― 第4節:記憶の捻じれ ―
放課後、私はまっすぐ帰らなかった。
駅とは反対方向の道を歩いていた。
目的もなかった。ただ、どこかで呼吸がしたかった。
学校の空気が、あまりにも“よくできすぎていた”から。
空は晴れていた。
でも、太陽の光がどこか白く濁っている。
まるで、空そのものが蛍光灯で照らされているかのような人工的な明るさだった。
通りすがる家の庭先。
並んだ植木。干された洗濯物。郵便受け。
それらのすべてが“それっぽく”配置されていて、不自然なほど完璧だった。
この世界は、記憶を模してできている。
でも、私の記憶とは一致していない。
微妙に、ほんのわずかずつ、すべてが“ズレて”いた。
そのまま町の図書館まで歩いた。
夏休みのあいだは、学生証があれば自由に使える。
私は資料室のパソコンにログインし、検索バーにキーワードを打ち込む。
「七月 裏山 神隠し」
数件の新聞記事がヒットした。
でも、すべてが“逸話”として処理されていた。
「言い伝え」「迷信」「地元の噂」──
坂にまつわる出来事は、ことごとく“信憑性のない話”として扱われている。
私が子どものころに聞いた「戻ってきた子の話」も、「イチ」の話も、
ネットにも記録にも、どこにも残っていなかった。
まるで、“なかったこと”にされている。
私は別の検索を試みる。
「早瀬まどか」
自分の名前を打ち込むのに、少しだけ指が震えた。
ヒットしたのは、わずか三件。
全部、出席名簿か行事記録の類。
内容は、至って普通。
成績表、合唱コンクール、体育祭──
そこに書かれていた“まどか”は、私そのものだった。
でも、それは“私が知っている自分”とは違っていた。
私はふと、画面をスクロールし、
数年前の学校アルバムのデジタルアーカイブを開いた。
──そして、凍りついた。
【三年一組 遠足の集合写真】
そこに写っていた“私”の隣に立っているのは、“美紀”。
私の記憶では、そこにいるのは“美香”だった。
でも、写真の中では、誰もそれを疑っていない。
クラスメイトの名前欄にも「三田 美紀」と書かれていた。
私の方がおかしい?
でも、それなら──私の記憶は、いったいなんなの?
私は震える手で、次の写真を開いた。
【夏祭り・浴衣スナップ】
そこでも、私は美紀と一緒に笑っている。
私が覚えていたのと同じ表情、同じ浴衣、同じ屋台の光景。
でも、“名前”だけが違っていた。
彼女の浴衣の帯に貼られた名札には、やはり「美紀」の文字。
私は、図書館の椅子に深く座り直した。
頭の奥で、ざわざわとした音が鳴り続けていた。
私の記憶が間違っているの?
それとも、世界の方が、すべてを書き換えている?
そしてもし、私の記憶が“正しい”とするならば──
私は、もうこの世界に“適合していない”ということになる。
どうしよう。
このまま、すべてが書き換えられていったら?
私の名前も、記憶も、存在も。
すべて“整合性のある誰か”に差し替えられてしまう。
そのとき、私は本当に“誰でもなくなって”しまう。
私は急いで立ち上がり、資料室を出た。
外の空気は、重かった。
夕暮れの匂いがするはずの時間帯なのに、風は無臭だった。
世界が、私に対して“違和感を感じなくなる”前に。
私は──何かをしなければならない。
だって、もう誰も。
私の名前を、確信を持って呼んでくれない。