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ナタリー•ローズ  作者: 徳田新之助
新たな旅立ち
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悲しみの地で





ナタリーと執事を乗せた馬車は、西へと進路を取り、数週間後には大地震に見舞われたという被災地へと足を踏み入れていました。泉の囁きは、これまで感じたことのない、深く重苦しい「絶望」の波動を伝えてきます。そこには、家を失い、家族を亡くし、未来への希望を見失った人々の慟哭が満ちていました。ナタリーの心は締め付けられ、彼女の優しさが前面に出る「昼の貌」が、痛みで曇るのを感じます。


道端には、瓦礫の山となった家々が延々と続き、飢えと病に苦しむ人々が茫然と立ち尽くしていました。子供たちの泣き声、親たちの途方に暮れた表情、そして何よりも、人々の瞳から失われた「光」が、ナタリーの胸を強く打ちます。これまで数々の困難と対峙してきたナタリーでしたが、このような大規模な、純粋な悲しみに満ちた光景は初めてでした。泉の力が、この地の「地の息吹」が、深すぎる悲しみによって濁り、澱んでいることを伝えてきます。


「ナタリー様…」執事が心配そうに声をかけますが、ナタリーは何も答えず、ただじっと目の前の光景を見つめていました。彼女の「統合された貌」は、この地の絶望を吸収しようとするかのように、かつてないほど強く共鳴しています。しかし、その強大な悲しみは、彼女の心の奥深くにまで届き、自らの無力さを感じさせるかのようでした。


そんな中、ナタリーの視線は一点に釘付けになります。倒壊した教会の隣に設営された仮設テントの中で、一人の若い女性が、次々と運び込まれる負傷者や病人に冷静に対処していました。彼女は顔色一つ変えず、しかし手際よく、そして淀みなく人々を看病しています。その表情には、悲しみも、苦しみも、一切の感情の揺らぎが見られません。まるで、感情そのものが排除されたかのように、ただひたすらに「救う」という行為に徹しているかのようでした。


ナタリーは思わず馬車を降り、その女性に近づいていきました。周囲の人々が悲嘆に暮れる中、彼女だけが、まるで澄み切った氷のように一点の曇りもない存在として、その場に立っているのです。泉の囁きが、その女性から発せられる微かながらも力強い「癒し」と「献身」の波動を伝えてきます。それは、ナタリーがこれまでに出会ったどんな「希望」の光とも異なる、非常に稀有なものでした。


ナタリーは、これまでの旅で多くの「希望」の光を灯し、人々の心を癒してきました。しかし、この女性からは、彼女自身の心に「光」が灯されるような、強い衝撃を受けていました。ナタリーは、自身の「統合された貌」が、これまでで最も強く、そして純粋な形で、この女性の存在に引き寄せられるのを感じます。


「執事…」ナタリーは、震える声で呟きました。「彼女に…彼女に会いたい…」


執事は、ナタリーの尋常ではない様子に驚きながらも、すぐにその女性に近づき、声をかけました。女性は看病の手を止めることなく、淡々と執事の問いに答えます。「私はマリオンです。医者ではありませんが、できることをしているだけです。」


執事がナタリーを紹介すると、マリオンは感情のこもらない目でナタリーを一瞥し、すぐに患者の元へと視線を戻しました。その無関心とも取れる態度に、普通の人間ならばたじろいだでしょう。しかし、ナタリーは違いました。彼女の心は、これまでにないほど強く、マリオンという存在に惹きつけられていました。彼女の心に、これまでになく、マリオンのことを「知りたい」という強い衝動が湧き上がってきたのです。


ナタリーは、ゆっくりとマリオンの傍らに歩み寄りました。普段は、自らの力を隠し、控えめに振る舞うことが多いナタリーですが、この時ばかりは、抑えきれない好奇心と、マリオンの力になりたいという純粋な願いが彼女を突き動かしていました。


「マリオンさん…」ナタリーは、自ら口を開きました。その声は、これまでで最も優しく、しかし確かな響きを帯びていました。「私はナタリー・ローズと申します。あなたのお手伝いをさせて頂きたいのです。」


マリオンは、ナタリーの言葉にも表情を変えず、ただ淡々と負傷者の手当てを続けています。ナタリーは、その瞳の奥に、感情が排除されたが故の「強さ」と、深い悲しみから目を背けることでしか立ちゆかない「弱さ」が同居していることを感じ取りました。そして、それが彼女の「曇りのなさ」の源であることも。


「私は…」ナタリーは言葉を選びながら続けました。「あなたが…この場所で、どれほど大変なことをされているか、私にはわかります。もし、私にできることがあるのなら、何でもお申し付けください。」


マリオンは、ようやくナタリーの方に視線を向けました。その視線は、まだ感情を読み取ることはできませんでしたが、以前の一瞥とは異なり、ナタリーの言葉を「聞いている」という意思が感じられました。ナタリーは、その瞬間、二人の間に微かながらも繋がりが生まれたことを確信しました。これほどまでに彼女の心を揺さぶった人物は、これまでの人生で一人もいませんでした。ナタリーの心は、この被災地で、マリオンと共に新たな「希望」の光を見つけることを強く願っていました。

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