闇に囁く影 ①
ナタリーはデューク・エリクソンの私室を出た後も、彼の地下に巣食う「黄金の澱み」が気になって仕方がなかった。それは「虚無の徒」の核とは異なる性質を持つとはいえ、この都市の人々の心が生み出した負の感情の塊であり、放置すればさらなる不和と混乱を招くだろう。執事はデュークの露骨な態度に憤慨し、すぐにこの都市を離れるべきだと進言するが、ナタリーは首を横に振った。
「この澱みは、この都市の病です。そして、私にはそれを癒す使命があります」
その夜、泉はナタリーに囁いた。デュークの地下に溜まる「黄金の澱み」は、人々の「欲」と「執着」が長い年月をかけて凝固したものだという。それはまるで、都市の血管を詰まらせる血栓のように、生命の循環を滞らせていた。さらに泉は、その澱みが「虚無の徒」のある人物と共鳴している可能性を示唆した。
ナタリーは、デュークが夜会を開くという噂を耳にする。それは、都市の富裕層や権力者たちを集め、自身の力を誇示するためのものだろう。ナタリーは、その夜会こそが、この澱みの源に近づく機会だと直感した。
「執事、その夜会に行きましょう」
執事は驚きと不安の入り混じった表情をしたが、ナタリーの強い意志に抗うことはできなかった。夜会当日、ナタリーは普段とは異なる豪華なドレスに身を包んだ。それは、彼女の純粋な「気」を隠し、周囲の「淀み」から身を守るための偽装だった。
会場は、きらびやかな装飾と富の匂いに満ち溢れていた。しかし、ナタリーの目には、人々の笑顔の裏に隠された「嫉妬」や「傲慢」、そして「打算」の感情がはっきりと見えた。デュークは得意げに壇上で演説し、ナタリーにちらちらと視線を送ってくる。ナタリーは彼の視線を受け流しながら、泉の力を集中させ、地下の「黄金の澱み」の波動を探った。その波動は、夜会の喧騒の中で、まるで生き物のように蠢いていた。
その時、一人の紳士がナタリーの隣に静かに立つ。彼は洗練された身なりをしており、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。しかし、ナタリーは彼の目の中に、底知れない「虚無」を感じ取った。
「このような場所は、お気に召しませんか、聖女殿?」
紳士の声は、心地よい響きを持っていたが、ナタリーの心には警戒心が広がった。
「…あなたは何者ですか?」ナタリーは尋ねた。
紳士は静かに笑った。
「私は、あなたと同じく、この世界の『真理』を求める者です。ただ、その求める先が、少しばかり異なるようですが」
彼の言葉は意味深で、ナタリーは彼がただの商人ではないことを確信した。彼は「虚無の徒」の一員なのだろうか。それとも、さらに高次の存在なのだろうか。ナタリーの泉の囁きは、この紳士が、この都市の「黄金の澱み」と深く関わっていることを伝えていた。そして、彼の存在が、ナタリーの旅に新たな局面をもたらすであろうことを。




