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『とこしえ坂』  作者: 血反吐P
第2章:坂の向こう側
17/22

― 第6節:別のまどか ―


放課後の空気は、少しだけ秋めいていた。


 夕焼けにしては色が淡い。


 どこかくすんだ橙色が、校舎の壁に滲むように落ちていた。




 それなのに、私の足元だけが妙に冷たい。




 いつも歩いていた下校路。


 友達と笑いながら歩いた記憶のある場所。


 でも今日のそれは、風景こそ同じだったけれど、“なにかが違っていた”。




 




 下駄箱の前で靴を履き替え、出口に向かおうとしたときだった。




 視線の端に、妙な違和感が走った。


 それは、“見たことのある背中”だった。




 白いシャツ。スカートの丈。くすんだブロンドの髪。


 それはまるで──私だった。




 




 私は一瞬、呼吸を止めた。


 その子は、下校する生徒たちにまぎれて、まるで自然にそこにいた。




 でも、おかしい。


 私は、ここにいるのに。


 じゃあ、あれは……?




 




 廊下の人波を縫うように、その子はゆっくりと歩いていた。


 顔は見えない。


 でも、歩き方、肩の揺れ方、姿勢──どこを切り取っても“私”にそっくりだった。




 




 私は無意識にその子のあとを追っていた。




 校門を出て、ゆるやかな坂道を下りる。


 夕暮れの街並み。すれ違う人々。


 でも、誰も彼女に気づいていないように見えた。




 




 やがて、その子はひとつの公園に入った。


 小さな広場。ベンチと、滑り台と、砂場しかない空間。




 彼女はそのまま、ブランコに腰を下ろした。




 




 私は、公園の入り口に立ったまま、足を止めた。


 声をかけるべきか、迷っていた。


 でも、そのときふと気づく。


 彼女がこちらを向いて、最初から私を見ていたことに。




 




 そして、微笑んだ。




 ──私と、同じ笑い方だった。




 




「……だれ?」




 喉の奥からやっと絞り出した言葉。


 でも、その声に彼女は反応しなかった。


 ただ、静かに立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。




 一歩ずつ。


 音も立てずに。




 やがて目の前で立ち止まると、彼女は私をまっすぐに見た。




 




「あなたは、どっち?」




 




 その声は、私とよく似ていた。


 けれど、ほんの少しだけ違っていた。


 抑揚や発音ではなく、“感情の含まれ方”が違う。




 彼女の目は、どこか空っぽだった。




「どっち……って?」




「あなたが、入ってきた人なのか、出ていく人なのか。どっちの“まどか”なの?」




 




 私の背筋が凍った。




 この世界に、“もうひとりの私”がいたのか?


 いや、私が“そっち側”に入ってしまったのか?




 まるで入れ替わり。


 あるいは、“上書きされた記憶の残滓”が、今の私に会いに来たのか。




 




「わたし……は……」




 何も言えなかった。


 名前を名乗ることすら、怖くてできなかった。




 




 そのとき、彼女がふと、顔をそらした。


 夕焼け空を見上げながら、ぽつりと呟く。




 




「“まどか”っていう名前、いいよね。響きが、残りやすいから」




 




 まるで、“役割”としてその名前を選んだかのような言い方だった。


 私は、ぞっとした。




 




「まって、あなたは──」




 言いかけたその瞬間、彼女は歩き出していた。


 公園を出て、夕闇に溶けていく。


 呼び止めようとしたけれど、声が出なかった。


 足が、動かなかった。




 




 残された私は、その場に立ち尽くしていた。




 ブランコの鎖が、音もなく揺れていた。




 




 ──もうひとりの“まどか”。




 あれは誰だったのか。


 世界のバグか、記憶の亡霊か、それとも……。




 




 私はそっと呟いてみた。




 「……私は、私だよね?」




 




 でも、返ってくる声はなかった。





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