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ナタリー•ローズ  作者: 徳田新之助
新たな旅立ち
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闇に囁く影 ②





紳士はナタリーの問いに直接は答えず、優雅にグラスを傾けた。彼の瞳は、会場のシャンデリアの光を反射してきらめいていたが、その奥には感情の読めない深い淵があった。


「私が何者か、ですか。それは追々明らかになりましょう。それよりも、聖女殿。あなたはこの都市の**『澱み』**を感じていらっしゃるようだ。それが、あなたの顔にありありと表れていますよ」


紳士は、ナタリーが心の内に抱える感情を正確に言い当てた。ナタリーは警戒心をさらに強めたが、彼が敢えて自分に話しかけてきた理由を探るため、表情を変えずに問いかけた。


「あなたは、この澱みについて何かご存知なのですね?」


「ええ、もちろん。私はこの都市で長年商いをしておりますから。人々の**『欲』**が、いかにして都市を動かし、そしていかにして澱みを生成するのか、この目で見てきました」


紳士はそう言うと、周囲の喧騒に紛れて囁くように続けた。


「そして、私はその澱みが、やがてより大きな**『力』へと変質することを知っています。聖女殿の力は素晴らしい。しかし、この都市の澱みは、あなたがこれまで対峙してきた『絶望』や『憎悪』とは、性質が異なります。それは、より深く、より根源的な『渇望』**によって生み出されたもの。それを浄化するのは、容易なことではないでしょう」


ナタリーは、泉が囁いていた「欲」と「執着」が凝り固まった「黄金の澱み」という言葉を思い出した。彼の言葉には、この澱みの本質を言い当てているような響きがあった。


「あなたは、その『力』を望んでいるのですか?」ナタリーは尋ねた。


紳士は再び静かに微笑んだ。その笑みには、肯定とも否定とも取れる曖昧さがあった。


「私はただ、**『真理』を追求しているに過ぎません。聖女殿は、人々の『希望』を信じ、その力で闇を打ち払う。しかし、私は『絶望』と『虚無』の中にこそ、世界の『本質』**があると考える。異なる道を歩む者同士が、こうして出会うのも、運命というものでしょう」


彼の言葉に、ナタリーは彼が「虚無の徒」の一員であることを確信した。しかし、これまでの「虚無の徒」の霊力の核を仕掛けてきた者たちとは異なり、この紳士からは直接的な悪意や攻撃性は感じられなかった。むしろ、冷静で知的な、どこか超越した雰囲気さえ漂わせていた。


「…あなたの名前をお聞かせいただけますか?」ナタリーは尋ねた。


「私の名はオリヴァー・ド・ランカスター。この都市の片隅で、ささやかな商売を営んでおります」


オリヴァーと名乗る紳士は、そう言って優雅に一礼した。その仕草は完璧で、彼が単なる商人ではないことを改めて示唆していた。ナタリーは泉に意識を集中させた。泉はオリヴァーから、これまで感じたことのない、巨大な「知」と「操作」の波動を感じ取っていた。彼は「虚無の徒」の中でも、相当な地位にある人物だと推測された。


「デュークの地下の澱みは、あなたと関係があるのですね?」ナタリーはストレートに尋ねた。


オリヴァーは少し眉を上げたが、すぐに元の穏やかな表情に戻した。


「ええ。デュークは、彼の**『欲』によって私に協力しています。彼は、聖女殿の力を利用して、この都市の富を独占しようと企んでいる。彼の行動は、この都市の『澱み』を増幅させる『触媒』となる。そして、その澱みは、私にとって非常に興味深い『資源』**となりうるのです」


オリヴァーの言葉は、デュークが彼の操り人形に過ぎないことを示していた。そして、彼がこの都市の負の感情を意図的に利用し、何かを企んでいることを。


「あなたは、この都市をどうするつもりなのですか?」ナタリーは問い詰めた。


「どうする、ですか。私はただ、この都市の**『可能性』を最大限に引き出そうとしているに過ぎません。人間は、『欲』と『恐れ』によって突き動かされる。その感情が凝縮された時、新たな『秩序』**が生まれると信じています」


オリヴァーはそう言うと、周囲を見回し、人々の顔を観察した。彼の視線はまるで、人々を実験対象として見ているかのようだった。


「あなたも、その『秩序』の一部となることでしょう、聖女殿。あなたの**『希望』**の力は、その『秩序』を完成させるために、必要不可欠な要素となりえます」


ナタリーは、彼の言葉の裏に隠された意図を読み取ろうとした。彼はナタリーの力を利用しようとしているのか?それとも、彼なりの「真理」を証明するために、ナタリーを試しているのか?


その時、デューク・エリクソンが壇上からナタリーに気づき、わざとらしく近づいてきた。


「おお、聖女殿!我が夜会へようこそ。この都市の最高の顔ぶれが揃っていますよ。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」


デュークはそう言って、ナタリーの肩に手を置こうとした。その手が触れる寸前、オリヴァーがスッと間に入り、デュークの手を遮った。


「デューク殿。聖女殿は、繊細なお方。あまりにも俗な接触は、お控えになられた方がよろしいでしょう」


オリヴァーの口調は穏やかだったが、その声には有無を言わせぬ威圧感があった。デュークは一瞬怯んだが、すぐに作り笑いを浮かべた。


「これは失礼いたしました、オリヴァー殿。聖女殿のあまりの美しさに、つい…」


デュークはそう言いながら、オリヴァーに不審な視線を送った。どうやらデュークも、オリヴァーの真の力を完全に理解しているわけではないようだった。


ナタリーは、オリヴァーがデュークに与える影響力を感じ取った。彼は、この都市の闇を操る**『黒幕』**なのだ。


「オリヴァーさん。私は、あなたの考える『秩序』が、人々に真の幸福をもたらすとは思いません。私が目指すのは、**『希望』と『信頼』**に満ちた世界です」


ナタリーは、オリヴァーの真っ直ぐな目を見つめて言った。


オリヴァーは、ナタリーの言葉を聞いて、小さく笑った。


「それは、興味深い。聖女殿。あなたの**『希望』が、私の『虚無』**を凌駕できるか…私自身も、それを見届けるのが楽しみです。この夜会は、まだ始まったばかり。どうぞ、ごゆっくり」


そう言うと、オリヴァーは静かに人混みの中へと消えていった。彼の姿が見えなくなると、ナタリーは深く息を吐いた。執事が心配そうに駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか、ナタリー様?あの男、ただ者ではありませんね」


「ええ、執事。彼は…これまで私が出会った『虚無の徒』の中でも、最も危険な存在かもしれません。彼は、この都市の**『黄金の澱み』**を利用して、何か恐ろしいことを企んでいる」


ナタリーは、地下から湧き上がる負の波動を再び感じ取った。それは、オリヴァーの出現によって、さらにその力を増しているようだった。


この都市の闇は、これまでとは比べ物にならないほど深く、複雑だった。しかし、ナタリーの心には、新たな決意が宿っていた。オリヴァーの言う**『虚無』に、自身の『希望』の光をぶつける時が来たのだと。彼女は、この都市に巣食う『黄金の澱み』**を浄化し、オリヴァーの企みを阻止することを誓った。その戦いは、これまでで最も困難なものになるだろうが、ナタリーはもう一人ではなかった。マリオン、そしてこれまでの旅で得た人々の希望の光が、彼女の背中を押していた。

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