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『とこしえ坂』  作者: 血反吐P
序章
1/22

プロローグ


あの坂には、名前がなかったと思う。




 裏山の、そのまた裏手。


 うっそうとした木立の中に、ほとんど隠れるようにしてのびていた、細くて暗い坂道。


 舗装もされていなくて、ぬかるんだ土の上に細い雑草がまばらに生えていて、どこからが道なのかよく分からなかった。




 でも、子どもの頃の私は、なぜかその坂に“向こう側”の気配を感じていた。


 誰も教えてくれなかったのに、そこを登ったら、もう戻ってこられなくなるような気がした。




 ──だからなのかもしれない。


 その坂に、妙に惹かれてしまったのは。




 「まどか。その坂だけは、絶対に登っちゃいけないよ」




 最初にそう言ったのは、おばあちゃんだった。




 まだ私が小学校に入る前、夏休みのあいだ田舎の家に預けられていた頃のこと。


 庭から裏山を眺めていて、ふと草の隙間から細い道が見えた。


 目を凝らすと、奥の方に鳥居みたいなものが立っていたような気がする。




 足を向けかけたそのとき、おばあちゃんが声をかけてきた。




 普段はとても穏やかな人なのに、そのときの声は低くて、硬くて、少しだけ震えていた。




「なんで? 神社とかがあるの?」




「行ったらダメ。昔から、あそこに登った人は……帰ってこれないって言われてるの」




 その言い方が、冗談っぽくなくて。


 私はうなずいて、素直に引き下がった。




 でも──どうしても気になってしまった。




 その数日後の夜、みんなが寝静まったあと、私はこっそり布団を抜け出した。


 風のない夜だった。虫の声も、遠くの川の音も聞こえなかった。


 空気がやけに澄んでいて、月の明かりだけが庭を照らしていた。




 私は縁側からそっと外に出て、裏山の方へ向かった。




 どうして、あの時あんなに強く惹かれたのか、今でもわからない。


 ただ、あの瞬間は、本当に誰かに“呼ばれていた”ような気さえする。




 




 坂道は、昼間に見たときよりもはっきりと形を持っていた。


 足を踏み入れると、湿った地面がじくりと靴底に染みてきた。


 坂は長くて、どこまでも続いていたように思う。




 何度か足を取られそうになりながら、それでも私は登った。


 登るたびに、空気が変わっていく。


 温度じゃない。匂いでもない。


 でも、確かに“違う場所”に近づいていく感覚があった。




 坂の上には、赤い鳥居がひとつだけぽつんと立っていた。


 錆びていて、触れたら崩れてしまいそうなくらい脆そうな鳥居。


 でも、その奥には何もなかった。社も、祠も、石碑もない。


 草が伸びきって、風も吹いていなくて、虫の声も聞こえない。


 ただ、そこだけがまるで“時間の止まった場所”みたいだった。




 私はしばらくその場に立ち尽くしていた。




 そして、ふと我に返って、坂を下り、家に戻った。




 何も起きなかった。


 誰にも見つからなかったし、体調もおかしくならなかった。


 夢だったんじゃないかと思うほどに、すべてが静かだった。




 でも、今でもはっきり覚えている。


 あの夜の空気、草のざわめき、あの鳥居の形。


 そして、坂の上で、私を“見ていた何か”の気配。




 




 ──それから、九年が過ぎた。




 高校二年の夏。


 私は再び、おばあちゃんの家へ向かうことになった。




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