未知なる力
希望の歌声によって「虚無の徒」の霊力を退けたナタリーだったが、安堵は長くは続かなかった。泉の囁きは、彼らが姿を消したわけではなく、新たな策を練っていることを告げていた。村に再び平穏が訪れたかに見えたものの、ナタリーの心には常に、見えざる敵の影が付きまとっていた。
数日後、村の入り口に、不気味なローブをまとった数人の影が現れた。彼らはこれまでの「虚無の徒」とは異なり、顔を隠してはいたものの、その全身から明らかに異なる「気」を放っていた。それは、霊力とはまた違う、重く、淀んだ「呪詛」のような気配。村人たちは、彼らの姿を目にしただけで、言いようのない不安に襲われ、顔を青ざめさせた。
「執事、あの者たちは…」
ナタリーは、その場に居合わせた執事の顔を見た。執事もまた、その影たちの放つ禍々しい気に、深い警戒心を抱いていた。
「お嬢様…彼らは『虚無の徒』の中でも、より深く闇に染まった者たちかと。奥様の日記にも、彼ら『呪術師』の存在が記されておりました」
執事の言葉に、ナタリーの脳裏に、母の日記の一節が蘇った。「虚無の徒には、人々の精神を直接蝕む『霊力』の使い手と、より強力な『呪詛』をもって対象を確実に滅ぼそうとする『呪術師』が存在する」。
呪術師たちは、村の入り口に立つと、地面に奇妙な紋様を描き始めた。その紋様は、闇色の光を放ち、描かれるたびに村の空気は重く沈んでいく。村人たちは恐怖に足がすくみ、逃げることもできない。呪術師たちが村の結界を破ろうとしているのは明らかだった。
ナタリーは、これまでの霊力との戦いとは異なる危機感を覚えた。霊力は心を蝕むものだったが、呪詛は存在そのものを貶め、破壊しようとする。彼女は、泉の清らかな力を最大限に集中させた。しかし、泉の力は「浄化」と「希望」に特化しており、直接的な「破壊」を伴う呪詛に対して、どう対抗すれば良いのか、まだ明確な答えを見出せずにいた。
その時、村の教会の鐘が、かつてないほど激しく鳴り響いた。神父が、村人たちに避難を呼びかけているのだ。
「村の皆さん!決して動揺してはなりません!教会へ!」
神父の呼びかけに応じ、村人たちは一斉に教会へと駆け込んだ。しかし、呪詛の紋様は次々と描かれ、その度に村のあちこちで、植物が枯れ、地面がひび割れるといった異変が起こり始める。呪詛が、村の生命力を奪い始めているのだ。
ナタリーは、呪術師たちの前に立ちはだかった。
「この村に、これ以上手出しはさせません!」
ナタリーの声に、呪術師の一人がゆっくりと顔を上げた。フードの奥の瞳は、まるで感情のない深淵のようだった。
「ほう…泉の守護者か。随分と気丈な娘のようだが、我らの『呪詛』からは逃れられぬ。この村は、我らが求める『力』の前に、崩壊する運命なのだ」
呪術師の言葉は、冷たく、そして絶対的な響きを持っていた。彼らは、ナタリーの力を既に把握しており、それを上回る「呪詛」で村を制圧しようとしていた。
呪術師たちは、一斉に手のひらをナタリーに向け、さらに強力な呪詛の波動を放ち始めた。闇色の光がナタリーに殺到する。ナタリーは泉の力で結界を張ったが、呪詛の力は結界をわずかに歪ませ、肌を刺すような冷気として、彼女の全身を包み込んだ。それは、まるで存在そのものが否定されるかのような、耐えがたい感覚だった。
ナタリーは奥歯を食いしばった。このままでは、村が、そして村人たちが、彼らの呪詛によって完全に破壊されてしまう。泉の力を、呪詛に対抗する新たな形へと進化させる必要がある。
その時、ナタリーの脳裏に、禁忌の箱の存在が閃いた。鉱山で封印したあの「古の力」。泉の力とは異なる性質を持つ、あの力が、もしかしたらこの呪詛に対抗する鍵となるかもしれない。泉は「希望」と「浄化」を司るが、古の力は「破壊」と「創造」、あるいは「対抗」の性質を秘めている可能性があった。
しかし、古の力は非常に危険であり、ナタリー自身が制御しきれるか確信はなかった。それでも、この状況を打破するためには、その未知の力に賭けるしかなかった。
ナタリーは、意識を鉱山に眠る「禁忌の箱」へと向けた。泉の力が、その場所へと意識を繋ぐ。すると、彼女の身体の奥底で、かつてないほど強大な、しかしどこか荒々しい力が目覚めようとしているのを感じた。
呪術師たちの呪詛が、ナタリーの結界をさらに強く圧迫する。村のあちこちで、地面が大きく揺れ、悲鳴が聞こえてきた。もう時間がない。
ナタリーは、両親から受け継いだもう一つの力、古の力を制御する覚悟を決めた。果たして、彼女は二つの異なる力を統合し、この新たな脅威を退けることができるのか。そして、その行為が、彼女自身に、そして村に何をもたらすのか。村の命運は、今、ナタリーの覚悟に委ねられた。




