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第四集:蓬莱の刀

 ついに迎えた法霊雅学(ほうれいががく)初日。

 総勢七十一人が揃う雅学室は、昨日の武闘場での話題でもちきりだった。

 (シュェ)宗主の厚意で菫鸞(ジンラン)の後ろに席を用意してもらえることにはなったが、早速矢のような視線が突き刺さる。

(シュェ)氏の門弟でもないのに(シュェ)公子(若君)の後ろに席があるぞ……」

「薬舗の娘って本当なのかしら」

「名門でも、法霊武門(ほうれいぶもん)でも、そもそも法霊武林(ほうれいぶりん)にすら属していないらしい」

「なんでいるの?」

「噂では、外国の方らしいよ」

大秦(だいしん)人でもないの?」

扶桑(ふそう)に住んでるってことは、もしかしたら……」

「ああ、あの街は数百年前に皇帝がどこかの国に友好の印として贈った土地だったはず」

「この後の挨拶が楽しみね」

 このままでは斜め前に座っている瑞雲(ルイユン)が暴れ出しかねない。

 杏花(シンファ)の焦りを感じ取ったのか、菫鸞(ジンラン)が隣に立っている瑞雲(ルイユン)に「杏花(シンファ)の素晴らしさに、みんなが驚く顔が楽しみだね」と微笑んだ。

 すると、先ほどまで前方を睨みつけていた瑞雲(ルイユン)の表情が少し緩み、杏花(シンファ)の方を振り返って「応援している」と言って頷いた。

「ありがとう」

 杏花(シンファ)は微笑み、「ほら、前向いて。そろそろ(ジン)先生来るよ」と、瑞雲(ルイユン)に前を向くよう促した。

 天宮閣(てんきゅうかく)閣主(かくしゅ)(ジン) (チェン)は、昨年閣主の座を継いだばかりで、雅学の教鞭を取るのは今年で二回目。

 若く聡明で、その雅な風貌から、女性門下生にとても人気がある。

 純白の深衣(しんい)に身を包んだ長身の美男子、(ジン) (チェン)が雅学室へやってきた。

「皆さん、初めまして。本日から四ヶ月間、教鞭をとらせていただきます、(ジン) (チェン)と申します。よろしくお願いしますね」

 女性門下生たちの甘美なため息が聞こえる。

「それでは……、今日は顔合わせの日でしたよね。皆さんから見て左の武門(ぶもん)から順にお願いいたします」

 雅学室の中央通路に最初に出てきたのは、欒山(らんざん) (ニー)氏。

欒山(らんざん) (ニー)氏、(ニー) 若蓉(ルォロン)でございます。我が武門(ぶもん)の伝統武術は槍術。こちらの宝槍を献上いたします」

 若蓉(ルォロン)は平伏し、立ち上がって門弟に宝槍を運ばせてから席に戻った。

 その間、ずっと浮かない顔をしていたのは、周囲から微かに聞こえる嘲笑のせいだろう。

 次に中央へ出てきたのは藤陵(とうりょう) (フォン)氏。

藤陵(とうりょう) (フォン)氏、(フォン) 佳栄(ジャロン)でございます。我が家の伝統武術は剣術。閣主のために特別に作らせました宝剣を献上いたします」

 佳栄(ジャロン)は平伏し、優雅に立ち上がった。

 中央通路に出てくる時から他の武門(ぶもん)を見下すような視線と態度に、杏花(シンファ)は顔を顰めた。

 同じく尊大な態度の(フォン)氏の門弟は恭しく宝剣を持ち、運んでいった。

 次は綺雨(きう) (リン)氏、そして氷妃河(ひょうひが) (シュェ)氏と続いた。

 五番目は夜湖(やこ) (ジン)氏。

夜湖(やこ) (ジン)氏、(ジン) 茜耀(チィェンイャォ)でございます」

 杏花(シンファ)の目が大きく見開かれ、頬が紅潮した。

(なんて美しい人なの……。百花王のお姉様達もきっと驚くだろうな)

「我が一族の伝統武術は剣術。六代目宗主が鍛治を得意としていたため、時を経て才を継いだ父が打ちました宝剣を献上いたします」

 男性門下生達の目が輝いているのがわかる。

 まるで歩く真冬の三日月のようだ。

 余韻が残る中、紅葉山荘(こうようさんそう) (レイ)氏が終え、最後は煌風(こうふう) (イン)氏。

煌風(こうふう) (イン)氏、(イン) 隆戦(ロンヂャン)。我が一門の伝統武術は刀術。数千の妖邪を葬ってきた宝刀を献上する」

 武人然とした立ち居振る舞いに、声の端々には傲慢さを感じる。

 法霊武門(ほうれいぶもん)で最も多くの兵力を有しているからなのだろうか。

 献上された刀も、本当に人間が振り回せる大きさなのか? と、その場にいる皆が思うほどのものが運ばれていった。

 そして、「法霊武門(ほうれいぶもん)の紹介は以上です。この度、法霊武林(ほうれいぶりん)外から参加してくれることになった方がいます。では、中央へ」と促された杏花(シンファ)

 (ジン) (チェン)の優しい眼差しと、瑞雲(ルイユン)菫鸞(ジンラン)の「頑張れ」という目に背中を押されるように勇気を出し、杏花(シンファ)は中央通路へと出ていった。

「青梅、献上品を持ちなさい」

 雅学室にさざなみのように声が沸く。

 それもそのはず。

 今まで室内に存在しなかった緑色の水干(すいかん)を身につけた童子が杏花(シンファ)の後ろに出現し、床から浮いているのだから。

 その手には長い桐の箱を携えて。

 杏花(シンファ)は中央通路に着くと深呼吸をし、そして口を開いた。

蓬莱国(ほうらいこく)星辰(せいしん)王府 (シン)氏、(シン) 杏花(シンファ)でございます。この度は異文化交流を目的に参加の許可をいただきました。我が一族の伝統武術は、刀術。蓬莱国(ほうらいこく)で産出される玉鋼(たまはがね)を原料に蓬莱三名匠の一人、赫夜(かぐや)が打ちました蓬莱刀を献上いたします」

 青梅が桐の箱を開け、中の蓬莱刀を(ジン) (チェン)に見せた。

「素晴らしい宝刀です」

 (ジン) (チェン)が自ら受け取ってくれた。

 大勢の視線を背に感じ、手が震える。

 ちらりと後ろを振り返り、瑞雲(ルイユン)菫鸞(ジンラン)を見る。

 声には出さずに、「大丈夫」と二人は微笑んでくれた。

 杏花(シンファ)は再び前を向き、言葉を続けた。

「私は医仙(いせん)である桃薬天女(とうやくてんにょ)の娘。そのため、法霊武林(ほうれいぶりん)の皆様とは違う力を使い、術を行使いたします。どうか、ご容赦くださいますようお願いいたします」

 雅学室は静まり返り、それが何を意味するのか、杏花(シンファ)にはわからなかった。


 雅学が始まって十日目、杏花(シンファ)を取り巻く環境は一変していた。

「ねえ! (シン)公子(若君)がいらっしゃったわ!」

「とても可愛らしいのに、強くて美しくて優しくて……。まさに貴公子の中の貴公子よ!」

「きゃあ! こちらを向いてくださったわ!」

(シン)公子(若君)!」

 どうやら紳士的振る舞いをやりすぎてしまったらしい。

 女性門下生達からの視線を奪ってしまったようだ。

「いったい何をしたらこうなるの?」

「いや、その……」

 菫鸞(ジンラン)瑞雲(ルイユン)の呆れた顔が杏花(シンファ)を余計に困らせる。

「た、ただ助けたり診察したり手当てしたり……。それだけなのだけれど……」

女子(おなご)を抱き抱えて空を飛んでいただろう」

「そんなことしたの⁉︎」

 どうやら瑞雲(ルイユン)に目撃されてしまっていたようだ。

(シュェ)宗主が裏山への入山を許可してくださったから、このあたりによく自生している珍しい薬草を採りに行ったんだ。そうしたら、何人かの女性門下生の方々が眺めの良い場所でお茶会をしていて……」

 夕刻、足元が少し見づらい時間。

 女性門下生の一人が下山途中で足を踏み外し、山肌を落下していこうとしたその時、杏花(シンファ)が駆け付け、その女性を抱き抱えて空を飛んだのだ。

 そのままゆっくりと登山口へと降り立ち、「お怪我はございませんか? どこか座れる場所までお連れします」と宿舎の女性専用区画まで飛んで行ったものだからその場が大騒ぎに。

 椅子に座った女性の足元に跪き、「足に触れても?」と聞いてから診察を始め、「軽い捻挫ですね。よかった。すぐに治りますよ」と手当てをしたものだからもう大変。

「女性間での噂話はすぐ広まるものね」

「当然の対応をしただけなのに……」

「格好いい」

「あ、ありがとう、瑞雲(ルイユン)

 それ以来、杏花(シンファ)は女性達からの「私、ちょっと調子が悪くて……。診ていただきたいのです」という熱っぽい視線と声、態度に悩まされている。

「男性の、特に一部の人達からはすごく嫌われてしまったけれどね」

「ああ……、(フォン)公子(若君)と、(イン)公子(若君)兄弟かぁ。隆誠(ロンチォン)は兄君に同調しているだけだと思うけどね。あの兄弟は主従関係だから」

 菫鸞(ジンラン)が言うその三人と取り巻きの門下生達はとても厄介で、武術演習のたびに杏花(シンファ)に挑もうとしてくる。

 毎回、武道専門教師の(ユー) リィェンがいなしてくれてはいるものの、そろそろそれも限界のような気がしている。

「でも、よく(ジン)公子(若君)の目に止まらなかったよね、杏花(シンファ)は」

「あの人が好きなのは天性の美女だから。私にはその要素がないもの」

杏花(シンファ)は可愛い」

「うん、ありがとう瑞雲(ルイユン)

 (ジン)公子(若君)こと(ジン) 柔桑(ロウサン)はとても自己愛が強く、かなりの好色で艶福家。

 「女性はみんな好きだけれど、私と同じくらい美しい女性はもっと好き」と公言しているほどだ。

「幸運なことに、柔桑(ロウサン)みたいな男性は、自分と同じくらい女性から好かれている女性に対しては興味がわかないという特徴がある」

「なるほどね。あんまり嬉しくはないけれど、同類だと思われているわけだ、杏花(シンファ)は」

「嬉しくないけれど、そう」

 杏花(シンファ)は喜んでいいのか悲しめばいいのかわからない今の状況にため息をついた。

 三人は雅学室へ入ると、それぞれの席に着く。

 全員が集まったころ、(ジン)(チェン)が雅な笑みを浮かべながらやってきた。

「みなさん、ごきげんよう。今日は『鬼』について学んでいきましょう」

 (ジン)(チェン)は部屋の後方中央にある一段高くなった場所に腰かけた。

「では、どなたか『鬼』、『鬼人族』、『鬼神』、『禍ツ鬼(マガツキ)』、『禍津鬼神(まがつきしん)』の違いについて分かる方はいらっしゃいますか?」

 始めから静かだった雅学室が余計に静まり返る。

 瑞雲(ルイユン)が挙手した。

「おお、その勇気に感謝します。では、(リン) 瑞雲(ルイユン)。よろしくお願いいたします」

 瑞雲(ルイユン)は立ち上がり、答える。

「『鬼』は個人の怨念が生み出す変化によって成るもの。土地の怨念を集めて遺体に吸収させ、人工的に作ることも可能。『鬼人族』は赤肌大型鬼人族、青肌大型鬼人族、灰肌小型鬼人族などの総称。近年では肌の色ではなく、土地の名前で呼ばれることの方が多い。『鬼神』は神や仏が持つ武の化身であることが多く、鬼という字が示すのは邪ではなく強さの指標」

 杏花(シンファ)は真剣に聞きながら頷いた。

 菫鸞(ジンラン)はこっそり菓子を頬張っている。

「『禍ツ鬼(マガツキ)』は『鬼』が土地や人々の怨念を吸収して変化したもの。人間と同等の知能を持ち、姿形も我々とそう違いはない。『禍津鬼神(まがつきしん)』は『禍ツ鬼(マガツキ)』の中でも人知を超えた力と知能、知性を持ち合わせたもの。人間との婚姻譚も複数あり、その性格は一概に邪悪とは断定しがたい」

 瑞雲(ルイユン)が話し終えると、(ジン)(チェン)はとても嬉しそうに微笑んだ。

「素晴らしい。完璧です」

 (ジン)(チェン)瑞雲(ルイユン)に座るよう促し、それぞれの特徴について話し始めた。

「『鬼』の中には(やまい)そのものを示すものがいます。体内に隠れ、悪さをすることから、『隠鬼(おんき)』と呼ばれています。自我はありますが知能はそう高くなく、簡単な指示にしか従いません。中には有翼のものなどがおり、戦うには厄介です。『鬼人族』はその体躯や強靭さから鍛冶職人、または傭兵として働いている方が多いですね。厳密に言えば、世杉(シーシャン)族や五葉(ウーイェ)族とそう変わりのない種族です」

 あちこちから書き留める音が聞こえる。

「『鬼神』は(リン)公子(若君)が答えた通り、神や仏の武の化身です。稀に、『禍ツ鬼(マガツキ)』の中からある一定の知性を持った者が神や仏の元で修業し、『鬼神』になることもあります」

 杏花(シンファ)の鼓動が早くなりだした。

「『禍ツ鬼(マガツキ)』は我々が対峙するものの中で最も邪悪で暴悪。その精神は悪辣で凶悪のため、こちらの道理は通用しません。指揮系統としては『禍津鬼神(まがつきしん)』に付き従うので、長となる『禍津鬼神(まがつきしん)』が卑劣であればあるほど、彼らはそれに同調します」

 杏花(シンファ)が目を伏せる。

 次の話は、青梅に関わることだからだ。

「そして、『禍津鬼神(まがつきしん)』。彼らに関しては一概に悪とは言い難く、人間を守るために『禍津鬼神(まがつきしん)』同士が兵を率いて争ったこともあるほどです。『禍津鬼神(まがつきしん)』の中には、五方守心(ごほうしゅしん)と呼ばれている者達がいます。彼らは人間界と接している鬼幻(きげん)界を北方、西方、南方、東方、そして中央と分け、それぞれの地域を統治しています」

 鼓動が一層強くなる。

「その中でも、東方の『禍津鬼神(まがつきしん)』は数千年もの間守護神としてあり続け、現在でもその意志は後継者へ受け継がれ、平和を保っているそうです」

 杏花(シンファ)は胸が誇りで満たされていった。

「そんな最強の『禍津鬼神(まがつきしん)』ですが、彼らには致命的な弱点となる致死節(ちしせつ)があります。それは、調伏の祝詞(のりと)や呪文、(きょう)に『真名』を入れて読み上げられること。そのため、彼らは絶対に真名を明かすことはなく、常に通名(とおりな)を使用しています」

 杏花(シンファ)は右肩に触れた。

 青梅の真名を知っているのは杏花(シンファ)だけ。

 信頼の証に捧げられたそれには、蓬莱国(ほうらいこく)の者ならば誰もが知る哀しい物語がある。

 裏切られ、陥れられ、血族皆殺しの目にあい、全てを奪われた皇子。

 青梅はそれでも人間を恨むことも、憎むこともせず、鬼幻(きげん)界の東方を守り続けた。

「それでは、次は『鬼』という文字を含む彼らの歴史について話していきましょう」

 (ジン)(チェン)の笑顔に、何人かの雅学生がうっとりと顔を緩めている。

 本日も座学は順調に進み、楽しい小休憩の時間がやってきた。

 菫鸞(ジンラン)は微笑みながら杏花(シンファ)瑞雲(ルイユン)に菓子を配った。

「次は武術演習だね」

「今日挑まれたら応じようかな」

「え、いいの?」

「二人を巻き込みたくないから」

 昨日のこと。

 隆戦(ロンヂャン)が「もし(シン)殿が応じないのなら、ご友人と勝負させていただこう」と、瑞雲(ルイユン)菫鸞(ジンラン)を指名してきたのだ。

 「ご不満か? (リン)公子(若君)に手加減されて同格だと思い上がっている女子(おなご)の実力を見せていただきたいだけですよ」と言う捨て台詞と共に。

「手合わせは技術の確認。それに、手加減してもらっているのは私の方だ」

瑞雲(ルイユン)、私は大丈夫だから」

「別に私も戦ってあげてもいいのだけれどね」

菫鸞(ジンラン)まで……」

 その時、武闘場からこちらに向かって走ってくる者がいた。

杏花(シンファ)! 大変なことになっちゃった!」

莅月(リーユェ)姉さん、どうしたの?」

 莅月(リーユェ)(フォン)氏の息女で、杏花(シンファ)のことを嫌っている佳栄(ジャロン)の双子の妹。

 性格は全く違い、善良で柔軟。亜麻色のふわふわな髪が似合う美少女だ。

 眩暈で滝から落ちかけていたところを救った一件から、杏花(シンファ)とはすでに親友の仲。

 医術の心得があるところも共通点で、よく二人で深夜まで話し込むことがある。

 何故かはわからないが、莅月(リーユェ)はあの女好きで有名な(ジン) 柔桑(ロウサン)に恋をしている。

「兄上と(イン)兄弟が武闘場を封鎖して杏花(シンファ)を呼んでいるの……。本当にごめん。私には兄上のことがもうわからないよ……」

 目に涙を浮かべる莅月(リーユェ)を抱きしめ、杏花(シンファ)は言う。

「大丈夫、大丈夫だよ。こんなにも優しい莅月(リーユェ)姉さんを泣かせる奴は、例えそれがあなたの実兄だとしても叩きのめしてあげる」

 杏花(シンファ)莅月(リーユェ)からそっと身体を離すと、瞳を発光させたまま武闘場へと向かった。

 武闘場の中にはすでに多くの門下生が半ば人質のように集められており、(ユー) リィェン(ジン) (チェン)が困り果てた顔をしていた。

杏花(シンファ)。君は下がって……」

 (ジン) (チェン)が何重にも張られている結界を壊そうと剣に手をかけた。

「いえ。あの人たちの求めに応じます」

「でも……」

 (ユー) リィェン(ほこ)を持ち、杏花(シンファ)達四人が行くのを止めようとするも、「先生、大丈夫です」と、杏花(シンファ)はその厚意を受け取らなかった。

 杏花(シンファ)は右手拳に仙力(せんりょく)の渦を作り、目の前にある結界を殴り壊した。

 その衝撃で突風が吹き荒れる。

 菫鸞(ジンラン)はよろける莅月(リーユェ)を支え、瑞雲(ルイユン)は前方を睨みつけた。

「はっ。それくらい出来て当然だよなあ? 医仙(いせん)様には我ら法霊武林(ほうれいぶりん)の使う法術など通用しまいよ」

 隆戦(ロンヂャン)が大刀を肩に乗せ、口元を歪めて(わら)っている。

「なぜ他の武門(ぶもん)まで巻き込むの」

「こうでもしなきゃ、お前は受けないだろ?」

 隆戦(ロンヂャン)に同調するように、佳栄(ジャロン)も薄ら嗤った。

「もう逃げられませんよ、(シン) 杏花(シンファ)

 杏花(シンファ)は左手に愛刀『杏花(きょうか)刀』を()き、刃を下にした。

「私は逆刃(さかば)で戦う。怪我をさせたくないから。(イン)公子(若君)はどうぞそのままで」

「馬鹿にしてんのか」

「違う。もしそうでもしなければ……」

 杏花(シンファ)は自身の周囲に仙力(せんりょく)の渦を巻き起こし、刀に纏わせた。

「あなたの手を斬り落としてしまうから」

 苛つきが頂点に達した隆戦(ロンヂャン)は、床を蹴り勢いよく距離をつめて杏花(シンファ)に斬りかかった。

 杏花(シンファ)も抜刀し、目の前に迫る大刀を右に受け流す。

 剣光が疾る。

 純粋な腕力だけで言えば、圧倒的に隆戦(ロンヂャン)の方が強い。

 しかし、蓬莱刀の戦い方は、腕力だけではない。

 三十合目を斬り結んだ瞬間、突如隆戦(ロンヂャン)が振り返り、大刀の刃衝波(じんしょうは)(シュェ)氏と(リン)氏の門弟が固まって立っているところへ放った。

 杏花(シンファ)の瞳が強く光る。

 杏花(きょうか)刀を飛ばし、門弟と刃衝波(じんしょうは)の間に浮かべると、仙力(せんりょく)の渦を発生させた。

 隆戦(ロンヂャン)が放った刃衝波(じんしょうは)杏花(シンファ)の刀が纏う仙力(せんりょく)とぶつかり、弾け消えた。

「惜しかったなあ」

 杏花(シンファ)は刀を手に呼び寄せ、この状況を嗤っている隆戦(ロンヂャン)にその切先を向けた。「卑怯者。恥を知れ」

 ただ風が吹いただけだと、その場にいた誰もが思った。

 刹那、甲高い音の後、隆戦(ロンヂャン)の大刀が武闘場の天井に突き刺さった。

「……は?」

 杏花(シンファ)が下から薙ぎ払うように振り上げた刀が、隆戦(ロンヂャン)の大刀の(つば)を捉え、打ち飛ばしたのだ。

 隆戦(ロンヂャン)の喉元に、杏花(シンファ)の刀が突きつけられる。

「もう二度と構うな。次は容赦しない」

 杏花(シンファ)は刀を鞘に納めると、天井に突き刺さった大刀を仙力(せんりょく)で引き抜き、隆戦(ロンヂャン)の足元の床へ突き刺した。

「勝ったつもりか? お前、霊力も使えるんだろ。俺たちと同じ条件で戦ってみろよ」

 恥をかかされたと感じた隆戦(ロンヂャン)は、杏花(シンファ)の左腕に見えている霊力花を指差した。

「次は私ですね。(シン) 杏花(シンファ)、使う力は霊力でお願いします」

 瑞雲(ルイユン)菫鸞(ジンラン)が止めに入ろうと駆け寄ってくるのを手で制止し、杏花(シンファ)は「受けて立ちましょう」と告げた。

 仙力(せんりょく)の渦を身体に戻し、霊力を身体の外へ通わせる。

「私の霊力花は花の貴公子、蘭です。あなたのは……。その見たことのない花……、この世の花ではないでしょう」

「私の霊力が形作るのは根霊界(こんれいかい)に咲く花、炎珠杏華(えんじゅきょうか)です」

「ふふふ。まさか、医仙(いせん)の娘の霊力花が地獄の毒花とは! これは傑作です」

「形がそうなだけで、毒はありませんよ」

「そんなこと、私が知らないとでも?」

 お互いに十分な距離を取り、一礼し、鞘から抜き構える。

「では、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

 佳栄(ジャロン)の剣捌きはその性格とは違い、まさに正道。

 一撃一撃が澱みなく繰り出され、正直なところ、戦い甲斐のある相手だと杏花(シンファ)は思った。

 さすがは天宮閣(てんきゅうかく)達人榜七位。

(でも、瑞雲(ルイユン)には遠く及ばない)

 二十合目まで様子見をしていた杏花(シンファ)はそこから攻勢に出た。

 佳栄(ジャロン)も上手く受けているように見えるが、杏花(シンファ)の一刀の重さに手が痺れてきているのがわかる。

 そして五十合目、杏花(シンファ)佳栄(ジャロン)の突きをいなし、振り下ろした刀で剣を床へとめり込ませた。

「おお、まさかこういう終わり方になるとは。蓬莱人は戦意を奪うのがお得意なのですね」

「疲れたので早く終わらせたかっただけです」

 先ほどまでとは違い、杏花(シンファ)の額に浮かぶ汗。

 呼吸も幾分荒い。

「さあさあ、もうお開きにしましょう。いいですよね? 先生方」

 杏花(シンファ)の異変に気づいた菫鸞(ジンラン)瑞雲(ルイユン)が教師二人に詰め寄る。

「そ、そうですね。このあとは自由時間としましょうか、(ユー) リィェン

「そ、そうしましょう」

 (ユー) リィェンは気弱な性分なので、瑞雲(ルイユン)の目に怯えてしまったらしい。

 背を丸めて去っていった。

「では、何かあったらすぐに私に知らせてください」

 (ジン) (チェン)は困ったように微笑み、小走りで(ユー) リィェンを追いかけた。

莅月(リーユェ)姉さん、先に戻ってて。私もすぐに宿舎に向かうから」

「わ、わかった」

 心配そうに杏花(シンファ)を見つめる人々の目からゆっくりと遠ざかり、三人は書房の裏に向かった。

「かはっ」

 杏花(シンファ)の口から血が吐き出された。

 倒れ込む杏花(シンファ)の身体を、すぐに瑞雲(ルイユン)が抱き抱える。

 間に合った。

 二人以外に目撃者はいない。

「本当、あいつら横暴だなぁ!」

 普段は滅多に怒ることのない菫鸞(ジンラン)は、杏花(シンファ)の背をさすりながら憤っている。

 杏花(シンファ)は優しい友人二人に支えられながら、「白梅」と呟き、薬を用意してもらった。

杏花(シンファ)様……」

「そんなに悲しそうな顔をしないで」

 身体の調和を保つため、ゆっくりと仙力(せんりょく)の渦を纏う。

「あの人の剣、他人の霊力を吸い取れるんだね。油断した」

「だから杏花(シンファ)に霊力を使わせたんだよ。もうみんな知っているもの……。杏花(シンファ)(やまい)のこと」

「そっか」

 杏花(シンファ)は羽織っている白い衣を見つめた。

 誰だったか忘れたが、なぜ校服の上に衣を着ているのか尋ねられた時に、話したのだ。

 「この衣は私の弱い身体を補うのに必要なのです」と。

 (やまい)のことは秘密にしているわけではない。

 ただ、わざわざ教える必要もないと思っているだけ。

 憐れみの目で見られるのは辛い。

(私は決して可哀想ではない)

 瑞雲(ルイユン)の心配そうな顔に、胸が苦しくなる。

「今度は私が戦う。全員の武器、へし折ってやるんだから」

 菫鸞(ジンラン)は「任せて!」と微笑んだ。

「本当にやりそうだね」

 菫鸞(ジンラン)天宮閣(てんきゅうかく)達人榜に載っていないのは、同年代の誰もが戦いを避けているからだ。

 現在達人榜一位の青鸞(チンルゥァン)の地位が揺るがないのも同じ理由。

 (シュェ)氏はとにかく剛腕で俊敏、そして鋼を食べて生きていると疑われるほど丈夫で頑丈。

 瞬きの間に武器を掴み、破壊する。

 それは相手の腕でも足でも(あばら)でもどこでも同じ。

 たおやかな見た目の(シュェ)兄弟のどこにそんな力があるのかと、法霊武林(ほうれいぶりん)の人々は疑問に思っている。


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