精霊ナイエンらしさのあると言えばあるような捻り回した性悪さも、群を抜いている。人間じゃないから仕方ないで済ませることも可能だ。
ナイエンが繋げられたと言うので顔を向けると映像がすでに映画のようにセットされていた。幻なんかではなく魔法で作られた上映技術を模写したものだ。
「これいつ見ても便利」
教えたものを大層気に入ってくれて、それを教えたらその日はいつもより多く取引の内容を実行してくれて約束を終わらせる日がグッと近くなった。
それともこちらが最近イラつき随分と、疲れている姿を見ているから時期を早めてくれているのだろうか。どちらにせよ優しいことだ。
映像はネビバが映り込み、何をしているかと見ているとベッドの中ではなくてお菓子をバリバリ食べていた。食べ方が汚いからテーブルには、ボロボロ菓子クズが落ちている。
マナーを教えてないんじゃないか。親は何をしているのか。使用人たちも死んだ魚の目で心なしか采配している。この男の本性を知っているから、心底支えたくないのだろう。
気持ちは痛いほどわかる。一番のしかかっているのは自分であると思っているので、彼らはまだ楽な部類なので我慢しておけばいい。
このまま見ているとテーブルを綺麗にしたことを確認したネビバが、機嫌良さげにマーブル嬢を連れてきてくれと言い出す。マーブル嬢とは誰だろう。
コンコンとノックが四回響き渡り、入ってきたのは着飾った女の子。メティリーよりも少し年下だ。
「ネビバ様、招待してくださりありがとうございます」
「マーブル。待ってたよ。体調が整うまで待ってもらって済まない」
満たされた腹を摩った男は身が弱々しく見えるように、しんどそうに儚く笑う。
「お腹一杯で苦しいだけのくせに……!」
「あははっ。女の子連れ込んでる」
メティリーとナイエンが揃って突っ込む。婚約者がいない時はこんな風に楽しんでいるのは、映像で前から知っている。好きでもない嫌悪を抱いている相手の遊びなんて、凄くどうでもいい。
問題はそこじゃない。年下の女の子を病弱だと装って部屋に呼ぶ行為に侮蔑を感じて、今すぐペシャンコに潰したくなる。傍にいる子から質問される。
「腹立つよね。流石は僕の選んだ男なだけある」
「はあ。領地の温室にあったけど、元は森に例のものがあるからそこを根こそぎいけばノルマはクリアできるし……早く終わりたい」
ネビバの癇癪者から早く解放されたくて、ウズウズする。都合のいい体調不良。学校や仕事は休むのに、遊びの時だけ元気なのは付き合ってられない。こんな男は目標がなければ蹴飛ばしている。
ナイエンにネビバらを水浸しにさせて、イラつきを解放させているところだ。何をしたら彼はそれをしてくれるのだろうか、と横顔を見ながら思案する。
ネビバが婚約者に選ばれたのは坂から転がり落ちる様を見たいとナイエンが望んだから。誰でもよかったが性格や中身が終わっていると尚いい、とのこと。そういったところが本当に精霊だ。
「コホコホっ。す、すまない」
「あっ。ネビバ様はお身体があまり丈夫ではないというお噂は聞いておりました。私がここにきて、あのう。良かったのでしょうか」
「ああ。君が来てくれて今日はいつもより調子がいい……お見舞いにきてくれて嬉しいよ」
コホコホコホコホうるさいなアイツ、と目が怒りで赤くなる。思わず粗暴な言葉使いにもなるほどに、人を舐めていた。こちらを何だと思ってるんだ?
メティリーには甘ったれて年下に甘えて、あの男はそれを恥ずかしげもなくやるのだ。プライドなぞない。恥ずかしいけどね、こちらは。こんなのが己の婚約者ということに。早く婚約破棄でも白紙でもしたい。
「ネビバ、様」
ポッと赤くなる顔の女の子に背筋がゾッとなる。飲食でお腹が膨れて苦しいだけの男に顔を赤くしている事実に滑稽さがあったが、まんまんと引っかかる相手にも問題があるだろう。
少し調べれば婚約者が居ることなんてわかるのに調べずに、貴族子息の家にノコノコ行くなんて。不用心どころの話ではない。
未婚約の令嬢が婚約している男の家に行くことはどんな理由があろうと、周りから良い顔をされない。彼女の親は納得しているのかどうか。見た感じ親に内緒で来ている気がする。
親に叱られて済む話ではなくなると思うんだけど。最近の婚約者のお気に入りの子がこの子みたいで、パーティで話しているようだ。
気にならないので目線など向けたことはないけど、ナイエン情報で元々知っている。無理矢理聞かせられ、一緒にスキャンダルを楽しもうよ!と野次馬を見聞きさせられていた。
男の話なんて汚いなと思いながら不潔に思いつつ、ナイエンという精霊を楽しませるためならばある程度付き合った方が良さそうだと、仕方なく情報を耳に入れているがスキャンダルなんてものには興味がないメティリー。
この前の令嬢なんてシンリィとかなんとか言っていたのに、あの子はどうしたのだろう。その時はネビバ様のお見舞いに行かないなんて可哀想、といきなり目の前に立たれて泣かれたことがある。
正直身に覚えと身に覚えのない話にこれはどっちなのだろうか、と一瞬悩んだ。呼ばれないと行かないが呼ばれたら行くのだから、婚約者として最低限の義務は払っている。
身内の家族でもないのに一々体調が悪くなって呼ばれても行かない。そもそもの話、ネビバの両親も多忙で息子の部屋になんて行かないのに。彼はもう、子供と言うには大きくて大人と言うにはあと少しだ。
「大人に近い男が母親恋しさにわがままは可愛くない」
相手を好きだったり愛していたら別だろう。好意と逆の気持ちを持つ己にそれは逆効果にしかならない。うん、何度見ても気持ち悪い。三度見ても無理。
好きだったら一瞬で冷めてしまい、百年の恋も醒める。婚約者がいないときに堂々と罰の婚約者でもない令嬢を部屋に呼ぶのは、控えめに言ってあり得ない。
「気持ち悪。無理。親は何してるの」
「親は絶賛仕事中だよぉ。心が腐ってていい感じで苗床になれるなぁ」
ナイエンは嬉しそうに日々熟成していく様子を、蟻を観察しているように楽しそうに見ている。相変わらずの精魂だ。憧れないけどよくやるな、とは思う。
「な、何か私にできることはございますか!?」
「あはは。そうだな。手を握ってくれないか?落ち着くんだ。人の体温って」
「うっわ、ゾッとした」
「お、さらに成長確認〜」
映像の中で令嬢に手を持たれて頬を赤くして、今にも死にそうな顔でフッと笑う。主演男優賞でも取れそうだと冷たい目で眺める。
そんなものを見た日から一ヶ月後、大規模なパーティで例の年下マーブル令嬢が前に立ち、ぷるぷるしながら震えて気丈さをアピールしたいのか果敢にも、立ち塞がる。
「メ、メティリー様っ。お、お話がありますっ」
メティリーは悪徳令嬢かなにかなのか?
役に当てはめているみたいで気分が悪い。勝手に盛り上がって勝手に浮気してるくせに、被害者面とはいい度胸だ。
「なに?」
「ひ」
問い返しただけで怖気つくのならば、そこでやめておけばいいのに。こっちにはそれをしたくてウズウズしながらも、待てをされている水の精霊が待っているからオススメしない。
主役や配役をうまく調節してから、今か今かと舞台が始まるのを待ちぼうけている。そうして始まったのは初対面の令嬢による、仮病男への愛を語る劇場。
客席の者たちも盛り上がっていて、令嬢令息たちはいつもの彼を知っているから見にも来ないメティリーを薄情、と囁いていることも知っている。痛くも痒くもない。全ては両親のためなのだから。
信念のない薄っぺらい言葉なんて鼻で笑って、フゥッと吹き飛ばせる。それよりもこんな時に売れない俳優志望の婚約者は、どこで高みの見物を決め込んでいるんだが。
「で、ですので。ネビバ様と婚約を」
言いかけた時、マーブルの華奢な肩に真っ白い貴族らしい手先がかかる。
「マーブル」
「あ、ネビバ、様……!勝手なことをしてごめんなさいっ。私、貴方様があまりにも冷たい婚約者に冷たくされて耐えきれません!ネビバ様を私支えます!」
はて?謝るのならこちらにでは?
ネビバが婚約者でもない少女の方をキュッと抱き寄せて、人目も憚らず見つめ合う。
「もういい。言わせてしまってすまないマーブル」
あのー、これって浮気ですよと声高に言いたい。
「ネビバ様!貴方を必ず救います。私、負けません!」
「マーブル……」
「ネビバ様」
二人の世界に入るのはいいけど。
「ネビバ様、私たちは婚約白紙ってことですか?それならそうと言ってください。回りくどくてわかりずらいです」
「な、君は情というものがないのか!?」
「浮気した人に情云々を説かれたくないです。そんなに大きな声を出せるなんて今日はとても元気そうですね?いつもゴホゴホ咳が煩いのに」
「今日は薬を飲んだから今は出てないだけだっ」
偽薬と医者に金を握らせて、偽の診断書を書かせていることを知らなかったら信じているけど、違うから単に元気な男性が一人で盛り上がっているだけだ。
元気じゃない男が女とイチャイチャできるわけもないから、そこから女たちは疑うべきなのだけど。胡乱な目で相手二人を見たことにより、周りも気付き始めている。
彼の親が知っているのか知らないのかなんてことは、どうでもいい。知らないのなら怠慢、知っていたのなら悪意がありすぎる。
それに他家のこと。血縁者でもない男の母親でもないんだから面倒なんて見たくないし、マザコンならぬ婚約者コンなど欲しくない。
「で、婚約白紙でいいですか?契約書は?サインしますよ」
捨てたいのに面倒見きれない。
「なにを!平気な顔をして悲しまないのはおかしい!」
「悲しくないですし、マーブル嬢が婚約者になるのでしたら積極的に契約を白紙にするべきなのではないかと、こちらは気を利かせただけです」
「ぐ。だからっ」
他に何か言い募ろうとした男に、マーブルが言い合いを止めるように名前を呼ぶ。名前呼びもマナー的にあり得ない。
「ネビバ様、私が婚約して支えます!」
「ありがとうマーブル。この冷たい女から解放してくれた君は天使だ」
「え、天使?そんな。えへへ」
褒められて天にも昇る思いをしているらしいが、精霊によって自ら地獄に叩きつけられるとも知らずに呑気だ。婚約白紙の書類をナイエンがひらりと目の前に出してくれたので貰う。
唐突な魔法に婚約者共々目を丸くしているが、サインをしろとペンを突きつけると新婚約者にいいところを見せつけたい男は、意気揚々と名前を書く。
「これでいいか!」
「ありがとうございます」
苦しみしかなかった婚約者から解放される、と目を輝かせてしまうのも無理ない。たっぷりの間を置いて契約書を見つめていたことに、何か勘違いしてきたネビバは謎の言葉を投げかけてきた。
「看護する者として仕方ないから雇ってやろう。傷物には過ぎたる仕事だろうが励んでくれ」
こちらとしてはなんのことやらと首を傾げた。
「詐病に付き合うほど暇じゃないのでこれで失礼します」
「は?ま、待て!」
ぺこりと頭を下げてマナーをしっかり見せつけて行こうとしたら突然、腕を掴む。
──バチィ!
「あひゃあ!?」
電流が走った音がしてネビバだけ間抜けな声をあげて飛び上がる。
「さっきまで令嬢と踊り狂ってたステップをもう一回踏んでみろ。今度は物理的に骨を折って本当に歩けなくしてやる」
ふわりとナイエンが空間から現れた。
「え、精霊様!?」
周りの貴族たちが別のざわめきに変化する。それを無視してナイエンが独断で今までの婚約者だった男の仮病メモリーズを上映し始めた。
「今日の夜のパーティ、君は行ってきておくれ。僕は部屋で大人しくここで祈っているよ……」
メティリーに向かって皆の前で咳き込むけれど、夜に会場に着くとなぜかそこには別の可愛い高位令嬢の腰を抱きワインを片手に「彼女の笑顔を見ていたら奇跡的に病が和らいで」と元気にナンパしている婚約者の姿。
儚げな微笑みでいたのに女と会ってる。こちらが呆れている顔が共にあった。次の映像が続く。
メティリーに必要なものを買うようわがままを言ったあとに出かけた瞬間、 ベッドから跳ね起きて派手な勝負服に着替え、髪をバチバチにセット。
「よっしゃあ!今夜のパーティ、可愛い令嬢ちゃんたちを釣りまくるぞ」
叫んで全力疾走で馬車に飛び乗る男の姿が上映される。
「あ、あ、あ」
「へえ、特定の令嬢のフェロモンを感知すると免疫力が爆跳ねする奇病ですか?世界医学会に論文を出せば、詐欺罪の代わりに賞が狙えるかもしれませんね」
メティリーが何も言えない元婚約者たちの代わりに、合いの手の解説と嫌味を入れる。案外脆いものだ。半笑いを浮かべて見ていると元婚約者が指をこちらに向けて「詐欺だ、陰謀だ!」と叫び始めた。
「叫ぶと咳き込みますよ?」
「うるさい!うるさいうるさい!」
「ネビバ様……?」
マーブルの声が先ほどまでの甘美な乙女のものではなく、疑いの混じる詐欺師を見る目と声音に変化する。
「訴えてやる!」
「私は何もしてませんけれどね」
ナイエンは精霊なので人間の法は適用されない。醜くぐつぐつ揺れる狂気の瞳がこちらを射抜く。飛びかかろうとしたネビバからフッと何かが抜け出た。
「よーし、これで闇の精霊に高く売れる」
語尾にハートがつきそうな様子で水精霊が暗い塊を見る。人間の醜いものが練り固まった、感情の老廃物なのだそう。
「あ、が」
ネビバは抜けた途端にぺたりと膝を打ちつけながら座り込む。腰を持っていたマーブルも一緒に重さで倒れ込み尻餅をついた。二人とも唖然としている。
彼は先程メティリーを訴えると言われたが無理だろうなと笑う。ネビバの土地では昔からパールペース草という万能薬に使われる薬草が生えていたのだが、先週メティリーがナイエンの力を借りて根こそぎ移し替えた。
なので、彼のうちに今後、薬草により何もしなくても得られていた富が自動的に入らなくなる。
薬草の精に話を聞いたナイエンによると、年々代が変わるたびに手入れが雑になっていき、水精霊の加護のある土地に行きたいと願われて根こそぎ取る予定はなかったけれど結局予定変更して、取ることになった。
時間がかかってきたのはどこに植えようか、なかなか決まらなかったせい。先週ようやく移し終えたのだ。おかげで成果は予想以上。父と母の病の治療に一歩前進した。
ネビバが訴えると言っているお金より、マーブルを騙したことによる親からの慰謝料との戦いが先になる上に、財産も名誉も終わる頃にはなくなっているだろう。こちらに構っている余裕はない。
「ま、待て……まだ話は」
「病気のふりはもうしなくていいんですよ?」
まだブツブツ言う男を放置して、唖然としている会場から出る。今からまだまだ時間がかかるものの、昔水の毒素に体を蝕まれてしまいながらもやれることをしている、両親の元へ帰るために。
「病弱っていうのは私の両親みたいな人たち。あなたとは違う」
もう声は聞こえないけれど言わずにはいられなかった。
「終わったねぇ。今日の毒素排出をやりに行こうか」
「ありがとうナイエン」
「いいって。僕もお小遣いのあてができたから今日は多めに抜いてあげる」
黒い球を掲げて嬉しそうに笑う精霊はメティリーの頬にキスを一つして、無邪気に笑った。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。婚約者詐病書いてみましたが如何でしたか?




