過去の傷痕
ナタリーと執事は、国境の町を拠点に、この国の歴史と文化、そして人々の間に広がる不和の根源を探り始めた。執事は町の図書館に通い、古文書や歴史書を読み漁った。一方、ナタリーは、市場や集会所など、人々の集まる場所に足を運び、泉の共鳴の力を使って、彼らの言葉の裏にある感情や、語られることのない歴史の断片を感じ取ろうとした。
調査を進めるうちに、二人はこの国が抱える「過去の傷痕」の深さに直面した。数百年前、この国は隣国との大規模な戦争で勝利を収め、広大な領土を獲得した。しかし、その勝利は、敵国からの多くの捕虜を奴隷として連行し、彼らに過酷な労働を強いるという、暗い歴史を伴っていた。
「古文書によれば、この国の繁栄は、多くの血と涙の上に築かれたものです。特に、北部の鉱山では、異民族の奴隷たちが非人道的な扱いを受けていたと記されています」
執事が沈痛な面持ちで報告した。
ナタリーは、泉の囁きが伝える「淀み」の正体が、この歴史的背景と深く結びついていることを感じ取っていた。それは、奴隷として連行されてきた人々の怨念や、彼らを虐げた者たちの罪悪感、そして両者の間に深く刻まれた「憎悪」の感情だった。この「憎悪」が、世代を超えて受け継がれ、現在の不和の根源となっているのだ。
広場で演説をしていた老人、アルベルトと名乗る彼は、かつて奴隷解放運動を率いていた指導者の孫であることが判明した。アルベルトは、祖父の意思を継ぎ、過去の過ちを認め、すべての民族が平等に暮らせる社会を目指して活動していた。しかし、彼の言葉は、根深い差別意識を持つ人々には届かず、むしろ反発を買うことも少なくなかった。
ナタリーは、アルベルトが話している場所に近づいていった。彼の言葉は熱を帯びていたが、彼の内側からは深い「諦め」のような感情が泉を通して伝わってきた。
「あなたは、この国の抱える痛みに、真正面から向き合っているのですね」
ナタリーは、アルベルトが演説を終えた後、静かに声をかけた。アルベルトは突然の言葉に驚いたが、ナタリーの清らかな雰囲気に、警戒心を解いた。
「この国は、過去の栄光にしがみつき、自らの過ちを認めようとしない。だが、真の強さとは、弱き者を慈しみ、過去と向き合うことにあると私は信じている」
アルベルトは、疲れた表情で答えた。
ナタリーは、泉が伝えてきたこの国の「地の息吹」が、人々の「憎悪」の感情によって澱んでいることをアルベルトに話した。最初は信じがたいといった表情をしていたアルベルトだが、ナタリーの言葉の誠実さと、彼女から発せられる清らかな「気」に、次第に耳を傾けるようになった。
「この国に真の平穏を取り戻すためには、過去の傷を癒し、人々の心を一つにしなければなりません。私は、そのお手伝いがしたいのです」
ナタリーの言葉に、アルベルトの瞳にわずかな光が宿った。彼は、ナタリーの持つ不思議な力と、その純粋な意志に、かすかな希望を見出したようだった。
ナタリーは、この国の人々の間に深く根ざした「不和」の解決には、個々の癒しだけでなく、社会全体の意識変革が必要だと感じていた。彼女の「統合された貌」は、個人の内なる葛藤だけでなく、社会の構造的な「歪み」に対しても、その「光」を届けることができるのか。ナタリーは、アルベルトとの出会いをきっかけに、この国の抱える深い「闇」に、真正面から向き合う覚悟を決めた。




