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『とこしえ坂』  作者: 血反吐P
第2章:坂の向こう側
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― 第9節:呼び戻す術 ―


夜の町に、私はひとりだった。


 誰もいない道を歩きながら、空気の重さを背負っていた。


 風はない。音もない。


 ただ、世界そのものが、私を試しているような気がしていた。




 もう片方のまどか。


 あの子が、何者なのかはわからない。


 でも、確かなのは──あの子が“私の代わり”にこの世界に残っているということ。




 だったら私は、どうすれば“自分”を取り戻せるの?




 




 問いに答えてくれる人は、いなかった。


 でも、声はあった。




 歩いているうちに、再びあの声が耳に届いたのだ。




 




 ──「まどか」




 




 今度は、風に混じるような音ではなかった。


 頭の中に、直接落ちてくるような響き。


 眠る直前に聴く、誰かの囁きのような……


 それは、もはや言葉ではなく、“意図そのもの”だった。




 




 気づくと私は、町外れの神社にいた。




 坂とは違う場所。


 でも、鳥居があり、拝殿があり、石灯籠が立ち並んでいた。


 まるで“もうひとつの坂”に導かれたような気がしていた。




 




 境内の奥に、小さな祠があった。


 普段なら見落としそうなほど古びたそれは、


 今は不自然なほどくっきりと存在していた。




 私は無言のまま、その前に立った。




 




 祠の前に、紙の束があった。


 誰かが置いたのだろうか。


 けれど、その紙は雨にも風にも傷んでいなかった。


 まるで“今ここに現れたばかり”のような清潔さを保っていた。




 私はその一枚を手に取る。




 




 そこにはこう書かれていた。




 「世界に存在するためには、“片方”を選ばなければならない」




 「名を持つ者は、名を失った者を追い出す力を持つ」




 「最後に名前を呼ばれた“まどか”が、まことのまどかとなる」




 




 文章は短く、淡々としていた。


 だけど、その意味はあまりにも重かった。




 つまり、今この世界には**“ふたりのまどか”が存在してしまっている**。


 どちらかが、完全に“消えなければならない”。


 そしてそれを決めるのは──“名前”だ。




 




 名前。


 この数日間、私はその言葉を何度も噛みしめてきた。


 誰も私を名前で呼ばなかった。


 だから私は、自分を見失いかけていた。




 




 でも、思い出す。




 あの路地裏で、誰かが──


 確かに“まどか”と呼んでくれた。




 




 その声だけが、いまだに私を“私”として繋ぎ止めている。




 




 私は再び紙束をめくった。


 次の一枚には、こう記されていた。




 「声の記憶は、世界の扉である」




 「呼び戻したければ、名を声に出して呼びなさい」




 「ただし、ひとつだけ。“もうひとり”が返事をしたら、そちらが本物になる」




 




 思わず手が止まった。


 返事をした方が、本物になる?




 じゃあ、呼んで返事をした“もう一人”が、私の代わりに残るということ?




 




 ──私は、試されている。




 この世界に適合した、偽物のようでいて“本物になりかけている”まどか。


 その子は、もしかしたら──私以上に、“この世界にふさわしい”のかもしれない。




 




 でも。




 それでも私は、譲れなかった。




 記憶を持っているのは、私だ。


 怖くて、苦しくて、孤独だった時間を、誰よりも強く通ってきたのは──私だけだったから。




 




 だから私は、声に出した。




 夜の静けさの中で、名を──




 




 「まどか」




 




 空気が震えた。


 鳥居がかすかに軋み、祠の紙がふわりと宙を舞った。




 




 そして──その奥から、返事があった。




 




 「……はい」




 




 その声は、私の声だった。




 でも、私ではなかった。





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