偽りの仮面
ナタリーの突然の誘いに、謎の男は疑う素振りも見せず、快くそれを受け入れた。彼はナタリーの家へ足を踏み入れた瞬間、その質素ながらも洗練された内装に、わずかな驚きを覚えたようだった。ナタリーは彼をダイニングへと案内し、執事が用意したささやかな夕食がテーブルに並べられた。
「このような素朴な食事で申し訳ありません」
ナタリーが言うと、男は優雅に首を横に振った。
「とんでもない。質素な中にこそ、真の豊かさがあるものです。それに、このスープの香りは、旅の疲れを癒してくれますね」
男はそう言って、ナタリーが孤児たちのために心を込めて作ったスープを、一口静かに味わった。彼の言葉は、あまりにも自然で、ナタリーの警戒心をわずかに緩めさせるほどだった。
夕食の間、男は自身の旅の経験や、各地で出会った珍しい古文書の話を披露した。彼の話術は巧みで、知識も豊富だった。ナタリーは、彼の話に相槌を打ちながらも、その言葉の節々から彼の本質を探ろうと努めた。泉の囁きは、彼の言葉の奥に隠された冷たい計算と、強い意志を感じ取っていた。彼は、まさに「偽りの仮面」を被った存在だった。
「それにしても、ナタリー嬢。この村には、何か古くから伝わる特別な『もの』があるように感じますね」
男は、さりげなくナタリーの瞳を覗き込むように言った。その視線は鋭く、まるでナタリーの心の奥底を見透かそうとしているかのようだった。
「特別なもの、ですか? この村は、ただ自然豊かなだけの、小さな村でございますよ」
ナタリーは、動揺を見せずに答えた。彼女は泉の力を集中させ、自分の心を閉ざし、男の霊力から守った。
男は、ナタリーの反応に満足したのか、それ以上は踏み込まなかった。しかし、食事が終わり、ナタリーが淹れたハーブティーを飲みながら、彼は唐突に話を切り出した。
「実を言うと、私はこの村の地下に眠る、ある『古の力』について調査しておりましてね」
ナタリーの表情は微塵も動かなかったが、その心臓は大きく跳ねた。男は、禁忌の箱の存在を知っている。しかも、「聖なる泉」ではなく、まず「古の力」に言及したということは、彼らがそちらに特に関心がある証拠かもしれない。
「そのようなものは、この村にはございません。旅の疲れから、幻でもご覧になったのでは?」
ナタリーは、あくまで冷静に否定した。しかし、男はナタリーの言葉を気にする様子もなく、続けた。
「いいえ、確かに感じ取れます。そして、その力が、先日、一時的に覚醒したことも。まるで、誰かがその力を封印し直したかのようにね」
男の言葉は、鉱山での出来事を正確に言い当てていた。ナタリーがその力を封印したことを、彼は既に知っていたのだ。泉の守護者としての彼女の存在も、彼らは把握しているに違いない。
「我々は、その『古の力』、そして、それに相対する『聖なる泉』の力…二つを統合し、世界のあるべき秩序を取り戻そうとしているのです。それは、破壊ではなく、真の調和をもたらすものです」
男は、言葉巧みに自分たちの目的を正当化しようとした。彼の目は、狂信的な光を帯びていた。彼らは、自らの信念に基づいて行動しており、それが村に災いをもたらすことなど、微塵も考えていないようだった。
「調和…それが、村人たちの心を乱し、病に苦しめることなのですか?」
ナタリーは、男の仮面の下に隠された、冷酷な本質に迫ろうとした。泉の力が、彼女の言葉に力を与える。
男は一瞬、言葉を詰まらせた。そして、微かに表情を曇らせた。
「それは、過渡期に必要な犠牲です。真の秩序を築くためには、時に痛みを伴うものです」
彼の返答は、やはり村人たちの苦しみを「犠牲」としか見ていないことを露呈した。
ナタリーは、もはや彼との対話は無意味だと悟った。彼らは、村の平和を願うナタリーとは、根本的に相容れない存在だった。
「申し訳ありませんが、旅の方。貴方様の考えは、私には理解できません」
ナタリーの声は静かだったが、その中に確固たる拒絶の意思が込められていた。
男は、ナタリーの態度に、初めて明確な感情を露わにした。それは、侮蔑と、わずかな苛立ちだった。
「愚かな…守護者よ。お前は、自らの力で何ができると? この世界は、お前のような古き番人の手には負えぬ。いずれ、その力を我らに明け渡すことになるだろう」
男はそう言い放ち、席を立った。彼の瞳は、もはや穏やかさの欠片もなく、冷酷な光を宿していた。
男が屋敷を後にした後、執事が心配そうにナタリーの元に駆け寄った。
「お嬢様、ご無事で何よりでございます。一体、あの男は何者なのでしょう…」
「執事、彼らはただの学者ではありません。彼らは、泉と禁忌の箱の力を手に入れ、世界を彼らの望むがままに再編しようと企む者たちです」
ナタリーの声は震えていたが、その瞳には、かつてないほどの決意が宿っていた。
招かれざる訪問者との対峙は、ナタリーに新たな危機感を植え付けた。彼らは村の秘密を深く理解しており、その力もナタリーの想像を超えている。村の未来は、これまで以上に不透明になった。
しかし、ナタリーは諦めない。彼女の内に宿る泉の力と、村人たちの「信じる心」が、彼女を支えるだろう。ナタリー・ローズの守護者としての使命は、今、新たな段階へと突入した。
ナタリーは、この強大な敵に対し、いかにして立ち向かうのだろうか?




