託された意思
母親の壮絶な過去、そして「虚無の徒」の正体を知ったナタリーは、その夜、一睡もできなかった。胸には、母が背負った重い使命と、それがもたらした悲劇の記憶が深く刻まれた。しかし、同時に、彼女の心には母から託された強靭な意志が芽生えていた。
翌朝、ナタリーは泉へと向かった。泉の水は、彼女の決意を映すかのように、いつも以上に澄み切っていた。彼女は水面に手を浸し、泉の清らかな波動を全身で感じ取った。
「お母様…私は、貴方の意志を継ぎます」
ナタリーは心の中で呟いた。泉の力が、その決意に応えるかのように、彼女の内に強く響き渡る。彼女の内に眠っていた泉の力が、今、新たな段階へと進化を遂げようとしていた。それは、単なる癒しや物理的な防御だけでなく、人々の心を読み解き、その「希望」を増幅させる力。そして、「虚無の徒」の霊力の源である「絶望」を浄化する力へと昇華されようとしていた。
その日以来、ナタリーは泉での修行に加え、村人たちとの交流の時間を増やした。彼女は、孤児院の子供たちだけでなく、病から回復した村人たちや、不安を抱える農夫たち一人ひとりと丁寧に言葉を交わした。彼らの話に耳を傾け、彼らが抱えるささやかな悩みや、未来への希望を共有した。ナタリーの優しい笑顔と、心からの言葉は、村人たちの心に温かい光を灯し、彼らの間にあったかすかな疑心暗鬼を払拭していった。
「ナタリー嬢とお話しすると、なぜだか心が軽くなりますねぇ」
ある老婆が、ナタリーに感謝の言葉を伝えた。その言葉を聞いた時、ナタリーは泉の力が人々の「希望」を繋ぎ、増幅させているのを肌で感じ取った。
執事もまた、ナタリーの変化に気づいていた。彼女は以前にも増して穏やかでありながら、その内には鋼のような強さを秘めていた。泉の守護者としての使命を受け入れ、さらにその力を深めていることを執事は確信した。
しかし、平和な日常の裏側で、「虚無の徒」たちは虎視眈々と機会を窺っていた。彼らの霊力は以前よりも巧妙になり、直接的な攻撃ではなく、村人同士の不信感を煽るような現象を引き起こし始めた。些細な噂が広がり、隣人同士の frictions が増え、村の団結が少しずつ揺らぎ始めていた。
ナタリーは、泉の囁きから、それらの現象が「虚無の徒」の仕業であることを感知していた。彼らは、村人の心を蝕み、相互不信の種を蒔くことで、村の絆を断ち切ろうとしているのだ。そして、絆が弱まったところで、一気に村の「力」を奪うつもりなのだろう。
「執事。彼らは、私たちの『絆』を狙っています」
ナタリーは静かに執事に告げた。
「その通りでございます。お嬢様のお母様も、虚無の徒が最初に狙うのは、村人たちの『心』だと記しておられました」
執事は、母の日記の一節を読み上げた。「彼らは、人々の希望の光を消し去り、その絶望を糧とする。故に、守護者は常に、村の光となり、人々の心を繋ぎとめる存在でなければならない。」
ナタリーは、自身に課せられた使命の重さを改めて感じた。彼女は、もはや泉の守護者としてだけでなく、村人たちの「希望の光」そのものとならなければならない。
その夜、村全体に深い霧が立ち込め、不気味な静寂が広がる中、「虚無の徒」たちは再び行動を起こした。彼らは、村の数か所に、より強力な「霊力の核」を設置し始めたのだ。それは、村人たちの悪夢をさらに深くし、現実世界での争いを誘発するための装置だった。村人たちは眠りの中で悪夢にうなされ、日中も疲弊し、互いに疑心暗鬼を抱くようになっていった。
ナタリーは、その夜、泉の囁きが悲鳴のように響いているのを感じた。村が、深い絶望の淵に引きずり込まれようとしている。
「これは…私が行かなければ」
ナタリーは静かに立ち上がった。その瞳には、かつてないほどの強い光が宿っていた。彼女は、母から託された意志を胸に、自らの「希望の光」を村に灯すため、霧の森へと足を踏み入れた。




