荒野の囁き
ナタリーと執事を乗せた馬車は、村を離れ、広大な荒野へと進んでいた。見慣れた森や畑は遠ざかり、地平線まで続く乾いた大地と、時折吹き荒れる砂埃が彼らの行く手を阻んだ。泉の温かい波動と村人たちの希望に満ちた笑顔が、ナタリーの心に力を与えていたが、同時に遠き地から伝わる「絶望」の波動は、その旅の過酷さを物語っていた。
数日後、彼らは小さな集落に立ち寄った。しかし、そこに広がる光景は、ナタリーが泉で見た映像と酷似していた。活気の失われた通り、疲弊しきった人々、そして何よりも、空気中に漂う重苦しい「不信」と「諦め」の感情。子供たちの目には輝きがなく、ただ虚ろに地面を見つめていた。
「ここは……」
ナタリーは言葉を失った。執事が馬車の御者から話を聞き出した。この集落は、最近奇妙な病が流行し、作物が枯れ、人々が互いを疑い始めたという。旅人がもたらした悪い噂が広まり、誰もが隣人を信用せず、互いに助け合うことをやめていた。
「やはり、『虚無の徒』の仕業でしょう。彼らは、直接的な破壊だけでなく、人々の心に『絶望』の種を蒔き、内側からコミュニティを蝕むことも得意とします」
執事の言葉に、ナタリーは深く頷いた。かつて村で経験した「霊力」が、この地ではさらに巧妙に、そして広範囲に及んでいることを感じ取った。この集落の人々は、目に見えない病と、心の闇に囚われていた。
ナタリーは、泉の囁きに耳を傾けた。泉は、この地の枯れた大地の下にも、かすかに残る生命の脈動があることを告げていた。それは、集落の奥深くにひっそりと佇む、干上がった井戸だった。
「執事、あの井戸を調べてください」
ナタリーは、その井戸に「虚無の徒」の霊力の核、あるいはその残骸が仕掛けられている可能性を感じていた。希望の光が宿る場所を、絶望の闇で覆い隠そうとするのが彼らの常套手段だった。
執事が井戸に近づくと、その周囲から強い「絶望」の波動が立ち上っているのが分かった。井戸の底は完全に干上がり、その側面には、かつて村に現れた「霊力の核」と同じような、不吉な紋様が薄く描かれているのが見えた。井戸から放たれる「気」が、集落の人々の心を蝕み、病を引き起こしている根源であることをナタリーは確信した。
ナタリーは、集落の人々が怯え、互いに距離を取り合う姿を見て、彼らを救うには、まず彼らの心に再び「信頼」と「希望」の光を灯す必要があると感じた。それは、物理的な力だけでなく、彼女の「統合された貌」が持つ、人々の心に働きかける繊細な力を使うべき時だった。彼女の使命は、ただ悪を討つだけでなく、荒廃した心に再び潤いをもたらすことにあると、ナタリーは強く感じていた。




