影の兆し
ナタリーは泉の守護者として、昼は村の希望として、夜は来るべき試練に備える鍛錬に励んでいた。しかし、穏やかな日常の裏で、彼女の研ぎ澄まされた感覚は、新たな「影」の兆しを捉えていた。それは、これまでのような「虚無の徒」の直接的な脅威とは異なり、もっと静かに、しかし確実に村の根幹を蝕むものだった。
ある朝、孤児院で子供たちに識字を教えていたナタリーは、ふと一人の少女、リリーの手が震えていることに気づいた。リリーはいつも明るい子だったが、その日は顔色も悪く、やせ細っているように見えた。
「リリー、どうしたの? 体の具合が悪いのですか?」
ナタリーが優しく尋ねると、リリーは顔を伏せ、小さな声で「お父さんが、ずっと働けないの…」と呟いた。
リリーの父親は村の炭鉱で働く鉱夫だったが、最近、原因不明の咳と熱に悩まされ、仕事に出られなくなっていた。リリーの家だけでなく、村の他の家庭でも、鉱夫たちが同じような病に倒れているという噂が広がり始めていた。
ナタリーは執事にこの件を報告した。執事は、近年、村の炭鉱の操業が拡大していること、そして、その所有者が村の外の有力者である伯爵家であることを説明した。
「炭鉱での病は、以前から度々報告されておりました。特に、劣悪な労働環境と、換気の悪さが原因ではないかと…」
執事の言葉に、ナタリーの脳裏に「不公平」という言葉がよぎった。貧しい村人たちが危険な労働に従事し、その健康が脅かされている。これは、以前「虚無の徒」が村の生命力を歪ませようとしたこととは異なるが、形を変えた「歪み」であることに変わりはなかった。
ナタリーは泉に赴き、目を閉じた。泉の囁きは、村の地下深くを流れる水脈の変調、そして炭鉱から滲み出る黒い「気」を伝えてきた。それは、ただの病気ではなく、炭鉱の深部から発せられる何らかの物質が、地下水を通じて村全体に広がりつつあることを示唆していた。
「この病は、自然の摂理に反するものです。泉の力が、そう告げています」
ナタリーの言葉に、執事は深く頷いた。
翌日、ナタリーは神父を訪ねた。神父もまた、鉱夫たちの病状の悪化を憂慮しており、村の医者も首を傾げるばかりだと話した。村の医者は、伯爵家が提供する薬しか処方できず、その薬も一時的な痛みを和らげるだけで、根本的な治療にはなっていないとこぼしていた。
ナタリーは、炭鉱の所有者である伯爵家が、この状況を黙認していることに怒りを覚えた。彼らは富を築くために、村人の命と健康を犠牲にしている。これは、ナタリーが守るべき「村の平穏」と「人々の希望」を脅かす、新たな脅威だった。
「執事、炭鉱の労働環境と、伯爵家に関する情報を集めてください。そして、この病の真の原因を突き止めなければなりません」
ナタリーの瞳には、昼の天使の優しさとは異なる、夜の守護者の冷徹な決意が宿っていた。彼女は、この不公平な「影」が、やがて村全体を覆い尽くしてしまうことを許すわけにはいかなかった。村の未来を守るため、ナタリー・ローズは、新たな「不正」との戦いを決意する。




