婚約破棄を叫んだらみんなの前でキスすることになった
今夜、学園の卒業パーティで僕は婚約破棄を宣言する。
寂しい気持ちもあるし悲しい。でも別の人に恋をするという罪を犯してしまったんだ。
もう僕は彼女に相応しくない。僕は婚約を破棄して、そして別の人と一緒になるんだ。
会場の入り口で立ち止まって振り返るといつもの仲間が笑顔で応えてくれた。
「ついにこの時が来ましたね、殿下。私、ワクワクで昨日は夜しか眠れませんでしたよ」
ピンク髪の庇護欲を誘うような可憐な特待生の少女がはみかんでいる。
僕が恋をしてしまった相手、男爵令嬢のアリスだ。
「ああ、そうだね」
冷静そうな言葉を言いつつ、緊張で震えているのを見たからだろう、
鍛えられた身体を持つ精悍な少年が僕の背中をドンと叩いた。騎士団長の息子のダンだ。
「大丈夫だ。俺たちがそばにいるから」
「頼りにしてるよ」
「私のことも忘れては困りますよ」
ダンに向けて笑いかけていると、メガネをかけたヒョロリとした少年が僕の前に出てきた。
宰相の息子のロイスだ。
「殿下の夢を叶えるための手回しも完璧です」
僕が辺境で大人気のレストランを作るという夢を覚えていてくれたのだろうか。
「計画の成功率は?」
「愚問ですね殿下。成功率は100%です」
メガネを押し上げならロイスが応えてくれた。
ああ、そうだなと思う。彼らが一緒にいてくれるなら成功率は100%だ。
僕は三人を見る。アリス、ダン、ロイス、彼らは僕の親友だ。
彼らがいるから僕は今日こんな大きな話ができるのだ。
「よし行こう」
扉を開けて、パーティ会場に入り壇上に上がる。
そしてまず宣言した。
「今夜は無礼講だ。身分のことも忘れ思う存分に楽しんでほしい」
そうしないと、何かあった時に男爵令嬢であるアリスが話しづらいからね。
「さすが殿下ー」
「今日も素晴らしいです」
明るい声が聞こえる。僕はその声に合わせてグラスを掲げる。
「乾杯」
「「「かんぱーい」」」
皆が僕に合わせてグラスを一斉に掲げてくれた。
みんな楽しそうな顔をしているのが見えた。
最後に主催者として、参加者の笑顔を見れたのはとても嬉しく思う。
そうやって周りを見渡していると、一人の令嬢と目が合った。
目が合うと、その令嬢は僕に向けて微笑んでくれた。
縦巻きのロール髪をいじっているその少女は、僕の婚約者のエドウィン侯爵の令嬢エリシアだ。
小さい頃から一緒だった女の子だ。僕のことを考えてくれる素晴らしい婚約者だ。
その子を裏切るようなことをしてしまうということに心が痛む。
寂しい思いもある。それでも僕は君に相応しくなくなってしまったんだ。
僕は・・・と不安を抱えつつも、後ろの親友たちをみると、大きく頷いてくれた。
それを見て僕は決意を決めた。
息を吸い込み、両手を広げる。
すると会場の声がピタリと止んだ。
会場中の視線が僕に集まるのを感じた。
緊張のあまり足が震えるが、何を言うのかは決まっている
(エリシア、僕はあなたとの婚約を破棄する だ)
僕はゆっくりと口を開いた。
「エリシア」
「はい、なんでしょうかアラン様」
エリシアが前に出て首を傾げている。気のせいか彼女の顔が若干赤くなっている気がする。
僕はこれから彼女にひどい言葉を投げることに胸を痛めつつ、それでも続きを述べはじめた。
「僕はあなたと婚や」とそこまで続けた時に、緊張からか足が滑ってしまった。
「くを破っ」でもなんとか踏みとどまったので続けた
「棄すする」ちょっと噛んでしまって、すが多かった気がするが言い切った。
心が重い。でもせめてエリシア嬢の顔を見ないとと思って顔を上げると、思っても見ない光景が合った。
エリシア嬢は身体中を真っ赤にして、固まっていた。
そして周りの人はしばらく固まっていたが、一斉に叫びだした。
「「きゃーーーーーー」」
「殿下がついに!」「このための無礼講か」「だねだね」
「大胆ー」「それでこその殿下」「盛り上げてあげないとね」
「「「おーーーーーっ!!」」」
なぜかわからないが盛り上がりを見せて、コールが始まった。
「キース」「キース」「キース」
えっ、どういうこと。どうして婚約破棄でキスコールが始まったの?
そう思って後ろを振り返ると、三人ともグッドサインを出していた。
「殿下やりましたね。僕はあなたと今夜キスする。はっきりと聞こえました。ラブラブすぎて燃えてしまいそうです。でもかっこよかったですよ」アリスが笑顔で褒めてきたが僕はそれどころではなかった。
僕はあなたと今夜キスする?そんなこと言って・・・
とそこまで考えて僕は思い出した。
『僕はあなたとこんや・・くをはっ・・・きすする』
めちゃ言ってる!
ち、違うんだ、と思いアリスをみると、アリスが大きく頷いてくれた。
「任せてください。私がビシッと言ってきます」
「おおー。ありがとうアリス」
アリスはわかってくれた。これで一安心だ。アリスが壇上に上がって説明を始めてくれた。
「えー。皆様聞こえますでしょうか。殿下から指示を受けて皆様にお伝えします。皆様は殿下が急にキスを言い出したと思っているかもしれません」
いや実際、突然だよ。
「でも違うんです。私たちは知っています。殿下がずっーーーーーとエリシア様とキスをしたがっていたということに」
ちょっと待ってどういうこと。僕が驚いてアリスを見つめると、アリスは僕を見てうんうんと頷いて聴衆に向き直った。
「殿下は最近何度も口にしていたんです。今夜、エリシア様とキスをするって」
いや違うよ。婚約破棄をするって言っていたんだよ。言っていたよね。
確かに婚約破棄って口に出そうとすると罪悪感から、同じような場所で詰まってしまっていた気もするけど。
「でも、殿下は勇気が出なくてキスできなかったみたいなんです。だから何度も何度も今夜、今夜って言い続けて」そこまで言って感極まったのかアリスが泣き始めた。
それを見てダンが壇上に登った。そうだよ。ダンならわかってくれるはず。
頼んだぞ、と合図を送ると、ダンは頷いてぐーサインを出してきた。今度こそ大丈夫だ。
「殿下はそんな感じで何度も今夜今夜って言ってきたんだ。その時の表情がどんなだったかみんなわかるか?すごく辛そうな顔をしていたんだ」
いや違うよ。確かに婚約破棄するということに心が痛んでいたけど、キスできなかったことで辛かったわけじゃないよ。
「俺たちは、そんな殿下を見て、締め付けられるような思いになったんだ。このまま殿下はエリシア様とキスできずに終わるのか。俺たちにできることはないのかって。そうだろみんな」
「「おー」」
ダンの目線につられて後ろの方をみると、アリスとロイスが拳を突き上げて、反応していた。
「だから、本日は殿下にとって最後のチャンスなんだ。この学生最後の日にどうかみんなの力を貸してくれ」そう言って、ダンは頭を下げた。
いや違うから、どうなっているのと思いつつも、周りをみると、
みんな涙を流した後、決意の表情を浮かべて、一斉に叫び出した。
「「「キース」」」「「「キース」」」「「「キース」」」
そして、エリシアも顔を真っ赤にしながら、こちらにゆっくり歩いてきた。
いつも冷静なエリシアがこんな真っ赤にしている姿を見て、すごく可愛いなって思ってしまう。
つられて、僕も顔が赤くなってしまう。どうすれば良いんだ。
ここまできたらキスするしかないのか?と考えて名案が浮かんだ。
「でもみんな聞いてほしい。僕たちは婚約者だが、キスをするというのは両親が許さないかもしれない。だからできないんだ」
「ぶー」「ぶー」「ここまできてそんなー」
落胆した声が聞こえる。
完璧だ。ここまで咄嗟に言い訳ができる自分が少し怖いな。
そう思ってロイスをみると、任せてくださいとばかりにメガネをくいっと押し上げて、壇上に向かった。
「えー皆様、殿下はそのように言われましたが、それで満足できますか?」
「「「できないー」」」みんな一斉に叫んだ。なんだ急に一つになってる。
「そうでしょう。そうでしょう。私たちもです。だからこうしました。ではご入場ください」
ロイスが手を上げると、会場の扉が開いて、4名の人間が入ってきた。
それは・・・
「父上、母上。そして、エドウィン侯爵と夫人・・・」
どういうことなんだ。
「息子よ」父上である国王から声がかかる。僕は片膝を下げて礼をとった。
「畏まらんでも良い。本日は無礼講なのじゃろう」
「はい、父上」父上に言われて僕は礼を戻した。
そして、父上に尋ねた。
「どうしてこちらに、そして、皆様も」
すると、みんな笑顔になった。
「良い友を持ったなアラン。実は昨日三人がワシに直訴しにきたのだ。殿下がエリシア様とキスをしたくて、でもできなくてとても苦しそうにしていると。だから許可を与えてほしいって」
「私それを聞いて感動したの。本当に友達思いのいい子たちだって」
「うんうん」
「だから、エドウィン侯爵と夫人を呼んで相談していたの。もしエリシアさんがいいと言ってくれたら、結婚前だけどキスをしても良いかって」
そして、母上は僕にウインクした。
「それを聞いて若い頃の自分達を思い出したんだ。なあ」
「そうね。あなた」
エドウィン侯爵と夫人は微笑みあっていた。
「そして、エリシアに聞いたのよ。もし殿下があなたとキスをしたいって言ったらどうしたいか」
「エリシアはなんて言ったんですか!」
夫人は笑うと、エリシアを指差した
「それは本人に聞いてご覧なさい」
えっ・・・。思わずエリシアをみると、顔を赤くしてプルプル震えていた。
「エリシア・・・」
「アラン様、ここに私がいる。それが答えです」
そう言って、エリシアは目を閉じた。
なんだこの可愛い生き物は!思わず駆け寄ってしまった。
そして聞こえてくるコール
「「「キース」」」「「「キース」」」「「「キース」」」
父上、母上、エドウィン侯爵、夫人まで一緒になってコールしている。
エリシアの方を向くと、顔がすぐ近くにあった。心臓がバクバクして張り裂けそうだ。
それでも最後にもう一度確認した。
「エリシア、こんな僕で良いの?こんなふうにぐるぐる迷ってしまうような僕で」
「はい、アラン様。あなたが良いんです。そんなあなただから支えたいんです」
そう言ってエリシアは僕の顔に手を伸ばして撫でてくれた。僕は彼女のそばにいていいんだって伝えてくれた。嬉しい時も涙は流れるんだって僕は知った。
そして僕は彼女とキスをしたのだった。
キスをした瞬間、僕は天へも登るような幸せを感じたし、観客も「「「きゃー」」」と叫んだ後、
飛び回ったり、僕とエリシアを胴上げしたりと、会場はメチャクチャになってしまったけど、
楽しい時間になったのだった。
ちなみにアリスは僕のことを恋愛対象として見ていなかった。それは当たり前か。
婚約者とキスをしたいと何度もいう男と誰が恋をするというのだろう。
こんな感じで僕の一人でぐるぐるしていただけの婚約破棄騒動は終わったのだった。