あ、定時で帰ろうとしたら死にました
「そんなこと言われて納得する人いるわけないでしょ?」
「ですが規定ですので」
「規定で人がバナナの皮扱いされるの!?」
私は思わず机を叩いた。
——いや、机じゃない。雲みたいな何かだ。触るとふわふわしている。
場所は知らない。気づいたらここにいた。
目の前には、やる気のなさそうな男が一人。書類をめくりながら、面倒くさそうにため息をついている。
「改めてご説明します。片桐千歳さん。享年二十九歳。死亡理由は——」
「そこよ! そこがおかしいって言ってるの!」
私は男の言葉を遮った。
「就職して八年。階段に落ちていたバナナの皮が人間に踏まれたため死亡って、意味わかんないでしょ!? 普通、踏むのはバナナの皮でしょ!?」
「まあ、バナナの皮と間違えられるような人生を送った自分を恨んでいただくとしか......」
「どうやったら間違えられる人生を送れるのよ! 生き返らせてよ! 人生初の定時上がりだったのよ!?」
間違えられる人生って何よ。履歴書に書くの?
「生き返らせてよ! 人生初の定時上がりだったのよ!? 私には夢があったんだから!」
「もう手遅れです。こちらをご覧ください」
男はどこからともなくリモコンを取り出すと、空中に映像を映し出した。
——私の葬式だった。
両親が俯いている。お母さん、肩震えてるじゃない。
その横で、親戚の叔母さんが深刻な顔でささやいた。
「ねぇ、バナナの皮を踏んでショック死って本当なの?」
私はモニターを思いきり叩いた。
「ちょっと待って! 私、世間ではそういうことになってるの!?」
「手違いを公表するわけにはいきませんので、多少脚色しました」
「もっとマシな脚色にしなさいよ! 見てよ、お母さん頭抱えてるじゃない!」
しばしの沈黙。
「……で、どう責任取るのよ」
私が睨むと、男は書類を一枚めくった。
「補填措置として、転生先をご用意しております」
「は?」
「異世界です」
「テンプレ来たわね」
思わず真顔で言ってしまった。
「今回のお詫びとして、チート能力をいくつか差し上げます」
「やっとまともな話が出てきたわね」
「はい。まずはこちら。――“サービス残業耐性・極”です」
「いらないわよ!」
「続いて、“三日間不眠でも業務可能”」
「人間やめさせる気!?」
「さらに、“上司の理不尽命令を自然に受け入れる精神補正”」
「それチートじゃなくて洗脳でしょ! てか、異世界なら普通冒険者でしょ。私、そういうのやってみたい」
「じゃあ、常時発動の特殊スキルをつけておきますよ。これで文句はないですね。では良い人生を」
男にそう言われると、スンッ......と、意識を失うのであった。
「......というわけで、新入社員を紹介する」
声が聞こえる。
薄く目を開けると、そこは見覚えのある光景だった。
——オフィスだ。
びっしり並んだデスク。
そのデスクには山積みになった書類。
私のことなど無視したまま、その書類に頭を悩ませる人間とか、ツノが生えた人や、耳が長い人や、スライムみたいなやつとか。
「……いや、異世界と言われたら異世界なんだろうけど」
私は額に手を当てて考えてしまった。
「おい。自己紹介しろ」
隣に立って偉そうな態度をとっているなんか強そうな何かが強要してくる。
「あんたこそ誰よ」
私は目を細めて聞き返すと、
「貴様......! 貧民街で命を助けた恩を忘れたか!」
「ええっ、私、そういう設定スタートなの!?」
「食べ物を買う金がなくて万引きして店主たちからフルボッコにあっていたところを余が助けたのを忘れたとは言わせんぞ」
「しかも犯罪歴ありって、メンタルにくるなあ」
「何をわけわからんことを。まあよい。もう一度教えてやる。余はこの世界の魔王ヴァルグリム=ディアボロス=エンドレス=オーバータイム=インフェルノ=第七十九代当主である」
「長い!」
「皆は略して社長と呼んでいるな」
「社長要素あった?」
「で、貴様は自己紹介すらできないクズか?」
そう言われてムッとする私だったが、なんか、右下にステータスと書かれた文字が見えた。
私はそれを人差し指で押してみる。
するとゲーム画面のようにステータス画面が目の前に開かれた。
【名前】 チトセ・カタギリ
【年齢】 20歳。
【種族】 人間の女。
【耐性】 睡眠・精神的圧力
【特殊能力】 生意気な口調でも許される。
ただし「強制発動・解除不可」「敬語を使おうとすると緊張して話せなくなる」「相手の好感度が下がる代わりに本音を引き出す」
読み終えてつい、私は頭を抱えてしまった。
「何をしている。自己紹介をしろ」
どうやら魔王、いや、社長にはこの画面は見えていないらしい。
私は見なかったことにしてステータス画面を閉じ、
「片桐千歳です。地球から来ました。よろしくお願いします」
と、やる気が全くない口調で挨拶をしたのであった。
「……で、私は何をすれば?」
私が聞くと、社長は当然のように言った。
「その山だ。今日中に処理しろ」
「今日って何時までよ?」
「終わるまでだ」
——あ、これダメな会社だ。




