第一章 ハジメとゼロマル 4
ハジメは、まだ信じられないでいた。今、自分の乗っている潜水艦から足が生えてきているとゆう事実を。
ゼロマルから出現した足が海底に達すると、船体が上に向かって押し上げられた。
「うわあっ」
ハジメの身体に、下方向への力がかかった。転ばないように、ハジメはグリップを握りながらふんばった。
「ほ、本当に立ち上がった」
こんな潜水艦、ハジメは初めて見た。
「すげえ潜水艦だ……。お前、本当にトライランド軍が作ったのか?」
トライランドの技術が、他の国に比べて遅れているのは、ハジメも知っていた。ゼロマルをトライランドが作ったとは、ハジメには信じられなかった。
「トライランド? そんな軍は知らない」
「なんだって? それじゃあ、ゼロマルはどこが作ったんだ?」
「判らない。私がどのように作られたのかは、もともと記録されていない」
手がかりになる情報は無いか、ハジメは質問の仕方を変えてみた。
「場所とかは、判らないのか?」
「不可能だ。私に内蔵されている海図は、今どこにいるのかも調べられないのだ」
「まさか、新生大陸が載ってない海図なのか? なんでそんな昔の海図使ってるんだよ」
「判らない。私が目覚めたのは、たった今なのだ」
「そうなのか……」
どうやら、ゼロマル自身が知らないことも色々あるみたいだった。
ハジメは、落ち着いてゼロマルの能力を考えてみた。冒険することを日夜夢想していたハジメが一つの結論に至るのに、長い時間はいらなかった。
「ゼロマルさえいれば、おいらはキャプテン・サンダーみたいな大海賊になれる!」
ハジメの心は、ゼロマルに乗って大海原に乗り出すことでいっぱいになった。しかもそれは、不可能な妄想ではなかった。
「やったー!」
狭い船内で飛び上がったハジメは、天井に頭をぶつけてしまった。
船体の半分近くが海面から上に出ると、外壁の一部が内側に沈み、横にスライドした。
「あの潜水艦の入り口は、ああやって出入りするために横についているのね」
ミーコウは、やっと入り口の謎が判った。
「おい、お前にあんな機能はあるか?」
「あのような無駄な機能は、私にはありません」
ハジメは、潜水艦の出入り口から海に飛び込んだ。元々秋津島国より遥かに南にある大陸だった。今が春でも、泳ぐのにはまったく問題が無かった。
ケインは、潜水艦から出て来たハジメに驚いた。
「あの子供が、潜水艦に乗っていたのか」
ミーコウは、うなずいた。
「ハジメってゆうの。あたしのクラスメートなのよ」
彼女の高級な服と比べると、ハジメの格好はいい身分には見えず、ケインにはクラスメートとゆうのが信じられなかった。
ハジメがが岸まで泳ぎつくと、ケインがミーコウの足を手当していた。
「ほら、これで歩けるだろう」
包帯を巻きおわったケインは、応急手当キットを懐に戻した。
「ありがとう、ケインさん」
そう言って、ミーコウはケインの頬にキスをした。ミーコウのお礼に、ケインはドキッとした。
「ミ、ミーコウさん、ボーイフレンドが見ていますよ」
「やあねえ、あたしとハジメはそんなんじゃないわよ」
「そんなこと言って、いいんですか」
「別にいいのよ」
ハジメが女の子だとゆうことを、ミーコウはわざと言わなかった。
そんな二人を、ハジメは横目で見ていた。
少し離れていた場所で岩に座って疲れを取っていたいたハジメは、会話の内容までは聞こえていなかった。
「ミーコウの奴、相変わらずだな」
いつもハジメが思っていたことだったが、ミーコウはハジメよりもませていた。いや、進んでいると言った方がいいかもしれない。
学校でも、ミーコウはハジメより上手に男の子と付き合っていたのだ。
それでいて、ミーコウはクラスの男子のことをガキだと言って見下している。
「だったら……」
ミーコウにとって、ハジメはやっぱりガキなのだろうか?
それなら、ミーコウはどうしてこんなに自分に構ってくるのだろう?
ハジメは、自分も女の子のはずなのに、女心がよく判らなかった。
脱いだ上着をしぼりながら、ハジメは二人に近付いて来た。
「ハジメったら……」
彼女のつつしみの無さは、ミーコウには子供っぽく見えた。
「ミーコウ、無事で良かったな。あのまま海に流されたら、どうしようかと思ったよ」
「あたしも、あのままハジメが潜水艦から出られないかと思ったわ」
互いの無事を喜んだ二人の間に、ケインが割って入った。
「ハジメ君だね。僕の名はケイン。君には話しがある」
「話しって、なんだよ?」
そうケインに尋ねたハジメだったが、どんな話しをするのか見当はついていた。
「あの潜水艦を、我々ノヴァ海軍に……」
「いやだっ!」
間髪入れないハジメの返事だった。
「ゼロマルは、渡さない!」
「ゼロマルとゆうのが、君が潜水艦に付けた名前なのか?」
ケインが尋ねると、ハジメは大きく首を縦に振った。
「ゼロマルは、おいらのもんだ! 軍隊なんかにやるものか!」
ケインに向かって大声を張り上げたハジメを、ミーコウが止めようとする。
「やめなさいよ、ハジメ。軍にさからってもしょうがないでしょう」
ハジメは、ミーコウを睨みつけた。
「お前も、あいつの肩を持つのかよ」
「私は、ハジメの為を思って言っているのよ」
「そんなの、余計なお世話だ! おいらは、ゼロマルに乗って遠くの海に行くんだっ!」
ハジメの言葉に、ミーコウは驚いた。
「ハジメ、あなたは本気で言っているの?」
「あたりまえだろうっ!」
ハジメは、海に向かって走り出した。その肩からは上着がはためいている。
走り去るハジメの背中に向かって、ミーコウは叫んだ。
「キャプテン・サンダーになんて、なれるわけないでしょう!」
ミーコウには、ハジメの考えていることが判っていた。
「キャプテン・サンダーだって?」
ミーコウの口から出た名前を聞いて、ケインが驚いた。
ケインのヘルメットから、またテレパシーが聞こえてきた。
「ケイン、ゼロマルにパイロットが乗り込むのを阻止するのです」
仲間の指示に従って、ケインはハジメを追いかけた。
ハジメは、既に海に飛び込んでクロールで泳いでいた。小型ボートに飛び乗ったケインは、ハジメを追い抜いて前に出た。
「往生際が悪いぞ。諦めて、潜水艦を明け渡せ」
ケインが、ハジメを見下ろしながら言った。
前進を阻まれたハジメは、声を出さずにゼロマルと会話を始めた。
「ゼロマル、助けに来てくれ」
「それは、出来ない」
「なんでだよ」
「船内にハジメがいない時は、私は動くことが許されないのだ」
「ええっ? そうなのか?」
ケインには、ハジメが何を考えているか判った。
「残念だったな。こいつらは、パイロットの脳波がエンジン起動のキーになっているんだ。そんなことを言っても、お前には理解出来ないだろうがな」
勝ち誇ったケインの言葉を聞きながら、ハジメはゼロマルと相談した。
「おい、ゼロマル。エンジンが動かなくても、足を引っ込めるくらいなら出来るだろう」
「それは出来るが、どうするつもりだ」
「いいから、引っ込めろ」
ゼロマルにそう言うと、ハジメは思い切り息を吸って海中に潜った。
「小賢しい!」
ケインは、ハジメを逃がすまいとボートを反転させた。
「なにっ!」
ケインは、不意の大波に襲われた。両足を引っ込めて海に沈んだゼロマルが起こした波だ。大波に飲まれたケインは、ボートごと転倒した。
「うわあっ!」
ケインが転覆している間に、ハジメは潜水でゼロマルの所にたどりついた。潜水艦のブリッジに登るハジメ。
「ゼロマル、足を伸ばして入り口を海面から出すんだ」
入り口が、海面より上に出た瞬間に開いた。ハジメは、すかさず装甲を滑り落ちて船内に飛び込んだ。
「しまった!」
ケインが転覆したボートを立て直した時には、時既に遅かった。
ハジメは、ゼロマルのエンジンを起動させた。沖に向けて動き出したゼロマル。
「ケイン、急いで私に乗ってください。あの潜水艦を追います」
パートナーからのテレパシーを聞いて、ケインは自分の潜水艦にボートを向けた。ケインにテレパシーを送っていた相手も、潜水艦だったのだ。
ケインは、ブリッジにある入り口に、ボートごと乗り込んだ。
「よし、行くぞ!」
ハジメのゼロマルを追って、ケインも潜水艦を沖へと進めた。
「絶対捕まえてやる」
ケインは、自分の任務を台無しにしたハジメをこらしめてやろうと決意した。
去っていく二隻の潜水艦を、ミーコウは見送った。
「二人ともーっ! あたしを置いて、どこにいくのよーっ!」
ミーコウは、ハジメ達に向かって届くはずのない言葉を叫んだ。
結局、ケインも知りたいことはほとんど教てくれなかった。後に残ったのは、濡れた服と謎だけだった。
「ハジメのバカーッ! ……バカ」
ミーコウの言葉は、最後の方になると力が抜けてか細くなっていた。
ミーコウの前から、ハジメは去ってしまった。もしかすると、二度と会えないかもしれなかった。
「どうして、こんなことになっちゃうのよ」
自分は、ハジメを学校に連れ戻すためにここに来たはずだったのに、結果は全く逆になってしまった。
「あんな、あんな潜水艦が来るから……」
果たして本当に潜水艦のせいだったのだろうか? そんな気持ちが一瞬よぎった。
たとえハジメを学校に連れていっても、あそこには彼女の居場所は無いのではないか?
「あたしには、ハジメにしてやれることなんて、もともと何一つなかったってゆうの?」
そんなことは無いと、ミーコウは信じたかった。しかし、自分の心の中に生まれた暗い気持ちを消すことは出来なかった。
「おーい、ミーコウ!」
「お嬢様ー!」
親方と運転手が、様子を見にやって来ていたのにも、自分の目から涙が流れていることにも、ミーコウは気付かないでいた。




