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『とこしえ坂』  作者: 血反吐P
第2章:坂の向こう側
13/22

― 第2節:ズレた日常 ―


翌朝、私は制服に着替えていた。


 いつも通りのシャツ、スカート、リボン。


 鏡に映る自分はたしかに“高校生のまどか”で、髪も肌も、何も変わっていないように見えた。




 でも、鏡の奥の“視線”だけが、どこか冷たい。


 その正体は分からなかった。


 私自身が自分を見ているはずなのに、“まどか”じゃない何かに覗かれているような錯覚。




 制服の襟元を整えながら、私はふと考える。


 今日が何曜日なのか。どこから“日常”が再開するのか。




 




 祖母の家を出て、駅まで歩いた。


 電車に乗り、学校へ向かう。


 車内の空気は静かで、誰もがスマホを見たり、ぼんやり外を眺めていた。




 何もかもが“いつも通り”のはずだった。


 でも、私は落ち着かない気分でずっと足を組み替えていた。




 駅のホームに着いたとき、ふと、電光掲示板の文字に目が留まった。




 ──日付。




 「7月29日(金)」




 私は一瞬、視線をそらしてから二度見した。




 違う。


 私が坂を登ったのは7月30日の夜だった。


 なのに、日付が“戻っている”。




 タイムスリップ?


 ……そんな非現実的な言葉が頭をよぎった。


 でも、あり得ない話だとは言いきれなかった。


 この世界には、“常識”の形をした“異常”が隠れている気がしたから。




 




 学校の正門をくぐると、生徒たちの笑い声が耳に届いてきた。


 誰も私を不審な目で見る人はいない。


 皆が、私のことを“いつものまどか”として扱っているように見える。




 でも──そう“見えるだけ”。




 私はクラスに入る。


 教室の空気は、妙に重かった。




 気のせいか、机の位置が数センチずれていた。


 掲示板の貼り紙の内容が、私の記憶と食い違っていた。


 “学園祭の準備は8月3日から”という文言──私は、その日付がもっと先だったことを覚えている。




 




 誰も、その違和感に気づいていないのだろうか。


 それとも、気づかないふりをしているのか。




「まどかー、おはよ!」




 声をかけられて、私はびくりと肩を跳ねさせた。


 振り返ると、そこに立っていたのは──“美紀”。




 いや、私の記憶では“美香”だったはず。


 でも、彼女の名札には、はっきりと「美紀」と書かれていた。




 




「ねえ、昨日さ、あの坂の話してたじゃん? あれ、マジで怖くない?」




「……坂?」




 私はとっさに聞き返していた。




「ほら、裏山にあるやつ。登ったら帰ってこられないって噂の──って、言ってたのまどかじゃん」




 まどか。


 たしかに、彼女はそう言った。




 でも、“私”の名前を口にしたその声に、わずかに違和感が混じっていた。




 音は同じなのに、“意味”が通っていない。


 それは、録音された音声を再生しているような、そんな質感だった。




 




「……うん。言ったかもね」




 私は曖昧に笑って答えた。


 笑顔を保ったまま、心の中でぞわぞわとした不安が広がっていく。




 目の前にいる友達の顔。


 何度も見てきたはずなのに、その頬のカーブ、まつげの角度、笑い声のトーン──


 全部が“似て非なるもの”に思えてきた。




 




 授業が始まっても、私は上の空だった。


 ノートに文字を書こうとして、手が止まる。


 漢字の一画目が、まるで記憶と違う方向から始まりそうになる。




 頭の中の地図が、少しずつ塗り替えられていく。


 この世界が“まどか”という存在を吸収しようとしている。




 




 チャイムが鳴っても、耳が反応しなかった。


 周囲がざわつく中、私は自分の指先を見つめていた。




 この世界は、たしかに“日常”の顔をしている。


 でも、その内側は、完全に別物でできている。




 




 もしかして──




 私はもう、“私”じゃない。




 




 そして、ここにいるみんなも、“本物”じゃない。





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