第四章 ハジメとミーコウ 1
朝になって、ミーコウは目を覚ました。隣のハジメは、まだ眠っていた。ハジメの手を握っているのに気付いて、ミーコウは慌てて手を引っ込めた。
「ふぁーあ」
ようやく目を覚ますと、大あくびをしながらハジメは伸びをした。どうやら、ミーコウが手を握っていたのは気付いていないようだった。
「あ、おはようミーコウ。わっ! おいら何でこんな格好してるんだ……。て、昨日この服のまんま寝ちまったんだ」
ハジメは慌ててドレスを脱ぎ捨てると、クローゼットに用意してあった新しい作業着を取り出した。ツヴァイバッハの作業着は、くすんだ緑色だった。それを、ハジメのサイズにわざわざオーダーメイドしてあった。
「やっぱり、おいらはこれでなくっちゃな。帽子も絶対取り戻してやる!」
ミーコウも、しわの入ったドレスを脱いで新しい服を取り出した。着替えながら、ミーコウはハジメに聞いてみる。
「ねえ、ハジメ。帽子を取り戻すって、何か作戦はあるの?」
ミーコウに言われて、ハジメは作業着のボタンを止めながら首をかしげた。
「そこなんだよな。おいら、何か大事なことを忘れているような気がするんだ。それが何なのか判れば……」
言ってる本人も、何も判っていないようだった。着替えの終わった二人は、向かい合ってテーブルに座った。
「たぶん、どっかが間違ってるんだよ。それが引っ掛かってるに違いないんだ」
天井を見上げながら考えているハジメを見ていて、ミーコウは退屈しなかった。
そこへメイドがやって来て、朝食をテーブルに並べ出した。ハジメは、考えるのを中断することにした。
ハジメが考え事をしていたその頃、隊長はケインに脱出する計画を説明していた。
「ドアの小窓から見える向かいのドアには、402とゆう番号が入っている。昨日のディナーで、フィルたちのドアからは409とゆう番号が見えたそうだ」
隊長は、ヘルマンがハジメに注目していた僅かな間に、フィルやマルコと情報交換していたのだ。
「フィルとマルコは同じ牢屋にいて、しかも俺たちと同じ階にいる。時計を取り上げられて今まで把握出来なかった時間も、食堂にあったでかい柱時計を基準にして頭の中で時間をカウントすることで解決した。今から三時間後に、フィルと同時に行動開始だ」
隊長は、扉のノブをいじり出した。既に鍵を外す方法もつかんでいたのだ。
「隊長、ハジメはどうするんですか?」
「そうだな。ハジメたちはけっこういい部屋にいるそうだ。待遇も悪くないそうだし」
「だから、放っておけとゆうのですか?」
肩にかかったケインの手を、隊長は軽く振り払った。
「そう慌てるな。ハジメはディナーの時、花瓶の破片でテーブルの裏に地図を刻んでいた。俺はスプーンを鏡の代わりにして、こっそり地図を見たんだ。ハジメの居場所は判っている」
隊長の言葉を聞いて、ケインの表情が明るくなった。
「隊長、見直しました。ハジメも助けるつもりなんですね」
「お前、そんなにハジメが気になるか?」
「い、いや。僕はハジメを巻き込んだ責任があるので……」
隊長の意地悪な質問に、ケインは困った顔になった。
「そ、それよりも隊長、気になりませんか?」
「ん、何がだ?」
「昨日のヘルマンの言葉ですよ」
ケインは、ヘルマンの言葉が不思議に思えたと隊長に言った。
朝食の最中に、ハジメは大声を挙げた。
「思い出した!」
ハジメの口からはじけ飛んだ食べかすが、ミーコウを直撃した。ミーコウは、ナプキンで自分の顔をふいた。
「全く、何を思い出したのよ」
ハジメは、自分の頭を叩きながら言った。
「時間だよ。何かおかしいと思ったら、そうゆうことなんだ」
「だから、何なのよ」
「ツヴァイバッハは、潜水艦の搭乗者を変更していないんだ」
「ええっ?」
ミーコウには、ハジメの言っていることが判らなかった。
ケインは、隊長に説明した。
「敵は、マーライガーでアイアンホエールを攻撃しましたよね」
隊長は、うなずいた。
「それは、ツヴァイバッハが潜水艦の搭乗者を変更してしまったからだ」
「そこなんですよ、変なのは」
「変? 一体どこが?」
隊長は、目を丸くした。
「潜水艦の搭乗者が変更されたなら、ヘルマンはどうして我々に味方になれと言う必要があるんでしょう?」
ケインの言うことはもっともだった。隊長は、手を休めて今までのことを考えてみた。
「ツヴァイバッハに攻撃された俺が目が覚ましたのは、牢屋の中だった。つまり、奴らはハッチを開けられるようにマーライオン命令したということだ」
ヘルメットは、艦内にいるおれがかぶっていたのに。確かに、これはおかしかった。
ハジメは自分の推理を、つばを飛ばしながらミーコウに話した。
「あいつら、一週間前までは潜水艦を動かすことも出来なかったんだ。新星共和国の潜水艦を手に入れたのは、三日前だ。搭乗者を変更する方法がこんなに早く判るなんて、絶対変だよ」
最初は聞き流していたミーコウも、今はハジメの言葉に熱心に耳を傾けていた。
「古代文明の潜水艦には、全て異なる能力があった。でもツヴァイバッハの潜水艦の能力を、おいらはまだ知らない」
「その潜水艦の能力が、秘密を握っているとゆうのね」
ハジメは首を縦に振った。
ヘルマンは、潜水艦格納庫に来ていた。そこには、六隻の潜水艦が並んでいた。
「この潜水艦が全て私の物。東栄帝国にしてやられたツヴァイバッハが、再び頂点に君臨する時は近い」
自分の乗艦『アイゼンヌ』を自室のウインドウから見下ろしながら、ヘルマンは静かに笑った。
「それにしても、この胸騒ぎは何なのだ?」
一抹の不安を、ヘルマンは感じていた。それが何なのか、本人にも判らなかったが。