表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

第十集:陽の光

「なんて素敵なの……」

 目の前に広がる慈雨源郷(じうげんきょう)は、想像していたよりもずっと美しかった。

 連なる山々に巨石が織りなす壮大な景色。

 そして、大きな滝の前、広大な湖に浮かぶ、街を乗せた巨大な船の数々。

「あれは船ではなくて、似た形をしている霊木なんだってさ」

 白龍の上から眺めているだけでも、目が忙しい。

 すべてが視界に収まらない。

「じゃ、降りるぞ。あの広場……、あ、琅雲(ランユン)たちが待ってるぞ」

 杏花(シンファ)は「先に行く」と、白龍から飛び降りた。

杏花(シンファ)!」

 腕を伸ばす。

瑞雲(ルイユン)!」

 腕の中へ。

 その身体を抱きしめ、一回転してから着地した。

「お前たちは大袈裟だねぇ」

 あとから降りてきた蒼蓮(ツァンリィェン)がからかうように笑っている。

瑞雲(ルイユン)は毎日空を見上げて待っていましたから」

 琅雲(ランユン)は幸せそうに頬を赤らめる弟の姿を見て微笑んだ。

「お久しぶりです、蒼蓮(ツァンリィェン)兄さん」

「久しぶり、琅雲(ランユン)。配達以外で来るのは初めてだ。まあ、妹を配達してきたと思えば、同じか」

「ふふふ。杏花(シンファ)が拗ねますよ」

「今のは内緒ね」

 琅雲(ランユン)瑞雲(ルイユン)に「杏花(シンファ)を部屋に案内してあげなさい。私は蒼蓮(ツァンリィェン)兄さんと話すことがあるから」と言って蒼蓮(ツァンリィェン)と共に建物の中へと入って行った。

(はな)れを用意した」

 瑞雲(ルイユン)杏花(シンファ)の手を取り、「こっちだ」とその手を優しくひいた。

 真昼の太陽が冷たい冬の空気を温めていく。

 それよりも先に、杏花(シンファ)の頬は赤く染まる。

 鼓動がうるさくて、自分の身体なのに、自由にならない。

「その……、すまない」

「何のこと?」

「緊張している」

 瑞雲(ルイユン)は立ち止まり、杏花(シンファ)と向き合った。

「ここに杏花(シンファ)がいることが嬉しい。楽観できる状況ではないことはわかっているが、でも」

「私も、やっと来ることが出来て、今とても嬉しいよ」

 杏花(シンファ)が笑うと、瑞雲(ルイユン)は「荷物は紅梅が持っているのか」と聞いてきた。

「そうだよ。いつも通り……、わあ!」

 身体が宙に浮いた。

 違う。瑞雲(ルイユン)に抱きかかえられているのだ。

「え、ど、どうしたの?」

「先に、私が一番好きな場所へ連れて行く」

 瑞雲(ルイユン)風火輪(ふうかりん)で浮かび上がる。

「私も飛べるんだよ」

「いつも……」

 綺雨(きう)の街の上を飛んでいく。

「いつも?」

「いつも、杏花(シンファ)は誰かのために飛んでいるから。私は、杏花(シンファ)のために」

「そ、そっか」

 頬の熱がひかないうちに、また顔が火照ってきてしまった杏花(シンファ)

 ただ、瑞雲(ルイユン)に言われたことを思い返してみると、こうして誰かに抱えられて飛ぶことはほとんどない。

「着いた」

 上から見たその場所は、街はずれにある霊木の切り株だった。

 ゆっくりと降りていく。

 すると、切り株から二本の木が生えていることに気付いた。

 瑞雲(ルイユン)が着地し、杏花(シンファ)も降ろしてもらう。

「これは……、桜の木?」

「両親が霊木に接ぎ木したものだ。左が兄上が産まれた時。右が私」

 霊木に接ぎ木されていることで、ずっと花を咲かせているという。

 雪の白と、桜の淡い色がとても可憐で。

 そして、少し悲しくて、あたたかくて、愛おしい。

「ここに来ると、父上と母上のことを思い出すことが出来る。それも、とても鮮明に。兄上もよく来ている」

 泣くつもりなどなかったのに、杏花(シンファ)の目に輝く雫は次々と零れ落ちていった。

「私には、この桜以上に素晴らしいものは贈れない。だからせめて」

 杏花(シンファ)仙力(せんりょく)を纏い、優しく風を起こした。

 風は桜に降り積もった雪をそっと運んでいく。

「お二人の大事なご子息を、生涯をかけて護ります」

 目の前が煌めいた。

 涙のせいではない。

 仙力(せんりょく)の光とも違う。

 瑞雲(ルイユン)も、隣で驚いた顔をしている。

「父上……、母上、なのか」

 光は杏花(シンファ)仙力(せんりょく)に沿って風の中を巡りながら、空を目指して昇って行った。

「私が瑞雲(ルイユン)の一生をもらってもいいってことかな……」

「ん?」

「え? 物じゃないのはわかっているよ」

「そうではなく」

 二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い始めた。

瑞雲(ルイユン)のご両親に挨拶できて良かった」

 泣き止んだ杏花(シンファ)を見つめ、瑞雲(ルイユン)は頷いた。

「離れに案内する」

「うん。よろしく」

 今度は二人で飛び、慈雨源郷(じうげんきょう)へ戻った。

 離れは部屋と呼ぶには立派過ぎるほどしっかりとした家屋だった。

 門があり、庭があり、池に橋も渡してある。

「こ、ここを借りていいの?」

「もちろんだ」

 二人で庭に面した入口へ向かう。

「一応、杏花(シンファ)の家と同じように靴を脱いでも過ごせるよう、掃除はしてある」

「え、ありがとう。嬉しい」

 さっそく靴を脱ぎ、部屋へと上がる。

「好い香り。いつも瑞雲(ルイユン)の服から香っているのと同じ?」

 瑞雲(ルイユン)は今までにないほど顔を赤くして頷いた。

「どうしてそんなに照れているの」

「わ、わからない」

 本当に自分でもわからないようで、戸惑いながら庭に立っている。

「中に入らないの?」

「あ、ああ」

 瑞雲(ルイユン)も靴を脱いで部屋へ上がり、自身の赤い頬をどうにかしようと手で扇いでいる。

「お、良い家だ」

「お兄ちゃん! (リン)……、琅雲(ランユン)義兄上(あにうえ)も」

 琅雲(ランユン)の顔が緩む。

「はい。義兄上ですよ」

 杏花(シンファ)まで瑞雲(ルイユン)と同じくらい頬が熱くなってしまった。

「なんで二人ともそんなに照れてるの?」

「わからない。瑞雲(ルイユン)もわかってない」

「変な妹と義弟。杏花(シンファ)、白梅を貸してくれ」

「え、良いけど」

 杏花(シンファ)は梅園を呼び出すと、白梅は蒼蓮(ツァンリィェン)の元へ。

 あとの二人には荷物の整理をお願いした。

「行くぞ、白梅」

「はい、蒼蓮(ツァンリィェン)様」

 三人が慈雨源郷(じうげんきょう)での滞在期間にどこへ行こうかと話し合い始めた時、蒼蓮(ツァンリィェン)と白梅は人気のないところへと向かっていた。

「白龍、霧を」

 白龍が口から純白の霧を吐くと、それが二人を包み、外から見えなくなった。

「これを渡しておく。杏花(シンファ)には言わないでくれ。教えるのもだめだ。絶対に」

 白梅が受け取ったのは、中の物が視えないほど黒い小瓶。

「中には何が入っているのですか」

「それは『神丹』だ。白龍が神力を使って作ったもので、五年に一つしか作れない。今あるのは俺が持っている分と、そして白梅に渡した二つだけ。使う前に、まず俺を呼ぶこと。間に合いそうもないときは、白梅、お前が……」

 白梅は蒼蓮(ツァンリィェン)の真剣な目に頷くしかなかった。

 蒼蓮(ツァンリィェン)の目が哀しく揺れる。

 それだけで、神丹が意味する危機を察することが出来た。

「かしこまりました」

 白梅は跪き、拱手(きょうしゅ)した。

「戻ろう。杏花(シンファ)が怪しむ。何か聞かれたら、俺からこれを受け取ったと言うといい」

 渡されたのは、鈍くなった五感を取り戻す丸薬。

「痛みも鋭くなるが、まぁ、悪鬼羅刹の中にはこっちの五感を奪う術を使ってくるやつもいる。後遺症が残ると命取りだからね」

「大切に使います」

「白梅のことは信じている」

「お任せください。杏花(シンファ)様の代わりに、杏花(シンファ)様を御守りいたします」

「もっと自分を救うことを優先してくれれば、こんなに心配しなくて済むんだけどね」

 二人は霧から出ると、三人がいる方へと戻って行った。

「あ、戻ってきた」

「じゃ、俺帰るわ。このままいたら、間違えて杏花(シンファ)を白龍に乗せちゃいそうだから」

「はいはい」

 琅雲(ランユン)は少し焦っている瑞雲(ルイユン)を見てつい笑ってしまった。

「また来る! 杏花(シンファ)はどこに迎えに来て欲しいのか、ちゃんと連絡寄こすんだぞ。じゃ、またねー!」

 蒼蓮(ツァンリィェン)は白龍に乗り、優雅に空へと飛んでいった。

「兄もここだと商売人の顔をしなくていいから楽しそうで良かったです」

蒼蓮(ツァンリィェン)兄さんは跡継ぎだから、いずれ星辰薬舗(せいしんやくほ)星辰(せいしん)王府の顔になる。いくつもの自分をもつのは並大抵のことではないからね。ここでは楽しく過ごして欲しいと心から思うよ」

 琅雲(ランユン)は十七歳で宗主の座を継いだ。

 先代(シュェ)宗主や、青鸞(チンルゥァン)の支えがあったとはいえ、とても大変な時期を過ごしたことに変わりはない。

 弟や親族、門下生を不安にさせないために、流すことが許されなかった涙も多かっただろう。

琅雲(ランユン)義兄上はどうして年下の兄を『兄さん』と呼ぶのですか?」

「ああ、それはじゃんけんで負けたからだよ」

「……え?」

「初めて会った時、蒼蓮(ツァンリィェン)兄さんは私よりも背が高くてね。私のことを年下だと思ったそうなんだ。それで、互いに自己紹介をしたら、突然、『兄さんになる方を決めよう』と言われてね」

「うちの兄がすみません……!」

「いやいや、嬉しかったよ。私には兄がいないからね。それに、蒼蓮(ツァンリィェン)兄さんは……」

 琅雲(ランユン)が何かを思い出したように微笑んだ。

「ずっと私の兄さんでい続けてくれている。それが何より嬉しい」

 杏花(シンファ)瑞雲(ルイユン)は幸せそうな琅雲(ランユン)を見つめ、そのまま白龍が飛んでいった空を眺めた。


 穏やかな日常を過ごした杏花(シンファ)瑞雲(ルイユン)は、琅雲(ランユン)に見送られ、門下生達と共に煌風(こうふう)へと出発した。

 途中、(シュェ)氏一行と合流し、菫鸞(ジンラン)も一緒に行くことになった。

 さらに、到着まであと一日というところで如昴(ルーマオ)茜耀(チィェンイャォ)柔桑(ロウサン)と各門下生達も合流した。

莅月(リーユェ)姉さん、大丈夫かな」

 あの日、泣き顔を見てからずっと心配だった。

 何度手紙を送っても、返事はない。

「心配ね。それに、佳栄(ジャロン)もおかしいし」

「ああ。前からあまり性格が良いとは言い難かったが、あそこまであからさまではなかった。兄妹の仲も良かった記憶がある」

 茜耀(チィェンイャォ)如昴(ルーマオ)も不穏な空気を察知しているようだ。

「うちは大変だったんだよ? 兄上がそれはもう怒っちゃって。煌風(こうふう)藤陵(とうりょう)に乗り込もうとするから、門下生総動員で止めたんだもの」

(シュェ)宗主の行く手を阻む自信はないなぁ」

 菫鸞(ジンラン)を含め、みんなが深く頷いた。

「みんなのお家はどうだったの?」

「うちは兄が怒っていたけれど、私がもう参加を決めていたから。ただ、弟が……。泣かせたくなかったなぁ」

 菫鸞(ジンラン)瑞雲(ルイユン)の顔が曇る。

「うちは祖父が『隙があれば(イン)氏と(フォン)氏を斬ってこい』って怒っちゃって。ねぇ、柔桑(ロウサン)

「父上もそんな感じだから、母上が説得していたよ」

 さすがは(ジン)氏、と、みんなが思った。

「私のところは珍しく父が声を荒げて、『(イン)氏と(フォン)氏に与している法霊武門(ほうれいぶもん)に、間違った者を選んだと後悔させてやる』と、憤っていた」

 杏花(シンファ)はよく知らないので反応できなかったが、他の四人はとても驚いている。

「兄は冷静だったが、修練場の巻藁(まきわら)がすべて斬られているのを門弟が見つけた」

 これには全員が驚いた。

(リン)宗主でもそうなるんだから、今回のことは異常だよ! 横暴すぎる!」

 菫鸞(ジンラン)は可愛い顔を膨らませて拳を前に突き出した。

 風圧で少し先にある木の枝が折れた。

「それ心臓に悪いから……」

 杏花(シンファ)を含め、五人の鼓動が少し早まったが、菫鸞(ジンラン)は全く気付いていない。

 そして、集合日当日。

 煌風(こうふう)の街の入り口で若蓉(ルォロン)扶光(フーグゥァン)も合流した。

「みんな、また無事で会おうね」

 若蓉(ルォロン)は持っている鞄をぎゅっと抱きしめながら俯いた。

「大丈夫だよ、若蓉(ルォロン)兄さん。欒山(らんざん)を案内してもらう約束、したでしょう?」

 扶光(フーグゥァン)も今回ばかりは杏花(シンファ)の言葉にうなずき、「義兄上、杏花(シンファ)との約束、果たさないといけませんよ」と言った。

「うん。私、頑張るよ」

 八人で歩いていると、(イン)氏の兵士二十人がやってきた。

「ご案内いたします」

 有無を言わせないといった様子。

 街中で乱戦するわけにもいかないので、八人と門下生たちは大人しくついて行くことにした。

 煌風(こうふう)の街は賑やかで、(イン)氏が放つような威圧感は感じない。

 ただ、武器を携帯している人が多い、という印象はある。

 (イン)氏の根城である螢惑(けいこく)城を横目にしばらく歩いて行く。

「あれが螢惑(けいこく)山?」

「そうだよ。とても素晴らしい霊山なのに、このあとすぐに穢される」

 菫鸞(ジンラン)が前を歩く(イン)氏の兵を睨みながら言った。

 大秦国(だいしんこく)には数多の霊山がある。

 その中には、螢惑(けいこく)山のように鬼幻(きげん)界と繋がっている場所があり、その地域を護る法霊武門(ほうれいぶもん)がその結界を護ってきた。

 それを今回あえて解き、殺し合いをさせようというのだから、菫鸞(ジンラン)を始めとして法霊武林(ほうれいぶりん)の人々が怒るのは当然だ。

「こちらより先が開会式の会場でございます。それぞれの家紋が入った旗が立っておりますので、その場でお待ちください。(シン)殿は(リン)氏と同じ場所へどうぞ」

 杏花(シンファ)は梅園を召喚し、自身の後ろにつけた。

 「またあとで」と、本当に叶えられるかわからない約束をし、それぞれ門下生を伴って旗の下へ向かった。

 すでに中規模、小規模法霊武門(ほうれいぶもん)の門下生達は会場後方に集められており、その顔は皆一様に引きつっている。

(イン)氏と(フォン)氏の旗もある。参加するんだね」

 瑞雲(ルイユン)は頷き、その両家の旗を睨んだ。

「あ、来た」

 (イン)氏と(フォン)氏の旗の下が埋まった。

莅月(リーユェ)姉さん……」

 俯き、顔色も悪い。

 突如、銅鑼の音が響き渡った。

 筋骨隆々とした身体が灰色の深衣(しんい)で隠しきれていないほど大きな壮年男性が、漆黒の壇上へ上がる。

「静粛に。ここに集まりし若き武士(もののふ)達に感謝しよう。再び、武勇を示す機会を取り戻すことが出来た。これより、一ヶ月間に及ぶ鬼幻(きげん)祭祀を執り行う」

 どうやら、あの男性が(イン)宗主らしい。

 その隣に、水色の深衣(しんい)を着た痩身男性が立ち、話し始めた。

「それでは、各部門の目標討伐数を発表いたします」

 顔が佳栄(ジャロン)にそっくりだ。

 (フォン)宗主だろう。

欒山(らんざん) (ニー)氏、五千体」

 会場がどよめいた。

 若蓉(ルォロン)の顔が青ざめていく。

 扶光(フーグゥァン)若蓉(ルォロン)を支えながら壇上の二人を睨みつけた。

氷妃河(ひょうひが) (シュェ)氏、六千体」

 杏花(シンファ)の瞳が光る。

 (シュェ)氏は門下生も精鋭ではあるものの、菫鸞(ジンラン)しか世子(せし)がいないにも関わらず、(ニー)氏よりも千も多い。

夜湖(やこ) (ジン)氏、八千体」

(実力で倒せる数よりも多く設定しているんだ)

 いったい、何のためにここまで追い詰めるようなことをするのだろうか。

煌風(こうふう) (イン)氏、八千体。藤陵(とうりょう) (フォン)氏、七千体」

 感覚だが、どちらも少し少ないのではないかと、杏花(シンファ)は思った。

紅葉山荘(こうようさんそう) (レイ)氏、六千体」

 (レイ)氏も如昴(ルーマオ)しか世子がいない。

 このままでは、みんなあまりに危険だ。

「そして最後……。綺雨(きう) (リン)氏、一万二千体」

 会場が静まった。

「息子たちからの報告や、雅楽での成績を基に熟慮した結果、(シン)殿の力は未知数であり、天宮閣(てんきゅうかく)でもその実力は測れないだろう、と。そこで、我々からの願いを込めて、一万二千体とさせていただきました」

 激しい轟音と共に、二人の宗主が立っている壇の三分の一が風圧で弾け飛んだ。

「おや、(シュェ)公子(若君)。どうされましたか? まさか、(シュェ)氏は祭祀に不満があり、異を唱えるおつもりで? 氷妃河(ひょうひが)や兄君のことを思うなら、自重されることをお勧めします」

 このままでは菫鸞(ジンラン)が、(シュェ)氏が標的になってしまう。

 杏花(シンファ)が駆け寄ろうと動くより前に、(シュェ)氏の隣の列に並んでいる茜耀(チィェンイャォ)柔桑(ロウサン)が止めに入った。

 今回の鬼幻(きげん)祭祀への参加条件に、『此度の祭祀に異を唱える者、法霊武林(ほうれいぶりん)に対して不遜とし、粛清対象とする。祭祀の途中で逃げ出した者が一人でもいる武門(ぶもん)も同罪とする』と記されてあるのだ。

「友人が危険だと悟れば、誰でも怒りは沸くというもの。この程度のことで過敏になる(フォン)宗主こそ、自重なさっては?」

 茜耀(チィェンイャォ)の言葉が響く。

「さすがは(ジン)氏の御令嬢。その通りですね。失言を謝罪いたします」

 (フォン)宗主はまるで何もなかったかのように微笑んでいる。

 その笑顔が嘘くさくて(おぞ)ましい。

 一連の出来事を、(イン)宗主は鼻で笑う。

「これより先は深き闇。皆、心して挑め。生きて帰ってくることを願っている」

 再び銅鑼の音が鳴り響き、紅梅が「……結界は正しい手順で解かれたのではなく、破られたようです」と囁いた。

「出陣せよ!」

 (イン)宗主の掛け声に合わせ、まず(イン)氏が山へと入って行った。

 続いて(フォン)氏。あとは前の列に続いて入山した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ