血塗れの井戸
街の城壁を出て1時間ほどだろうか?森の中をひたすらに一列並んで進んで行く、話を聞くところによると我々は野盗討伐の為に集められたのではなく最寄りの我が町ブルーノ市へ村人が避難したために斥候隊として派遣されるようだ。
「しかし暑いな」
そう局長が愚痴るのも無理はない、今は6月中旬で尚且つ普段空冷魔法の効く室内で事務作業をしているので余計に暑いのだ。
「暑いか?少年」
「いえ、大丈夫ですよ」
一番最年少と言う理由で荷物を持つ代わりに襲われにくい真ん中にいる自分は正直かなり厳しかった。
気を紛らわせようとポケットに手を入れると紙に当たった。
「なんだ?」
取り出すと昨日渡された市長からの手紙だった。
「本の注文?帰ってからだな」
軍隊関連の書物らしい題名が書いてあったが恐らく昔過ぎて手には入らないだろう。
そんな事を考えながら商品検索画面を見て気を紛らわせることおよそ1時間木漏れ日の先に光が見えてきた、どうやら森を抜けたらしい。
「気を引き締めろ」
誰かが言った。微かに鼻につく焦げた匂いに混じって鉄のような臭いがする。
道を逸れて雑木林を抜けると数軒の屋根が燃え落ちて煉瓦造りの壁が煤で汚れていた。
「これは酷いな」
「おーい!生き残りはおるかー!」
「ブルーノ市からの救援だぞー!」
そんな事を口々に言って焼け焦げた建物沿いに捜索して行くと村の中心へ出た。
「あの井戸おかしくないか?何か付いているぞ」
周囲を家で囲まれたど真ん中にある共有井戸には人間のはらわたがべっとりと服を掛けるようにして掛かっていた。
「ひっ!」
中を覗くと逃げ遅れた女性や子どもが乱暴された挙句に放り込まれていた、もちろん生き残りは1人としておらず腐った水の臭いに顔を歪ませる。
「クソッ!一旦引き返すぞ」
飲み水を得られない事が確定し局長の指示で来た道を引き返した、完全に無駄足である。
郊外の木々には逃げ遅れた老人が掛けられて目玉をカラスがほじっていた、遠ざかる村の影に動く人影が映るがどうにもならない。
市をU字に囲む10mはある高さの防壁、その正門の門番の隣で座り込む人影が見えた、我々に気付くと走って近寄ってきた。
「女房は?子ども達は何処です?」
焦燥した顔で言った。
「お前たちは帰ってな」
局長がそう言うと2人は話し込んで男は膝を崩して泣き出した、絶叫が壁内まで聞こえる。
「ただいまー!」
玄関を開けて鼻につく香りに気づく。
「おかえり、お昼ご飯は軽くで良いわよね?」
テーブルには豆のスープとライ麦パンが既に用意されていた。
「ありがとう」
「それで山賊の方は大丈夫だったの?」
スープをすすりながら。
「いや全然、この場で言えないくらい酷かった」
「そう…あまり聞かないでおくわ」
しばらく静まり返った中で食事をした。
―――
1週間が経過したある日の事、地下工房で試作品の銃をフリマから取り寄せた書籍を見ながら設計をしていた。
試作品の銃はマスケット銃と言う物をほぼそのままコピーして生産することになったが、今の設備では簡単には発火装置の数を揃えられないので100円ライターから点火装置をもぎ取り火打石の代わりに使用した。
何故数を揃える必要が出たのかと言えば数日前に遡る。
―――
市役所の地下工房でドワーフと鉄砲について本を見ながら勉強していた時だった。
「佐藤は居るか?」
「ハイ、なんでしょう?」
そこにはアルノー局長が居た。
「街の防衛に関して帝国中央政府から通達が出た、説明するから来て欲しい」
この世界では魔伝、つまりは魔力で動く無線機で半径10キロ制限で情報をやり取りしている為に伝言ゲーム方式で1000キロ先の首都とやり取りをしているのだ。
局長室に案内をされた、普段ならお手伝いの局長所有の獣人奴隷が居るが人払いされ廊下に出されていた。今この部屋には自分とアルノー局長だけである。
「この前村が襲撃にあった事を帝都に報告したところ脱走兵ではないかとの返答が中央政府から昨日返ってきた、それと地方方面軍の警備を強化する代わりに地方都市の防衛部署の武装に制限を付けるとも言ってきた」
「何故です?武装して脱走兵の襲撃に備えなければならないんじゃないですか?」
「どうやら皇帝は都市の防衛隊から逃げたと思っているらしい」
「そんな!あまりに理不尽ですよ!」
「今市長が意見具申の為に首都に行ってるよ、まぁ無理だろうけど」
「それで制限されるのはどんな武器なんです?」
「槍とクロスボウが対象だ、両方とも素人でも比較的短期間で訓練が出来るからその点の目の付け所は確かだな」
ため息をつきながら言った。
「銃は制限されていないんですか?」
「そうだ!そこで頼みがある、今までのハンドキャノンのようなドワーフしか使えない重い小型砲ではなく誰でも短期間で訓練して使用できる兵器を開発してくれ」