第三章 ハジメとツヴァイバッハ 4
ケインとハジメは、演習を行った場所にやってきた。
「本当にこの辺りか?」
「ああ、間違いない」
親方の屑鉄屋からここに来るまでで、既に数時間が経過していた。最初の戦いから数えると、一日半経っている計算だ。
「痕跡なんて、これじゃ見つからないんじゃないか?」
「ハジメ、ゼロマルのライトをつけてみろ」
「ライト?」
ゼロマルにそんなものがあるとは、ハジメは初耳だった。
「海軍がゼロマルを捕獲した時、ヘッドライトらしい物が入っている箇所を発見したんだ。おそらく、ゼロマル自身も記憶していない機能だ」
「ゼロマル、ライトなんてあるのか?」
「現在調査中……。左のグリップに、スイッチがある」
潜望鏡を覗きながらスイッチを入れると、ライトが闇を照らしているのが見えた。
「こいつはいいや。でも、どうしてこんなのがゼロマルにあるんだ?」
「隊長が言っていた。ゼロマルって本当は深海作業用じゃないのかって」
作業用と聞いて、ハジメは気を悪くした。
「でも、ゼロマルには魚雷だってついるんだぜ。作業用に魚雷は無いだろう」
「そうでもないぞ」
ケインが言うには、新生大陸の所有権を巡っての戦争でも、民間の客船を軍用に改造して戦ったケースが実際にあるとのことだった。
「だから、作業用の潜水艦に魚雷を取り付けるケースがあってもおかしくないんだ」
そう言われても、ハジメはまだ認めたくなかった。
「でも、ゼロマル自身も戦うために作られたって言っていた」
「コンピューターの部分は、軍用だろうな。しかし船体まで最初から軍用だったとは限らない」
作業用の潜水艦で、キャプテン・サンダーみたいに活躍出来るのだろうか。
「そう落ち込むな。ゼロマルじゃなきゃ出来ないこともあるんだから」
ケインにはげまされて、ハジメは気を取り直した。潜望鏡を使って、左右を見てみる。
「今の所、何も見えないな。この辺で、何か強い衝撃があったんだろ?」
ハジメに聞かれて、ケインはうなずいた。
「ああ、それが何なのか判らないがな」
「衝撃か……」
突然、ゼロマルが衝撃に襲われた。船体が激しく揺れ、ハジメは潜望鏡にしがみついた。
「うわあっ!」
「どうした、ハジメ?」
最初の衝撃から間髪置かず、立て続けに何度も衝撃がゼロマルを襲った。
「こ、これがケインの言った衝撃か? でも、この衝撃は前にもあったような……。思い出したっ! ゼロマル、取り舵いっぱいっ!」
ハジメがゼロマルの向きを変えさせると、潜望鏡に敵の姿が映った。
「ハジメ。衝撃の正体は、見えない潜水艦の体当たりだ」
ゼロマルの報告は、ハジメの予想通りだった。
「ケインっ! 敵の正体はマーライガーだ!」
「何だって?」
ケインが驚いていると、アイアンホエールも潜水艦を発見した。
「敵襲か? 一体どこから?」
「上からです」
「何っ?」
アイアンホエールが、上からの体当たりで大きく傾いた。
「この攻撃はニューノヴァ! 何故、フィルさんが僕を攻撃するんだ?」
ケインには、考えている暇はなかった。傾いた船体を急いで立て直した 。
「ケイン、これは一体どうゆうことだっ?」
「僕の方が知りたい」
ハジメたちは、助けるつもりだった隊長たちからの攻撃に成すすべも無かった。
「隊長! フィルさん! 僕です、ケインです。どうして僕たちを攻撃するんですかっ?」
ケインは、通信機に向かって叫んだ。しかしケインの叫びはとどかず、容赦のない攻撃は止まらなかった。
「見えない潜水艦に、上下から攻撃する潜水艦。一体、どうすればいいんだ」
体当たり攻撃に耐えながら、ハジメはこの危機から脱する方法を考えていた。
「そうだ! ケイン、今から全速前進出来るか?」
「何でそんなことを聞くんだ? 何か考えがあるんだな」
ケインは、ハジメの言葉通りにアイアンホエールの速度を上げた。そのアイアンホエールを、背後から新しい敵が追って来た。
「やっぱり出たな!」
ハジメは、新しい敵に向けてゼロマルを体当たりさせた。敵の正体は、シーコメットだった。今まで隠れていたシーコメットは、全速前進するアイアンホエールを追って高速移動して来るのをハジメに予測されていたのだ。
「くらえっ!」
ゼロマルの艦首が、シーコメットの右横を直撃した。
大きく傾いたシーコメットに、ゼロマルを追いかけていたマーライガーが衝突した。
「ケイン、離脱するぞ」
敵が体勢を立て直す前に、ハジメはゼロマルを全速力で進ませた。ケインも、ニューノヴァを振り切ってハジメに続く。
二隻の潜水艦は、海底の岩礁に隠れていた。
「ここまで来れば、もうあいつらも追って来ないな」
ハジメの言葉を、ケインは聞いていなかった。スクリーンに映っているケインは、何も言わずにうつむいていた。
「ケイン……」
今のハジメには、落ち込んでいるケインにしてやれることは無かった。重苦しい沈黙が二人の周囲を支配していた。
不意に、船内に警報が鳴り響いた。
「ハジメ、潜水艦が接近して来る」
潜望鏡を覗いてゼロマルのレーダーを見ると、確かに何かが接近して来ていた。ハジメは、ケインを呼び出した。
「ケイン、お前も聞いただろう。あいつらが来たんだ」
しかし、ケインは返事をしなかった。
「行け、ゼロマル」
ゼロマルは、アイアンホエールに体当たりした。そのショックで、アイアンホエールは一回転した。
「うわっ」
ケインは、椅子から転げ落ちてしまった。床に倒れたケインがスクリーンを見上げると、ハジメが睨んでいた。
「行くぞ、ケイン」
ハジメは、それだけ言った。
「そうか、行くしかないんだな」
ケインは、椅子に座り直して潜望鏡のグリップを握った。
「本当のことなんて、まだ何にもわかっちゃいないんだ。そうだろう、ケイン?」
「ああ、そうだな。敵のことも、隊長たちのことも、全部判ってから考えればいいんだ」
ケインとハジメは、うなずきあった。
「相手は一隻だ。挟み撃ちにするぞ」
ゼロマルとアイアンホエールは、遠巻きに敵潜水艦に接近した。その時だった、スクリーンが真っ白になったのは。
「これは、あの時と同じだ」
ケインが昨日の戦いを思い出した瞬間、アイアンホエールは衝撃に襲われた。そして、それはゼロマルも同じだった。
「うわあっ!」
全身を衝撃が走り、ハジメとケインは意識を失ってしまった。