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空に染まる血

エイレン・ヴィレルは両手を空にかざし、強く体を包み込む風を感じていた。ヴェンタラⅡの夜は深く、ネオンの閃光と空飛ぶ車両の喧騒で彩られている。数十メートルの高さから、彼女は静かに呼吸を整え、今まで感じたことのない力の脈動を感じていた。引き締まった若い筋肉質の身体、群青と金を基調とした密着スーツが、都市のライトに照らされて艶やかに光る。エイレンは一瞬目を閉じ、思考を集中させた――彼女の力の根源、それは「飛行」だった。


初めて地面から浮かび上がった瞬間、彼女の心臓は激しく鼓動した。破壊された研究所の屋上から跳び上がった時、無意識のうちに体が宙に浮かんだのだ。その足元から重力が離れていく感覚、地割れたコンクリートを離れ、空へ舞い上がる感覚。あれから一時間以上が経ち、施設はすでに瓦礫と化していた。しかし、エイレンは完全にその能力を掌握していた――空気を切り裂く小さな動作ひとつで、彼女の飛行は安定し、重力すらも追い越す。


長い黒髪を一振りすると、風になびく髪は戦旗のように翻った。クラシックなスーパースーツは、彼女の筋肉にぴたりと張り付き、殺意と色気の両方を放つ。腰のユーティリティベルトには、通信機、非常用ホイッスル、鎮静剤と鎮痛剤のパック――それらはすべて、ドクター・ケルドラ・ヴェクスからの置き土産だ。しかし今夜、エイレンにそれらは不要だった。あるのは、超人的な速度、力、再生能力、そして骨まで震わせる笑い声だけだった。


接近するドローン


突如として、軍用ドローンの編隊が低空を飛行し始めた。赤いセンサーライトを光らせながら、金属のボディが夜の静けさを重低音で切り裂いていく。それぞれのドローンは、エネルギー弾を発射可能な兵装を備えており、それだけで民間車両を粉砕できる火力を持つ。


「さあ、遊びの時間だよ。」


エイレンの声は楽しげでありながら、不気味さを孕んでいた。彼女は速度を少し緩め、距離を測るようにひとつのドローンを狙った。空中で指をピアノのように動かすと、周囲の空気が思考に従って流れ、密度のある透明なシールドが形成された。


コスチュームの背部、筋肉の膨らみに沿って配置された合成翼が一閃し、エイレンは急加速した。眼前のドローンに向けて、開いた手のひらで空気を叩く――衝撃波が大気を揺らし、最前列のドローンを直撃した。


ドガァァン!


薄い金属の機体が引き裂かれ、炎と煙が空へと舞う。ドローンの残骸が輝く破片となって夜空に散っていった。


「アハハハハッ!」


満足げな笑い声がエイレンの口から漏れる。彼女は体を回転させ、重力を愉しむかのように宙を舞った。残る二機が同時にエネルギー弾を発射。だが、エイレンは瞬時に反応し、六メートルの距離を瞬間移動のような速度で回避。膝で二機目のドローンを蹴り上げた。


ガシィィン!


骨と金属の激突音が響き、爆発が小さな火球を形成した。炎の破片が近隣のビルを照らした。


彼女の動きと共に風が唸る。エイレンはさらに高度を上げ、薄霧の漂う高度三百メートルへと達する。眼下には、光の海と化したヴェンタラⅡの街並みが広がっていた。空中橋が塔と塔を結び、道路は雲の間に浮かぶ。彼女にとって、この街はあまりに小さすぎた。


次の標的は、円筒形の軍用通信タワー。頂上に伸びるアンテナが青と緑に点滅し、秘密周波の存在を示している。エイレンは小さく息を吐き、体を引き締めた。彼女の力は筋力だけではなく、神経と融合したバイオパンク的な細胞群――反射速度、筋肉密度、衝撃吸収を制御する、彼女の「生体改造」が源だった。


深呼吸一つ、彼女は流星のように急降下。空気の壁を突き破り、**ズゴォォン!**という衝撃音と共に通信塔を肩で打ち砕いた。アンテナは砕け、配線が散乱し、火花が夜空に散った。


血と火花の狭間で


二十階にある軍事オフィスの床が崩れ、ガラスが割れ、金属机が宙を舞う。エイレンは空中で体をひねり、轟音と共に瓦礫の中を突き抜けた。


右手で垂れたケーブルを切り裂くと、火花と煙が再び噴き出した。兵士たちの血が瓦礫に染み込み、しかしエイレンは止まらない。彼女の再生能力は金属の破片による火傷さえ瞬時に癒す。


都市全体に緊急警報が鳴り響く。


「警告!国家安全保障に対する脅威が発生!全市民は速やかに避難してください!」


だが、エイレンは微笑む。唇には鮮血が滲み、笑みには狂気と覚醒が混ざる。ユーティリティベルトのボタンを押すと、盗んだ信号妨害装置が起動。掌に展開したホログラムが赤く点滅し、周囲二キロの通信網を遮断した。


そのときだった。街の下、煙の向こう側に避難する市民たちの姿が見えた。幼い子供たち、赤ん坊を抱える母親、民間の警備員が瓦礫の中を奔走していた。


エイレンは動きを止めた。心臓が静かになり、呼吸が深くなる。少年が一人、ぬいぐるみを抱えたまま彼女を見上げていた――恐怖と困惑が入り混じった視線。


「ダメ…」エイレンの声が震える。


その瞬間、彼女の中に新たな感情が芽生える。思いやり、慈悲、そして人間性。これまで感じたことのなかった優しさが、破壊衝動を抑えた。


過去の怒り、実験で改造された自分への苦しみ、孤独。全ての感情が交錯する中、彼女の目が蒼く光り始めた。ついに「ジーン・オーバードライブ」が起動しようとしていた。


しかし――彼女はそれを止めた。


右手を振り、微細な衝撃波で道路の瓦礫を払った。子供たちに触れることなく、母親に危害を加えることなく。


人々は彼女を見つめた。恐れと、どこかに宿る敬意を込めて。ぬいぐるみを握る少年は、目を閉じて震えていた。エイレンは彼の中に、自分の過去の影を見た。


再び、空へ


黒髪をなびかせ、彼女は再び空を見上げた。あの空の向こうには、さらに多くの戦いが待っている。しかし今夜、彼女はただ破壊するだけの存在ではなかった。彼女は今、初めて「力と慈しみ」の均衡を探し始めていた。


「私は、生まれながらの怪物じゃない。」


笑いの残響の中で、エイレンはそう呟いた。


「でも私は、"人間"がどれだけ恐ろしいかを世界に示す。」


そう言い残し、彼女は雲の向こうへと飛び去っていった。ヴェンタラⅡの街が黄色と赤の光で警告を続ける中、空には新たな伝説が羽ばたいていた――筋肉に満ち、謎に包まれた女戦士。黒き空を駆ける、神話のような存在が。



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