第二章 ハジメとケイン 6
ケインの長い一日が、やっと終わった。
自室に戻ったケインは、真っ先にシャワールームに入って海水を洗い流した。そして、下着姿でベッドに倒れ込むと、そのまま寝てしまった。
その夜、彼は夢を見た。それは、ケインとアイアンホエールの出会いの夢だった。
今から、半年ほど前のことだった。
その頃のケインは、海軍に入ったばかりの少年兵だった。
中学校でのテストの成績は常にトップで高校進学も考えていたが、貧しい鉱夫の出では学費も捻出出来ず、あてにしていた奨学金もノヴァ本土の政府が一方的に制度を改正したせいで新生大陸の学生には適用されなくなってしまった。
就職するんだったら、自分の能力を活かせる場が良いと考えたケインは、海軍に入ったのだった。
働きしだいでは本土の士官学校へも進めるとあって、殆どの若者が受験する入隊試験は競争率が高かったが、ケインはトップの成績で海軍に入ることが出来た。
海軍に入ったケインは、まだ新兵とゆうこともあって特訓ばかりさせられていた。海軍とはいえ、海の特訓ばかりではなかった。今日の訓練は、山越えだった。新生大陸は、植林された一部の山を除いて岩山しかない。日帰り程度の短距離の行進だったが、険しい岩山は新兵には過酷だった。
体力にも恵まれていたケインは、皆よりも軽い足取りで山道を歩いていた。親の手伝いで、鉱山に行ったこともあるケインには、険しい山道も庭みたいなものだ。
やがて日が落ち、全体の行進が予定通りに進まなかった部隊は、急遽野営することになった。
一応、野営に必要な物は始めから持たされていたので、教官の指示のもとに全員教わった通りにキャンプの準備をした。
その夜、深夜に見張りの当番が当たったケインは、遠くから爆音が聞こえているのに気が付いた。
「海軍機か?」
それは、海軍の偵察機だった。ケインが偵察機を暫く眺めていると、偵察機が光り出した。
「爆発した?」
恐らく、エンジントラブルだろう。火が着いた偵察機は、ケインから程近い岩山に墜落してしまった。
ざわついている仲間達を放って、ケインは墜落現場に向かって走り出した。墜落現場に到着したケインは、信じられない景色を見た。
墜落した場所にぽっかりと穴が開き、飛行機はその中に落ちていたのだ。
「パイロットは、生きているのか?」
ケインは、穴の中に入って行った。
穴は意外に深く、ケインは穴の底にたどり着くのに十分かかった。
「ふう、やっと着いた」
ケインが穴の中を見回すと、燃えている飛行機の炎に照らされて、ケインがとは反対側の岩壁の一部が黒光りしていた。
「一体、何があるんだ?」
ケインは、飛行機の前を通って壁に向かった。偵察機は、既に脱出したのかパイロットがいなかった。
黒光りしていた壁は、金属で出来ていた。ナイフを突き立ててみると、ナイフより硬かった。
「一体、何なんだ?」
既に、ケインの興味は飛行機から壁に移っていた。今度は、両手で叩いてみた。すると、何かがきしむ音がしてきた。
「やばいっ!」
ケインは、慌てて壁から離れた。その直後に、壁が崩れて金属の塊が出現した。
「うわっ!」
巨大な金属の塊は、地面を転がって飛行機を押し潰して停止した。
「なんで、こんなものが岩の中から出て来たんだ?」
金属の塊の正体に、ケインは驚いた。それは、潜水艦にしか見えなかった。
「潜水艦、だよな」
もし、本当に潜水艦なら、出入り口があるはずだ。ケインは、潜水艦に近付いてみた。潜水艦は上下正しい向きで停止していたので、どうにかして上に登る必要があった。岩壁を登ったケインは、そこから潜水艦に飛び乗った。
「出入り口はどこだ?」
潜水艦の上を調べたが、そこに出入り口らしい物は無かった。
「おーい、ケイン・ブルースカイ! そこにいるのかっ!」
頭上から、教官の声が聞こえて来た。ケインは、教官に向かって手を振った。
次の日から、ケインは潜水艦を調査する作業を手伝わされることになった。無理に口止めさせるよりは、身近に置いた方が無難だと軍は判断したのだった。
極秘の任務では、実績が人目に触れることは無い。ケインの士官学校への道は、閉ざされたようなものだった。
ケインは、墜落機の調査とゆう名目で現場に来ていたため、パイロットの制服を着せられていた。このことが後に、潜水艦部隊の制服を決定する原因になるとは、この時のケインは思いもよらなかった。
「博士、カメラを持って来ました」
「ご苦労さま。そこに置いといて」
ケインは、潜水艦をつぶさに観察しているメイ博士の横に、カメラを置いた。現在ここには、ケインと彼女しかしない。
「どうです、何か判りましたか?」
「ええ、『X4号』は他の場所で見つかった三隻と同じく潜水艦なのは確かなの。でも、それ以上がどうも判らない。古代文明は、どうしてこんな場所に潜水艦を放置していたのかしら?」
かつて海中だった場所だからこそ、かえって無傷の潜水艦が沈んでいたのが謎なのだそうだ。内部構造が判らないのに、下手に潜水艦を分解すると、壊してしまう恐れがあるので、外側から見守ることしか出来なかった。
「博士、そのX4号とゆう名前、なんとかなりませんか?」
「みんながそう呼んでいるから、今更変えられないわ」
「しかし、潜水艦の名前では無いでしょう。僕たちだけでも、もっとかっこいい名前で呼びませんか?」
「どんな名前がいいの?」
「そうですね……」
ケインは埋まっていた潜水艦を見ていて、何かロマンティックなものを感じていた。そのせいだろうか、ケインの心の中で何か懐かしい気持ちがわいてきた。
「いい名前を思い出しました。『アイアンホエール』です」
「アイアンホエール?」
「ええ、かつて世界の海を股に掛けて活躍した伝説の海賊が乗っていた船の名前です」
ケインは、潜水艦に近付いていって手を掛けた。
「アイアンホエール。潜水艦の名前にしてもかっこいいでしょう?」
そう言ってケインが振り向いた時、博士はぽかんと上を見上げていた。
「上?」
ケインが見上げると、潜水艦のブリッジが二つに割れて開いていた。
「あ、開いている?」
ケインは慌てて、潜水艦に取り付けてあるはしごを登った。
「ケイン、危ないから戻って来なさい」
博士の言うことも聞かずに、ケインは潜水艦に入っていった。ケインが中に入ると、開いていた潜水艦のブリッジがまた閉じてしまった。
「しまった!」
ケインがそう叫んだ瞬間、闇に包まれていた船内が明るくなった。
ケインは、目を覚ました。
「なにか、懐かしい夢を見たような……」
自分の見た夢を、ケインは忘れていた。続いてケインが思い出したのは、ハジメのことだった。
「ハジメのやつ、今何をしているのかな?」
ケインは、ハジメのことが気になった。何一つ思い通りになったことがないケインには、捕まってもなおハジメが何かをやろうとしているとゆうことが信じられなかった。
「キャプテン・サンダー、か。僕も昔は読んでいたな」
思えば、ケインの初めての挫折は、キャプテン・サンダーになれなかったことだった。
潜水艦の名前をハジメに指摘された時、つい怒り出したことをケインは後悔した。
「あいつ、シャワーを浴びたいと言ってたな」
ケインは、シャワーだけでもなんとかしてやろうと思った。