予兆
鉱山での激戦を終え、村に帰還したナタリーは、その足で泉へと向かった。疲労困憊の身体とは裏腹に、彼女の心は泉の清らかな波動で満たされていく。泉の水面に映る自分の顔は、以前の迷いを完全に払拭し、強い意志を宿していた。古の力を封印したことで、村から病が消え去り、再び穏やかな日常が戻ったことは、彼女にとって何よりの報いだった。
しかし、安堵も束の間、泉の囁きは新たな予兆を伝え始めた。それは、遠い場所にいる別の「力」を持つ者の存在。そして、その力が村へと近づいているという警告だった。ナタリーは、その漠然とした感覚に胸騒ぎを覚えた。泉の力が、村の外部から来る脅威を感知しているのだ。
「執事、泉が何かを伝えています。村の外から、新たな気配が近づいているようです」
ナタリーの言葉に、執事の顔に緊張が走る。
「新たな気配でございますか…。奥様も、泉の守護者として、村の外からの干渉には常に注意を払っておられました」
執事は、ローズ家に伝わる古文書の別巻を取り出した。そこには、泉の守護者が直面するであろう「外部の脅威」についての記述があった。遥か昔、この村は、泉の力を狙う者たちによって幾度も危機に瀕したという。そして、それらの者の中には、泉の力とは異なる、しかし強力な「霊力」や「術」を使う者たちがいた、と記されている。
「霊力…ですか」
ナタリーは、自身の「泉の力」とは異なる未知の概念に、わずかながらも警戒心を抱いた。彼女がこれまでに体験してきたのは、泉の力を介した物理的な現象や、精神への干渉、そして「古の力」の封印だった。しかし、「霊力」や「術」といったものが、一体どのような形で村に影響を及ぼすのか、彼女には想像もつかなかった。
数日後、村の境界近くで、奇妙な出来事が報告され始めた。夜になると、森の中から人々のざわめきや、得体の知れない唸り声が聞こえるという。また、村の入り口に建てられた道標が、不自然にねじ曲げられたり、謎の印が刻まれたりする事案も発生した。村人たちは不安に怯え、日が暮れると家の戸を固く閉ざすようになった。
ナタリーは、これらの出来事が泉の予兆と繋がっていることを確信した。彼女は夜、執事と共に村の境界を密かに巡回した。月明かりの下、森の奥から聞こえる微かなざわめきと、木々に刻まれた不気味な印が、ナタリーの心を締め付ける。
「これは…人間の仕業とは思えませんね」
執事が、木に刻まれた複雑な模様を指差した。それは、どこかの文字にも見えるが、ナタリーの知るどの言語とも異なっていた。泉の囁きが、その印から発せられる不穏な力を伝えてくる。それは、確かな悪意を帯びた「霊力」だった。
ナタリーは目を閉じて、泉の力を集中させた。すると、彼女の脳裏に、森の奥にいる数人の人影が浮かび上がった。彼らはフードを深くかぶり、顔は見えないが、その全身から冷たく、まとわりつくような「気」を発している。彼らは、村を直接攻撃するのではなく、村の均衡を少しずつ崩そうとしているようだった。
「執事、彼らは直接攻撃してくるわけではなさそうです。しかし、このまま放置すれば、村人の心が蝕まれてしまうでしょう」
ナタリーの声には、確かな危機感が宿っていた。彼女は、物理的な攻撃であれば、泉の力で対処できる自信があった。しかし、人々の精神に影響を及ぼすような「霊力」の類は、これまで経験のない領域だった。
翌朝、ナタリーは、神父を訪ねた。神父は、村で起こっている奇妙な出来事に心を痛め、どうすればよいかと頭を抱えていた。
「ナタリー嬢、どうすればこの村の不安を取り除くことができるでしょうか。私の力では、どうすることもできません…」
ナタリーは、神父に泉の囁きと、森の奥にいる「霊力」を持つ者たちの存在を、直接的な言葉は避けて、それとなく伝えた。神父は、ナタリーの話に真剣に耳を傾けた。
「霊力…ですか。確かに、この村には古くから、森には得体の知れないものが潜んでいるという言い伝えがあります。もし、それが人々の心を乱すものだとしたら…」
神父は深く考え込んだ。そして、彼の顔に、決意の色が浮かんだ。
「ナタリー嬢。私は、神に祈り、この村を守るためにできる限りのことをいたしましょう。そして、もし貴女に、その『力』を使う必要があるのであれば、私はそれを信じ、支えます」
神父の言葉は、ナタリーの心を強くした。彼女は一人ではない。村には、彼女を信じ、共に戦おうとする人々がいる。
ナタリーは、森の奥に潜む者たちと対峙する準備を始めた。泉の力をいかにして「霊力」という未知の力に応用するか、彼女は泉と対話し、その答えを探ろうとした。新たな脅威が迫る中、ナタリー・ローズは、村の守護者として、さらなる進化を遂げようとしていた。




