黄金の澱み
デューク・エリクソンが用意した豪華な客室で、ナタリーは静かに泉に耳を傾けていました。泉の囁きは、この都市の「地の息吹」が、金銭への飽くなき欲望、他人を出し抜こうとする狡猾さ、そして自らの富を守るための猜疑心といった感情によって深く澱んでいることを伝えています。それは、これまでの村で見られた「絶望」や「憎悪」とは異なる、より複雑で巧妙な「闇」の形でした。この都市の繁栄そのものが、人々の心の奥底に澱みを溜め込んでいるようにも感じられます。
翌朝、ナタリーと執事はデューク・エリクソンの私室へと招かれました。部屋は重厚な家具と美術品で埋め尽くされ、窓からは都市の活気ある通りが見下ろせます。デューク・エリクソンは、細身で神経質そうな顔つきの男で、その眼光は鋭く、ナタリーを値踏みするように見つめていました。
「聖女ナタリー・ローズ殿。貴女の噂は、この都市にも届いております。被災地での奇跡、枯れた井戸に水を湧かせた力…興味深い。」
デュークはそう言いながら、ナタリーの持つ力が、この都市の経済活動、ひいては自身の富を増やすために利用できないかと考えているのが、その言葉の端々から見て取れました。泉の囁きは、デュークの心の奥底に、際限のない「欲」と、それを阻む者への「排除」の感情が渦巻いていることを伝えてきます。彼は、ナタリーを「力ある道具」としてしか見ていないようでした。
「デューク様、私の力は、人々の苦しみを癒し、心に希望を灯すためにあります。富や権力のためではありません。」ナタリーは穏やかに、しかし毅然とした口調で答えました。
デュークはわずかに眉をひそめましたが、すぐに笑みを浮かべました。「なるほど。しかし、この都市にも多くの問題があります。貧しい者、病に伏す者、そして商売敵の妨害…貴女の力が、そうした『障害』を取り除く助けとなるのであれば、喜んで協力しましょう。もちろん、それに見合った対価は惜しみません。」
デュークの言葉の裏にある「障害」という表現に、ナタリーは言い知れぬ不快感を覚えました。泉は、この都市の貧困層や、デュークによって不当に扱われている人々の「諦め」と「絶望」の感情をナタリーに伝えてきます。彼らは、デュークの「黄金の澱み」によって、日々の生活さえも脅かされているようでした。
ナタリーはデュークの申し出をきっぱりと拒絶しました。「私の力は、誰かの利益のために使われるべきものではありません。もし、この都市に癒しが必要なのであれば、それは富の分配や、人々がお互いを信頼し合うことから始まるはずです。」
ナタリーの言葉に、デュークの顔から笑みが消えました。彼の目は一瞬にして冷酷な光を宿し、部屋の空気が張り詰めます。執事は無言でナタリーの前に一歩踏み出し、警戒を強めました。
「ほう…そのような理想論を語るとは。この世界は、力と富がすべてだ。貴女もいずれ、その現実を思い知るだろう。」デュークは低い声でそう言い放ちました。
その時、泉は、デュークが所有する広大な地下倉庫に、この都市の「地の息吹」を吸い上げるかのように、不穏な「闇の気」が溜まっていることを伝えました。それは、かつてナタリーが各地で感じてきた「虚無の徒」が仕掛けた霊力の核とは異なる、より根源的な「澱み」の塊であるようでした。この闇は、人々の「欲」と「執着」が凝り固まって生まれた、都市そのものの「負の感情」の結晶なのかもしれません。
ナタリーは、デュークの言葉に反論することなく、静かに立ち上がりました。彼女の瞳には、この都市に広がる「黄金の澱み」を浄化するための、新たな決意が宿っていました。デューク・エリクソンは、ナタリーの力を利用しようと試みた最初の権力者でした。しかし、ナタリーは、彼の支配の根源にある「闇」に、真正面から向き合うことを決意したのです。




