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ナタリー•ローズ  作者: 徳田新之助
聖なる泉の守護者
7/14

神父の決意





廃屋で起こった不可解な現象は、エルンストとその男たちに深い恐怖を植え付けた。彼らは村から姿を消し、水路の利権を巡る騒動は完全に収束した。村には再び平穏が戻り、農作物の被害や家畜の失踪もなくなった。村人たちは、これらの解決がナタリーの働きによるものだと漠然と理解し、彼女への感謝と尊敬の念はさらに高まった。しかし、同時に、彼女の「夜の顔」を目撃したごく一部の村人たちの間に、説明できない畏怖の感情が芽生え始めていた。


その中でも、最もナタリーの「何か」を肌で感じていたのは、神父だった。彼は夜遅くに届けられる匿名の大金がナタリーからのものであることを、薄々感づいていた。そして、廃屋で起こったという奇妙な話を聞き、彼の心には一つの確信が生まれた。ナタリーは、ただの心優しい少女ではない。彼女は、村の平和を守るために、常人には理解できない「力」を使っているのだと。


ある日の午後、神父はナタリーを教会の奥にある書斎に招いた。古びた木製の机には、分厚い聖書や古い文献が積み重ねられている。ナタリーは、いつもと変わらぬ穏やかな表情で椅子に腰かけた。


「ナタリー嬢。突然お招きして申し訳ありません」


神父は、いつになく真剣な面持ちでナタリーを見つめた。


「いえ、何か私にできることがあれば、いつでも」


ナタリーは優しく答えた。しかし、彼女の視線は神父の表情の奥にある何かを探るように向けられていた。


神父は深く息を吸い込んだ。


「単刀直入にお伺いします。貴女は、この村のために、何か特別なことをなさっているのではないですか?」


ナタリーの表情は微かに動いたが、すぐに元に戻った。彼女は静かに神父の言葉を待った。


「私は、夜な夜な孤児院に届けられる恵みを知っています。そして、最近村で起こった一連の事件の解決にも、貴女が深く関わっていると確信しております。特に、廃屋で起こったという出来事は……」


神父はそこで言葉を区切った。彼は、ナタリーが「何か」を発動させた現場を見たわけではない。だが、長年村を見守ってきた彼の直感が、そう告げていた。


ナタリーは沈黙した。彼女が自身の「夜の顔」や「力」について、他人に語ることは決してなかった。それは、村の平穏を保つ上で、知られてはならない秘密だったからだ。しかし、神父の真剣な眼差しは、彼女の心に響いた。


「神父様。私は、ただ、この村と、子供たちの未来を守りたいだけです」


ナタリーの声は静かで、感情を抑えたものだった。


神父は首を横に振った。


「ええ、それは分かっております。貴女の行動が、どれほどこの村を救っているか、私には痛いほど理解できます。ですが、貴女がもし、何か重荷を背負っておられるのなら、どうか一人で抱え込まないでください」


神父の言葉は、ナタリーの心の奥底に触れた。彼女はこれまで、誰にも自身の本当の姿を見せることなく、孤独にその「力」を振るってきた。両親の遺した使命、そして村の未来を守るという重責は、常に彼女の肩にのしかかっていた。


「私は、貴女の味方です。そして、貴女の行いが、いかなるものであっても、神はきっと貴女を見守ってくださるでしょう」


神父はそう言って、ナタリーの手にそっと自分の手を重ねた。その温もりは、ナタリーの凍てついた心を少しだけ溶かすようだった。


ナタリーは、神父の真摯な眼差しに、一瞬だけ迷いの色を見せた。しかし、彼女は結局、自身の「力」の秘密を明かすことはしなかった。それでも、神父の言葉は、彼女にとって大きな慰めとなった。


「ありがとうございます、神父様。そのお言葉だけで、私は十分です」


ナタリーは、心からの感謝を込めて微笑んだ。それは、昼間の天使の笑顔とはまた違う、静かで、しかし深い安堵を湛えた微笑みだった。


神父は、ナタリーが全てを語らないことを理解していた。それでも、彼の心は決まっていた。ナタリーがこの村の光である限り、そして彼女が孤独な戦いを続ける限り、自分は彼女を信じ、支え続けると。


教会を後にするナタリーの背中を、神父は静かに見送った。彼の胸中には、ナタリーが抱える「何か」への畏敬の念と、彼女を守ろうとする強い決意が交錯していた。

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