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『とこしえ坂』  作者: 血反吐P
第2章:坂の向こう側
14/22

― 第3節:友達との再会 ―


昼休みになって、私は気づけば中庭にいた。


 教室の空気に耐えきれなかったのだ。


 誰かが私のことを「まどか」と呼ぶたびに、耳の奥が痺れた。


 正しい音のはずなのに、どこかが狂っていた。




 あの音は“私の名前”じゃない。


 名前を模した“記号”みたいに聞こえてしまう。




 




 中庭のベンチに腰を下ろし、私は小さく深呼吸をした。


 光は柔らかく、木々の間を抜ける風が葉を揺らしている。


 一見すれば、平和な午後の光景だ。




 でも、私は知っている。


 この世界の光には“影がない”。




 空を見上げても、太陽の位置が曖昧で、木々の影が地面にしっかり落ちていない。


 それが、妙に気味が悪かった。




 




 「……まどか?」




 その声に、私はびくりと肩を揺らした。




 振り返ると、そこに“本物の美香”が立っていた。


 ……そう、私がそう“感じた”だけ。


 彼女の髪型、制服の着崩し方、視線の癖。


 どれも、私が記憶している“美香”そのままだった。




 でも、彼女の胸元には「三田 美紀」と名札がついていた。




 




「……あのさ、ちょっと話せる?」




 美紀──いや、“美香”に似た彼女が、私の隣に腰を下ろした。


 私は言葉が出なかった。ただ、うなずくしかなかった。




「昨日、LINEありがとう。返信できなくてごめんね」




 彼女はスマホを取り出し、私に画面を見せてきた。


 そこには、私から送ったメッセージが並んでいた。




 【ねえ、昔の話覚えてる?】


 【夏祭りのこととか】


 【美香って、名前だったよね?】




 




 私は、自分で送ったはずのそれを見て、背筋が冷えた。




「……ごめん、意味わかんなかったと思うけど」




 私がそう言うと、美紀は首を横に振った。




「ううん、実は……ちょっとだけ、“思い出した”気がしたの」




「思い出した?」




「昔のこと。坂の話とか、夏祭りの夜のこととか。全部、夢だと思ってたけど──でも、なんか、まどかと話すと、そのへんが……曖昧になるの」




 彼女の声が震えていた。


 でも、それは恐怖というより“確信”に近い感情だった。




 




「私、ほんとは美香……だったんじゃないかなって」




 




 その一言で、私は息を呑んだ。


 胸の奥で、何かがカチリと嵌った感触。


 今までの違和感が、言葉として結晶になっていく。




「じゃあ……この世界って──」




 私が言いかけた瞬間、彼女のスマホが震えた。


 着信。誰からかは確認できなかった。


 でも、美紀は急に表情を曇らせ、立ち上がった。




「ごめん、呼ばれてる……また、放課後にでも……!」




 




 そう言い残して、彼女は駆けていった。


 後ろ姿は、たしかに“知っている美香”だった。


 でも──




 最後に、彼女は私の名前を呼ばなかった。




 




 それが、ひどく寂しかった。


 せっかく“知っている存在”に触れられた気がしたのに、


 その最後の“ひとこと”だけが抜け落ちている。




 まるで、私という存在の“輪郭”が、誰にとっても曖昧になっているかのようだった。




 




 午後の授業が始まっても、私は上の空だった。


 ノートに名前を書くとき、手が止まった。




 「早瀬まどか」──その文字が、誰かの名前に思えた。




 書いているのに、自分の名前じゃない。


 むしろ、“借り物の名札”を胸に貼っているような気がした。




 




 ここは、似ているけれど同じじゃない。


 過去は“書き換えられて”、人々は“偽物のまま信じている”。


 じゃあ、私は──




 本当にこの場所に“戻って”きたの?




 




 それとも、“他人の記憶”の中に、


 紛れ込んでいるだけなんじゃないの?



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