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ナタリー•ローズ  作者: 徳田新之助
聖なる泉の守護者
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水面下の攻防





水路の利権を巡る不穏な動きは、水面下で着々と進行していた。ナタリーは執事からの詳細な報告を受け、エルンストと結託した男たちの計画の全貌を把握した。彼らは巧妙な契約書を作成し、村の長老たちを言いくるめて同意を得ようとしていた。もしこれが成立すれば、村の農業は彼らの意のままに操られ、貧しい農民たちはさらなる苦境に立たされることになる。


ナタリーは、自身の書斎で村の古文書を広げていた。そこには、過去の村の権利に関する記述や、ローズ家が代々守ってきた土地の境界線が記されている。彼女は、ただ情報を集めるだけでなく、その背後にある人々の感情や思惑までをも読み解こうとしていた。


「執事、この契約書の内容を精査してください。特に、法的な抜け穴がないか、一点の曇りもなく確認を」


ナタリーの指示は冷静かつ的確だった。彼女の知性は、大学で得た知識だけでなく、両親から受け継いだ膨大な資料と、執事との長年のやり取りの中で培われたものだった。


数日後、エルンストは村の長老たちを集め、水路開発計画について説明会を開いた。彼は村の発展を熱心に説き、男たちが用意した契約書に署名を促そうとした。村人たちは、エルンストの言葉に戸惑いながらも、彼の勢いに押され、異論を唱えることができなかった。


その場の空気が、エルンストの思惑通りに進もうとしたその時、静かに扉が開き、ナタリーが姿を現した。彼女はいつも通りの質素な身なりだが、その瞳には強い光が宿っていた。


「エルンスト様、そして長老の皆様。この水路開発計画について、少しばかり疑問がございます」


ナタリーの登場に、エルンストの顔には焦りの色が浮かんだ。彼はナタリーが来ることを予想していなかった。村人たちはざわめき、その場の視線がナタリーに集まる。


ナタリーは、手に持っていた古文書を広げた。


「この古文書によりますと、村の水路は代々、村人全体の共有財産として管理されてきました。そして、その管理権は、村の自治に委ねられると明記されています。しかし、この契約書では、特定の商会がその利権を独占する形となっていますね」


彼女の言葉は、静かながらも、その場に響き渡った。村人たちは、これまで知らされなかった事実に驚き、エルンストに疑問の目を向け始める。エルンストは、口を開こうとしたが、ナタリーは彼に発言の機会を与えなかった。


「さらに、この契約書には、水路の使用料が将来的に変更される可能性について、不明瞭な記述がございます。もし、料金が高騰した場合、貧しい農家の方々はどうなるのでしょうか? そして、この開発計画に伴う費用の内訳も、非常に不透明です」


ナタリーは、一つ一つの問題点を、論理的かつ明確に指摘していった。彼女の言葉は、エルンストと男たちが周到に準備してきた計画の綻びを、次々と暴いていく。エルンストの顔は、みるみるうちに青ざめていった。男たちは、ナタリーの知性と洞察力に、ただ圧倒されるばかりだった。


村人たちの間からは、「そうだ!」「ナタリー様の言う通りだ!」といった声が上がり始めた。ナタリーの言葉は、彼らが抱いていた漠然とした不安を具体化させ、彼らの心に確信を与えたのだ。


最終的に、長老たちはナタリーの意見を受け入れ、契約書の署名を一時中断することを決定した。エルンストと男たちは、顔を真っ赤にしてその場を立ち去るしかなかった。


ナタリーは、その場に集まった村人たちに、優しく微笑みかけた。昼間の天使のような彼女の顔がそこにはあった。しかし、彼女の心の中には、勝利の安堵とは別の、静かな決意が燃え上がっていた。村の平穏を守るためには、まだやるべきことがある。そして、今回の出来事を通じて、彼女は改めて、自らの「もう一つの貌」を使うことの必要性を強く感じていた。


ナタリーは、これからも村のために、光と影の二つの顔を使い分けていくのだろうか。そして、彼女の内に秘められた「何か」が、再び発動する日は来るのだろうか。

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