第二章 ハジメとケイン 4
ハジメが目覚めたのは、ゼロマルの船内だった。
「おいら、どうなったんだ?」
まだ、後頭部に鈍い痛みがある。
「そうか……。ケインの攻撃を受けて、おいらずっと気絶していたのか」
脇にあった椅子に手をかけて、ハジメは立ち上がった。
「ハジメ、やっと目が覚めたか」
ゼロマルが、ハジメに声をかけた。ハジメも、ゼロマルに返事をしようとする。
「ああ。おいらは大丈夫……!」
眼前のスクリーンに映っていた景色に、ハジメは驚いた。そこには、コンクリートの壁があったのだ。
「ここは、どこなんだ?」
ハジメは、潜望鏡を覗いて周囲を見渡した。ようやく、ハジメにはここがどこだか判った。
「新星共和国の、軍港だ。しかも、潜水艦専用のドックじゃないか」
どうやら、ハジメが倒れている間に、ここまで運ばれてしまったらしい。
「ゼロマル、お前は何していたんだ」
「私は、ハジメの命令ががなければ、行動が大きく制限されてしまうのだ」
ゼロマルの言い分も、もっともだった。こうなっては、しかたがない。ハジメは、これからのことを考えた。
「ドックには水がぬかれて、ゼロマルは陸上に上がっている。手足は……。やっぱり出来ないよな」
当然のことだが、ノヴァ海軍はゼロマルの手足を封じていた。巨大な鋼鉄の輪で、ゼロマルの艦首と艦尾は縛られていたのだ。
ゼロマルは、ドックを見下ろす展望室から監視されていた。
「今、ゼロマルの潜望鏡が動きました」
監視していた兵士が、インターホンで独立潜水艦部隊『偏西風』に連絡した。
「よし、行くぞ」
隊長は、隊員達と歩兵数十人を連れて、ドックに入って来た。
ドックの中で、沢山の兵士達がゼロマルを取り囲んで銃を構えた。
「ハジメ。お前は、完全に包囲されている。おとなしく出て来い」
隊長は、ゼロマルの正面に立ち、中にいるハジメに話し掛けた。
隊長の声は、ハジメにも届いていた。船外の音声を拾う機能も、ゼロマルについているのだ。
「ふん、誰が出て来てやるもんか」
ハジメは、隊長の勧告を無視しようとした。その時、ハジメの身体に異変が起きた。ハジメの腹が鳴り出したのだ。腹の虫の音は外に漏れていなかったのが、不幸中の幸いだった。
「は、腹減った……」
考えてみれば、鉄屑屋で握り飯を食べたのが最後の食事だった。
「も、もう駄目か」
このまま、ゼロマルの中にいても、餓死するだけだと悟ったハジメは、外に出る覚悟を決めた。
「ゼロマル、扉を開けてくれ」
両手を挙げて、ハジメはゼロマルから出て来た。
ハジメを捕らえてから、十分が経過していた。『偏西風』のメンバーは、小会議室に集合していた。ここは、最大でも十人しか入れない程の広さしかなかった。
隊長が、最初に口を開いた。
「色々手違いがあったが、当初の目的は完遂出来た。これも、俺達の連携が最後にうまく行ったからだ。」
隊長は、三人の部下の顔を見回した。
「今回の件で、我々は少し利口になった。いや、利口にならなければ困る。なにしろ、たった一隻の潜水艦にさんざん振り回されたのだからな」
三人とも、ハジメにしてやられた事実を認めるしか無かった。特に、ハジメの奇策にまんまとはまった、フィルとマルコは。
「しかし、今回の件は、むしろハジメとやらの実力を認めねばならないだろう。あいつの実力は、同年代の子供より遥かに高い」
その点についてだけは、全員の見解は一致していた。
フィルの『ニューノヴァ』とマルコの『シーコメット』は、斜め上に動いたゼロマルを追いかけた。そして、体当たりをしようとした時、突然ゼロマルは手足を出したのだ。
水の抵抗により、ゼロマルは急ブレーキがかかり、二隻の間を後方に向かって逃げる形になった。
間にいたゼロマルがいなくなり、二隻はぶつかりあってしまった。相乗効果で大きなダメージを受けた二隻が体勢を整えた時には、ゼロマルは遠くに去っていたのだ。
「あの少年が、操縦を完全にコンピューター任せにしていて、あれだけのことをやってのけたのは、特筆に値する」
ここにいる全員が、ハジメの性別を勘違いしていた。子供相手に、厳重な身体検査はしなかったのだ。
「俺は、あいつをテストしたいと思う」
「テストだって!」
テストと聞いて、フィルが立ち上がった。彼は、部隊一の長身で二メートル近い背丈がある、細身の青年だ。どうやればこの体格で天井が低い潜水艦に乗れるのか、誰もが不思議に思っていた。
「テストって、まさかドリームトライアルですか?」
「その通りだ。だから、俺はあいつから帽子を没収しなかったんだ」
「しかし、あれは危険すぎます。失敗すれば永遠に目覚めない場合だって、あります」
マルコも、フィルと同じ意見だった。マルコは隊長と同じ背丈で、四人の中で一番頑丈そうな体つきをしている。
「しかし、あれをやらせなければ、あいつの実力は誰も信じてくれないぞ」
隊長の考えていることを、全員が理解した。恐らく軍の上層部は、子供一人に苦戦した部隊を、低く評価しているに違いなかった。だから隊長は、無茶を承知でハジメにドリームトライアルを受けさせるつもりなのだ。
「ケイン、一時間後にドリームトライアルを行う。あの少年を、試験室に連れてこい」
ケインは、隊長の命令にうなずいた。
ハジメが入れられている牢屋に、ケインはやってきた。
「どうやら、食事は終わったようだな」 ケインは、鉄格子の下に置いてあるトレーを見下ろした。トレーに乗っている食器を見て、ケインは鉄格子から離れた。
「フォークを出せ」
ケインに言われて、ハジメはポケットからフォークを出して鉄格子の向こうに投げ捨てた。フォークを拾うと、ケインはもう一度トナーをながめた。
「それから、皿を一枚失敬しているだろう」
ハジメは帽子を脱ぐと、しぶしぶとその下に隠し持っていた皿をトレーに戻した。
「それでいい。皿を置いたら、壁まで下がるんだ」
ケインの指示にしたがって、ハジメは壁に背中を付けて立った。
ハジメが皿を何に使うつもりだったのかは、判らなかった。しかし、フォークをおとりにして皿を隠したのは見事だった。ケインも、最初から警戒していなければ見落としていたかもしれない。
ケインは、ハジメから目を離さないように注意しながら、トレーを鉄格子の下にある小窓から回収した。本当なら、この作業は一人でやるものではないが、部隊の仲間は全員ドリームトライアルの準備をしていたのだ。
「おい、ケイン」
ハジメが、ケインに話し掛けて来た。
「お前、そんな夢は忘れろって言ったよな」
ケインは、食器をハジメの手の届かない場所に置きながら、返事をした。
「ああ、言ったさ。キャプテン・サンダーになんてなれるわけないって、貴様にも判っただろう」
ハジメは、ケインの方に歩きながら、話しを続けた。
「それなら、なぜお前は潜水艦にあんな名前を付けたんだ?」
「何?」
ハジメの言葉に、ケインは驚いた。恐らく、隊長がケインに命令している時に、聞いていたに違いない。
「お前、自分の潜水艦にアイアンホエールって名前を付けたんだろう? お前も、本当はキャプテン・サンダーを……」
「うるさいっ! 黙れっ!」
ケインは、大声を出してハジメの言葉をさえぎった。
「キャプテン・サンダーは、捕虜になっても諦めなかった。おいらも諦めないぞ!」
「黙れと言っているだろう!」
鉄格子越しに、ケインはハジメの襟首をつかんだ。
「これから、貴様を調べなきゃいけないんだ。黙って俺の言うことを聞け」
ケインに手錠をかけられると、ハジメは牢屋から出された。
アイアンホエール。それは、キャプテン・サンダーが乗っていた海賊船の名前だった。
ハジメは、取り上げられずに自分の懐に入っている本の主人公のことを考えていた。




