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ナタリー•ローズ  作者: 徳田新之助
聖なる泉の守護者
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夜の顔





その日の夜、村は深い静寂に包まれていた。ナタリーの部屋には、薄い月明かりだけが差し込み、彼女の横顔を淡く照らしていた。昼間の天使のような笑顔はそこにはなく、その瞳はどこまでも冷徹で、感情の動きを一切読み取ることができない。手元には、執事が定期的に提出する帳簿と、村の財政状況を示す古びた書類が広げられていた。


彼女は、昼間とは打って変わって、冷徹なまでに合理的な判断を下していく。孤児院の運営費、教会への寄付金の配分、村のインフラ整備に必要な費用、そして、それら全てを賄うためのローズ家の資産運用。彼女の頭の中には、村の未来を左右する膨大な情報が正確に整理されていた。一見、孤児たちのための純粋な慈善活動に見えるその裏には、緻密に計算された財政計画と、時に非情なまでの決断が隠されていた。


「執事。来月分の木材の仕入れは、予定通り隣村のロゼッタ商会からで問題ありません。ただし、単価交渉は前回よりも厳しく。彼らの独占状態を打破するためにも、新たな仕入れ先も検討してください」


執事とのやり取りは、まるで熟練した事業家と秘書のようだった。執事はナタリーの指示に一切の疑問を抱かず、ただ忠実にその命令を実行する。彼だけが、ナタリーが幼い頃から、どれほどこの村のために、そして両親の遺した使命のために、その知性と才覚を磨いてきたかを知っていた。


深夜、ナタリーは静かに自室を抜け出した。月明かりの下、彼女は教会の裏口へと向かう。小さな袋に入った硬貨を、人目につかぬよう素早く寄付箱に入れる。その動作に迷いはなく、感情も伴っていなかった。彼女にとって、この行為は「義務」であり、村の秩序を保つための「必要悪」でもあった。


寄付を終え、帰り道を歩いていると、深い森の奥から微かな物音が聞こえた。ナタリーはピタリと足を止め、闇の中に目を凝らす。その瞳は、昼間の優しげな色とは異なり、獲物を探す猛禽類のように鋭く光っていた。彼女は音のする方へ向かって、静かに歩みを進める。


森の奥深く、古びた廃屋の前に辿り着くと、そこには見慣れない男たちが数人、ひそひそと何かを話し合っていた。彼らの話の内容は、村の財産を狙う不穏な計画のようだった。男たちの悪意に満ちた言葉が、静かな夜の闇に吸い込まれていく。ナタリーの表情は変わらない。しかし、その体から放たれる気配は、明らかに冷気を帯びていた。


男たちが立ち去った後、ナタリーは廃屋の周りを注意深く調べた。残されたわずかな痕跡から、彼女は彼らの身元と目的を正確に把握していく。そして、彼女の心の中で、ある決断が下された。


「村の平穏を乱す者は、容赦しない」


翌朝、村人たちが目を覚ますと、廃屋の前に奇妙な記号が描かれているのを見つけた。それは、古くからこの地方に伝わる、不吉な出来事の前触れを意味する印だった。村人たちは不安にざわめいたが、それがナタリーの夜の顔によって描かれたものだとは誰も知る由もなかった。


ナタリー・ローズ。昼は天使として孤児たちを慈しみ、夜は村の秩序を守る冷徹な番人として暗躍する。彼女の二つの貌は、一体どこで交差し、何を目的としているのだろうか。そして、彼女が秘める「何か」とは、一体何なのか。物語は、ナタリーの真の目的と、彼女に隠された謎へと、さらに深く踏み込んでいく。

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