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エピローグ
夏休みが終わり、教室に活気が戻ってきた。
蝉の声が鳴りやんで、風が少し涼しくなってきた頃。
生徒たちは、何事もなかったようにそれぞれの机に着き、
先生の「おかえりなさい」の声に笑いながら応えていた。
誰も、気づいていないようだった。
一番後ろの窓際、空席がひとつあることに。
それが、もともと誰の席だったのか。
名前を思い出せる生徒はいなかった。
担任も、出席番号の飛び番号に対して、特に何も言わなかった。
「……誰か転校したっけ?」
「え、そんな話あった?」
「いや、最初からあの席空いてたような……」
そんな会話が一瞬だけ交わされて、すぐに忘れられた。
まるで、そこに“誰かがいた記憶”が、最初からなかったかのように。
その日の放課後。
校舎の裏、ちょうど坂が始まるあたりで風鈴がひとつ、風もないのに揺れた。
音は、からん、と一度だけ鳴り、すぐに静かになった。
その音に気づいた生徒が、一人、立ち止まった。
スマホを見ていた手を止めて、振り返る。
──誰かが、自分を呼んだ気がした。
でも、そこには誰もいなかった。
風も、影も、名前も。
その生徒は首を傾げてから、何も言わずに歩き出した。
そして、誰ももう──
「早瀬まどか」という名前を、口にすることはなかった。




