第三章 ハジメとツヴァイバッハ 3
アイアンホエールをいつまでも抱えているわけにもいかない。ハジメは、ゼロマルを休ませる場所を探した。ケインのヘルメットではゼロマルの声が聞こえないのか、ケインは黙ったままだった。
「そういや、ケイン」
ハジメは、壁際に押しやられていた椅子に座っているケインに振り返った。
「どうした、ハジメ?」
「腕の無い潜水艦で、どうやってゼロマルを運んだんだ?」
「あれはな、四隻の船でゼロマルの上下左右を挟んだんだ。大変だったんだぞ」
ケインの回答に納得すると、ハジメは本題に入った。
「これからどこに行くつもりなんだ?」
「判らない……」
ケインの言葉に、ハジメは思わずこけそうになった。
「お前、何も考えていないのか?」
「全然考えていないわけじゃない。隊長たちを助けたいんだ」
「そんそなこと言っても、お前の話しからすると、隊長さんもう死んじまってるんじゃねえのか?」
言ってから、ハジメはまずいことを言った自分に気が付いた。
「生きているっ! 隊長たちは絶対生きているっ!」
椅子から立ち上がって、ケインは叫んだ。
「わ、判ったよ。判ったから、落ち着いてくれよ。な?」
ハジメは、ケインを必死でなだめた。それが効いたのか、ケインは落ち着きを取り戻して椅子に座った。
「潜水艦が跡形もなく消えているとゆうことは、敵に捕獲された可能性が高い。乗員の登録を変更する方法が判らないうちは、隊長も殺されないはずだ」
ケインの言い分にも、一理あった。
「よし、ケインがアイアンホエールに乗り移ったら、隊長たちをさがそう」
「手伝ってくれるのか、ハジメ」
ハジメは、思い切り首を縦に振った。
「隊長たちには、メシの礼もしなきゃいけないしな」
「メシの礼?」
ケインは、ハジメの言葉の意味が判らなかった。
「知ってるよ。おいらのメシ、お前たちのより上等だったんだろ?」
それを聞いたケインは、ふっと笑った。
「貴様を仲間にして、正解だったな」
ハジメが、右手をケインの前に差し出したケインは、力強くそれを握った。
二隻の潜水艦は、初めて出会った岩場に来ていた。
「どーして、ここに戻ってくるんだっ!」
「だってさー、おいらが知っている場所ってここしか無いんだもん」
ハジメはそれだけ言うと、出入り口を開けた。
「さ、行くぞ」
「行くって、どこへ?」
ケインの質問に何も答えずに、ハジメはゼロマルから飛び降りて岩場に降りた。
「ケインも来いよ」
ケインの方を振り返ったハジメは、手を振ってケインを誘った。
「だから、どこに行くんだ?」
ケインもゼロマルから飛び降りると、扉が自動的に閉まった。
「親方のところ」
「親方? 誰だ、そいつ?」
何も判らなかったが、ケインはハジメの後について行った。
ケインを引き連れて、ハジメは屑鉄屋の前に来た。
「親方、いるかい?」
そう言ってハジメがドアを開けると、ボルトが飛んで来た。慌ててハジメがしゃがむと、ボルトはケインに命中した。
「うわっ」
顔面にボルトが当たったケインは、鼻血を出して倒れてしまった。
「ハジメっ! 一週間も何をしていたっ!」
ボルトを投げた親方が、ハジメに向かって怒鳴った。すごい剣幕の親方に、ハジメは尻込みした。
「い、いやあ……。話せば長くなるんだけどね」
頭をかきながら、ハジメは答えた。その後ろで、顔を押さえたケインが起き上がった。
「いててて」
「ん? 何じゃお主は?」
ケインがノヴァの軍服を来ていることに、親方は気が付いた。
「お主、新星共和国の軍人か? ハジメ、お主の格好も新星海軍じゃないか? 一体、どうゆうことじ?」
「これから、全部教えるよ。実はさ……」
何か言おうとしたハジメの腹が、突然鳴り出した。ハジメは、今日はお昼抜きだったのを思い出した。
「ふぉっふぉっふぉ。どうやら、腹が減っとるようじゃな。中に入れ、夕飯にするぞ」
親方は、二人を小屋の中に入れた。
夕飯は、どんぶりメシに少々のおかずといった粗末な物だったが、メシの量はたっぷりとあったのでハジメもケインも満足した。
新生大陸の国々は文化交流が盛んで、ケインみたいなノヴァの人間でも、はしを使った食事は初めてではなかった。
ケインとハジメは、メシを食べながら今ままでの出来事を話した。
「何と、古代文明の潜水艦とな」
「信じられないかもしれないけど、本当なんだぜ」
ハジメは、からになったどんぶりを、くたびれて傾いているテーブルの上に置いた。
「ゼロマルは今、岩場にいるから親方も見てみなよ」
「そうしてみるかのう」
事情を全部話すと、ハジメは大事なことを思い出した。
「そういや、ミーコウはどうしてる?」
ミーコウのことを聞かれて、親方は鼻を鳴らした。
「ふんっ。あいつなら、お主がいなくなってから全然来とらんぞ。あいつを泣かせたのは、お主じゃろうが」
あの気の強いミーコウが、泣いていた。あっと驚く新事実を聞かされたハジメは、ぽかんと口を開けた。
「おいら、何かしたっけ?」
「その全然気付かない鈍さが、ミーコウを傷つけたんだろう」
ケインの指摘に、ハジメはぎくりとした。
「確かに、おいらはミーコウの気持ちなんて何にも考えていなかった……」
ハジメは、ミーコウにすまないと思った。
「今ミーコウが何しているか、わしは知らん。こんな場所では、山の手のことは全く判らんのじゃ」
「ミーコウに会って謝りたいけど、今は駄目だ。きっと、いつかミーコウの前で謝るぞ」
ハジメは、自分自身に誓いを立てた。そして、親方に向き直った。
「親方。ケインの潜水艦が壊れているんだけど、みてくれないか?」
ハジメの言葉に、ケインが驚いた。
「ハジメ! そんなこと、出来るわけないだろうっ!」
「大丈夫だって。親方に直せない機械は、無いんだから」
胸を張って、ハジメはこたえた。
「古代文明の潜水艦は、ノヴァ海軍でも修理が難しいんだぞ。どうして、そこいらの屑鉄屋に直せると思うんだ?」
ハジメは、ケインの前に親指を立てた拳を突きつけた。
「大丈夫だって。親方には、直せない機械は無いんだぞ」
ハジメの自信は、根拠がないようにケインには見えた。
親方を連れて、ハジメはアイアンホエールの前にやって来た。
「ケイン、出入り口を開けてくれ」
ハジメに言われたケインは、渋々と出入り口を開けた。
「本当に、直せるのか?」
出入り口まで登ったケインは、腕を伸ばして親方の手を握って持ち上げた。
「よっこらせ」
アイアンホエールに登った親方は、工具箱から懐中電灯を取り出すと、船内に入っていった。
「何じゃ、船内灯もなおせんのか」
「この明かりは、電球とは違うんだ。簡単に言わないでくれ」
ケインの言葉を聞いているのか、親方は壁や天井を小突きまわった。
「どうやら、ここのようじゃな」
そう言うと、親方は工具箱からドライバーを取り出した。ドライバーを壁に突き立てると、親方は壁をこじ開けた。
「おい、やめるんだ」
ケインが親方の肩に手をかけると、親方はケインの手をドライバーで突いた。
「いてっ!」
ケインは、手を押さえて飛び上がった。
「騒ぐでない。ほら、これで終わりじゃ」
親方の言葉と同時に、船内が明るくなった。
「そ、そんな馬鹿な」
ケインは、信じられなかった。
「貴様、一体何者なんだ?」
「ふぉっふぉっふぉ。わしはただの屑鉄屋じゃよ」
親方は、それしか答えなかった。
三人は、アイアンホエールの修理を朝になっても続けていた。
「ケイン、これで完成じゃ。ちょっと動かしてみなさい」
親方の言葉を聞いて、ケインはアイアンホエールに命令した。すると、アイアンホエールの船内スクリーンに白黒映像が映った。
「やった!」
無事に直ったスクリーンを見たケインは、潜望鏡のグリップをつかんだ。
「ハジメ、ゼロマルに行ってくれ」
ゼロマルに移ったハジメがスクリーンを見ると、ケインが映っていた。
「ケイン、通信機も直ったよ」
機能が完全に回復したのを確認したケインは、親方と握手した。
「本当に、有り難う御座います」
「なんの。こんな珍しい物をいじれて、わしも感謝しとるんじゃ」
親方は、ケインの肩を景気良く叩いた。
「さあ、朝飯の時間じゃ。小屋に帰るぞ」
画面の向こうのハジメが、手を振っていた。
昨日の夕飯と大して変わらない朝食を取ると、三人は眠くなった。
「わしはここで寝るから、お主らもどこか適当な所で寝なさい」
そう言うと、親方はテーブルで突っ伏した。
「おいら、寝室に行くよ。ケインも来ないか」
屋根裏に続くはしごを、ケインはハジメに続いて上っていった。
「ここの寝室も、秋津風なのかい?」
「布団は使ってないよ。固いけどちゃんとベッドがあるから」
ケインがはしごから首を伸ばして寝室を覗くと、確かにベッドが一つあった。
「これ、親方のベッドなんだ」
ベッドのシーツをハジメはめくった。
「おいらは右半分使うから、ケインは左半分を使いなよ」
「ええっ?」
ケインは、びっくりしてはしごから落ちてしまった。上からあきれた顔のハジメが、大の字で倒れたケインを見下ろしている。
「何やってるんだよ」
「ぼ、僕はここで寝るから、ベッドはハジメが使いなよ」
「そうかい? じゃあお休み、ケイン」
ハジメは、天井裏の扉を閉めた。
「あー、びっくりした。ハジメって何考えてるんだろう」
どうやらハジメは、自分が女の子だとゆう自覚が弱いらしい。シャワーの時みたいに、普段から無神経みたいだ。そんなことを考えているうちに、ケインは床の上で寝てしまった。
昼前になって、三人は目覚めた。
「ハジメ、やはり行くのかね」
親方の問いかけに、ハジメはうなずいた。
「おいらは、隊長たちを助けに行くよ」
「そうか、止めはすまい。これを持っていけ」
親方は、ハジメに工具箱を渡した。
「こんな大事な物……」
「いいんじゃよ。きっとこれが必要になる時が来る。船内に置いておくのじゃ」
ハジメは工具箱を抱えると、親方におじぎをした。
「おいら絶対帰ってくるから、ミーコウが来たらすまなかったって伝えてくれ」
それだけ言うと、ハジメはゼロマルまで駆けて行った。
ゼロマルに登場したハジメは、工具箱に愛読しているキャプテン・サンダーをしまいこむと、椅子の上に乗せた。
「行くよ、ケイン」
「こっちも準備はいいぞ」
アイアンホエールには、一週間分の水と食料が詰め込まれた。
「ゼロマル、発進っ!」
二隻の潜水艦は、沖に向かって進み出した。