希望の歌声
深い霧に包まれた村は、不安と絶望の気配に満ちていた。ナタリーは、泉の囁きが指し示す方角へ、静かに足を進めた。霧の中から、時折、不気味なざわめきや、人々の悲鳴のような声が聞こえてくる。それは、「虚無の徒」が仕掛けた「霊力の核」が発する、人々の負の感情を増幅させる波動だった。
ナタリーは、一つの「霊力の核」が埋め込まれた場所に辿り着いた。それは、村の中心にある広場に植えられた、古木の根元だった。木からは、黒い靄のようなものが立ち上り、周囲の空気を歪ませている。周囲には誰もいなかったが、ナタリーの泉の力は、その場に人々の「絶望」が渦巻いているのを感じ取った。
ナタリーは、広場の中心に立ち、目を閉じた。泉の清らかな力が彼女の全身を巡り、黒い靄に対抗しようとする。しかし、霊力の核から放たれる「絶望」の波動はあまりにも強く、ナタリーの精神に直接揺さぶりをかけてきた。幻覚が見え、過去の辛い記憶がフラッシュバックする。両親を失った悲しみ、村人からの冷たい視線、そして母親が一人で背負った重すぎる使命…。
「お前は、孤独だ…」
「お前には、この重荷は背負いきれない…」
「全てを諦めれば、楽になれる…」
頭の中に、囁き声が響く。それは、ナタリーの心の奥底に潜む不安を煽り、絶望へと誘おうとする「虚無の徒」の声だった。ナタリーの額には、冷や汗が滲む。身体が震え、泉の力が弱まりそうになる。
しかし、その時、ナタリーの脳裏に、孤児たちの笑顔が、神父の温かい眼差しが、そして村人たちが共に歌った「希望の歌」が鮮明に蘇った。
「私は、一人ではない…!」
ナタリーは、強く目を開いた。その瞳には、絶望に打ち勝つ、揺るぎない「希望」の光が宿っていた。彼女は、自身の内に宿る泉の力を、これまでの防御や浄化のためではなく、人々の「希望」を呼び起こし、増幅させるために集中させた。
ナタリーは、自らの内に響く「希望の歌」を口ずさみ始めた。最初は微かな歌声だったが、その歌声は泉の力と共鳴し、広場に満ちる黒い靄を少しずつ押し返していく。彼女の歌声は、澄んだ音色となり、霧の中を遠くまで響き渡った。
その歌声は、村人たちの悪夢にうなされる心に届いた。眠りの中で、彼らの心に微かな希望の光が灯る。やがて、一人、また一人と、村人たちが寝床で、あるいは窓辺で、ナタリーの歌声に導かれるように、無意識のうちに同じ歌を口ずさみ始めた。
村全体に、微かな、しかし確かな歌声が広がり始める。その一つ一つの歌声が、泉の力を増幅させ、ナタリーの歌声に合流していく。ナタリーは、村人たちの「信じる心」と「希望」が、一つになって自分に流れ込んでくるのを感じた。それは、かつてないほどの、温かく、力強い波動だった。
「虚無の徒」の霊力の核から放たれる黒い靄は、希望の歌声によって浄化されていく。その核が、悲鳴を上げているかのように見えた。
ナタリーは、希望の歌声をさらに強く響かせた。彼女の身体から放たれる光は、広場を覆う霧を晴らし、夜空の月明かりを呼び込んだ。光と歌声の波が、村全体に広がり、残りの「霊力の核」をも次々と浄化していく。
夜が明ける頃には、村を覆っていた全ての「霊力の核」は消え去り、不気味な霧も晴れていた。村人たちは、すがすがしい朝の光の中で目覚め、互いの顔を見合わせた。悪夢の記憶は薄れ、彼らの心には、昨日までとは違う、穏やかな安堵感が広がっていた。
広場の中心に立つナタリーは、身体中の力を使い果たし、膝から崩れ落ちた。執事がすぐに駆け寄り、彼女を支える。
「お嬢様、ご無事で何よりでございます!」
ナタリーは、荒い息を整えながら、清々しい朝の空を見上げた。希望の光が、村全体を優しく包み込んでいる。
しかし、これで「虚無の徒」が諦めたわけではないだろう。彼らは、より巧妙な手を使って、村を狙ってくるに違いない。ナタリーは、村人たちの「希望」こそが、彼らに対抗する最大の武器であることを、身をもって知った。
ナタリー・ローズの新たな戦いは、彼女自身の「希望の歌声」を、そして村人たちの「信じる心」を武器に、さらなる深みへと進んでいく。




