差し伸べられた手
翌朝、マリオンはいつも通り、黙々と患者の看病を続けていましたが、ナタリーの差し出すハーブティーを素直に受け取るようになりました。泉の癒しの波動が、マリオンの心に少しずつ浸透し、彼女の表情に微かな変化をもたらします。ナタリーは、マリオンが負傷者の傷を手当てする際、時に手が震えていることに気づきました。彼女が感情を抑えつけている証拠でした。
ナタリーは、ある日、小さな女の子が母親を呼んで泣いているのを見かけました。マリオンは、その子に近づき、無表情のまま「泣いても、お母さんは戻らない」と告げます。その言葉は、冷たく突き放すようにも聞こえましたが、ナタリーは泉の共鳴で、マリオンの心の奥に、自身も同じような悲しみを経験してきたであろう「痛み」があることを感じ取りました。彼女は、悲しみと向き合うことが、どれほどつらいことかを知っているからこそ、感情を排除しようとしているのです。
ナタリーは、女の子の隣にそっと座り、背中を撫でました。そして、自身が幼い頃、両親を亡くした時のことを語り始めました。「私も、小さい頃に、大切な人を亡くしました。最初は、悲しくて、寂しくて、どうしていいか分からなかった。でも…悲しい気持ちを、無理に閉じ込めなくてもいいんだよ。」
ナタリーの言葉に、マリオンが振り向きました。ナタリーは、マリオンの目を見て続けました。「悲しい時は、悲しんでいい。つらい時は、つらいと言っていい。そうすることで、少しずつ、心が軽くなることもあるから。」
ナタリーは、泉の力を使い、自身の心の中にあった「悲しみ」の感情を、マリオンに伝えるかのように、穏やかな波動を放ちました。それは、同情ではなく、共感でした。マリオンの目から、一筋の涙が流れ落ちました。それは、彼女の心が、ついに「凍てつく壁」の内側から感情を露わにした瞬間でした。
マリオンは、声にならない嗚咽を漏らし、そのままナタリーの肩に顔をうずめました。ナタリーは、何も言わずにマリオンを抱きしめ、泉の癒しの力を惜しみなく送ります。マリオンの身体から、これまで抑えつけられていた「悲しみ」と「罪悪感」が、濁流のように溢れ出してきました。ナタリーは、その全てを受け止め、浄化していきました。
マリオンは、泣き止んだ後、顔を上げました。その瞳には、まだ悲しみが残っていましたが、これまでのような「凍てつき」は消え失せ、代わりに人間らしい「温かさ」が宿っていました。「私…救えなかったんです。あの時、もっと早く気づいていれば…」マリオンは、途切れ途切れに語り始めました。彼女は、かつて自身の家族を病で失い、その時に何もできなかった後悔から、感情を捨て、ただ目の前の命を救うことに没頭してきたことを告白しました。
ナタリーは、マリオンの手を優しく握り締めました。「あなたは、一人ではありません。そして、あなたは、たくさんの命を救っている。それは、何よりも尊いことです。」
マリオンの心に、これまで感じたことのない「安らぎ」と「受容」の感情が満ちていくのを、ナタリーは感じました。そして、マリオンの心に灯った「希望」の光が、泉の力と共鳴し、被災地に微かな「癒し」の波動を広げていることを確信しました。ナタリーは、マリオンの隣に座り、彼女の過去と、そしてこれから共に歩む未来に、静かに思いを馳せました。




