招かれざる噂
ナタリーが被災地を後にし、執事と共に新たな旅路を進むと、各地で「異国の聖女」の噂が囁かれているのを耳にするようになりました。彼女の奇跡的な行いが、人々の間で急速に広まっていたのです。被災地での出来事は、単なる復興以上の意味を持ちました。マリオンという新たな「希望の担い手」が生まれたこと、そして「希望の共鳴」が「虚無の徒」の霊力の核を打ち破ったという事実は、ナタリー自身の使命に対する確信を深めました。彼女はもはや、個人の心を癒すだけでなく、社会全体の、そして歴史に刻まれた深い闇さえも浄化できることを実感していたのです。
旅路の途中、二人は幾つかの小さな村を通り過ぎました。そこでは、被災地の話が尾ひれをつけて伝わり、「虹色の光を放つ奇跡の乙女」「枯れた大地を潤す聖女」として、ナタリーの噂はもはや神話のようになっていました。人々は遠巻きにナタリーを見つめ、恐れと同時に畏敬の念を抱いているようでした。中には、病に苦しむ老人がナタリーの足元にひざまずき、涙ながらに救いを求める場面もありました。ナタリーは、泉の癒しの力で彼らの苦痛を和らげましたが、その度に自身の力が、人々の間でどれほど特別なものとして認識されているかを痛感するのでした。
ある日の夕暮れ時、二人はこれまでの荒れた村や疲弊した集落とは異なる、活気に満ちた商業都市の入り口に差し掛かりました。石畳の道には馬車が行き交い、色とりどりの旗が翻り、煌びやかな石造りの建物が夕日に照らされて輝いていました。都市の門をくぐると、スパイスや異国の織物の香りが混じり合い、人々の話し声や商人の呼び込みの声が賑やかに響き渡ります。しかし、その華やかさの裏には、どこか澱んだ空気が漂っているのをナタリーは感じ取ります。泉の囁きは、この都市に渦巻く「欲」と「嫉妬」、そして「偽り」の感情を鮮明に伝えてきました。都市を覆う「地の息吹」は、一見豊かそうに見えながらも、人々の心の奥底に潜む暗い感情によって、少しずつ濁っているようでした。
そんな折、一人の使者が二人の元へやって来ました。使者は上質な絹のローブをまとい、その手には金の刺繍が施された巻物を携えています。彼は格式ばった言葉で、この都市を治める大商人であり、絶大な権力を持つデューク・エリクソンからの招待状を差し出しました。
「聖女ナタリー・ローズ様、デューク様が、ぜひ貴方様にお目にかかりたいと申されております。どうか、私どもがご用意いたしました宿舎へお越しくださいませ。」
執事は警戒心を露わにし、ナタリーの前に立ちはだかりました。
「ナタリー様、この招待はあまりにも唐突です。何らかの裏があるやもしれません。」
ナタリーは静かに首を振り、使者から招待状を受け取りました。巻物を開くと、美しい筆致で記された丁重な言葉が並んでいましたが、その裏にデューク・エリクソンの冷徹な思惑が透けて見えるようでした。彼女の直感は、この招待が単なる好奇心や畏敬の念からくるものではないことを告げていました。これまでの経験から、ナタリーは「虚無の徒」が人々の負の感情を糧に活動していることを知っています。この都市の「淀み」の根源、そして「虚無の徒」との繋がりが、そこにあるのかもしれない。あるいは、彼女の持つ力が、この地の権力者にとって都合の良い道具として利用されようとしているのかもしれない。様々な可能性がナタリーの脳裏をよぎります。
ナタリーは使者に穏やかな微笑みを向け、「承知いたしました。デューク様にお目にかかりましょう」と答えました。執事は不安げな表情を隠せませんでしたが、ナタリーの瞳には揺るぎない決意が宿っていました。この都市の闇がどのような性質を持つにせよ、そこに苦しむ人々がいるのなら、彼女は背を向けることはできません。
ナタリーは、新たな戦いの予感を胸に、招かれざる客として商業都市の中心へと足を踏み入れるのでした。太陽が完全に地平線に沈み、都市の建物に灯りがともり始める頃、二人はデューク・エリクソンが用意したという豪華な邸宅へと案内されました。邸宅の門は重厚な鉄製で、その奥には広大な庭園が広がり、噴水の音が静かに響いています。室内は豪華絢爛な調度品で飾られ、壁には高価な絵画が並んでいました。しかし、ナタリーは、この豪華さの中にも、人々の「欲」と「支配」の感情が淀みとなって漂っているのを感じ取ります。泉の囁きは、この屋敷の地下に、都市の繁栄を支える「何か」が隠されていることを示唆していました。それは、この地の「地の息吹」に深く根ざした、何らかの「力」であるようでした。ナタリーは、デューク・エリクソンという人物が、ただの商人ではないことを確信し、緊張感を高めます。夜の帳が下り、都市の喧騒が遠のく中、ナタリーの新たな試練が幕を開けようとしていました。




