酒盛り
初仕事を終えた夕暮れの事、彼はビールを手に歓待を受けていた。
「可愛らしい顔つきなのに飲むねぇ!」
組合長は真っ赤だ。
冒険者御用達の街で一番安い店を貸し切って行われたこのドンチャン騒ぎには課の仲間達であるドワーフ達が多く参加していた、一部のエルフや人間は市長の奢りによる酒盛りに便乗して参加した他の職員である。
「しかし市長が奢るなんて珍しいね!」
「だよな!」
ニコニコ笑顔で酒盛りをするエルフとドワーフを横目に肉厚のステーキを食べていると隣の席に人間の青年が座ってきた。
「佐藤さんですね?」
「そうですよ、僕が佐藤です」
周りをキョロキョロ見ながら封筒を渡してきた。
「市長からの手紙です」
小声で微かにそう言った。
渡してから青年は外へと直ぐに出て行った。
その後多種多様な酒を飲んでは吐いてを繰り返して翌日は路上で突っ伏しながら朝焼けを見る事になった。
―――
胃液の酸っぱさに顔を歪ませて家の扉を叩く。
「はーい?」
しかめっ面のメラニーが寝癖を直しながら出てきた。
「いつまで飲んでたの?」
若干怒りの籠った声で聞く。
「朝日が出た頃はもう終わってたよ、それより朝ご飯は?」
「昨日用意したご飯があるから温めてそれ食べて」
そう言うと商店のある通りに向かった。
玄関に入り机に目をやるとうまそうな食事が並べられていた。
初歩のアンチコラプション術の掛かったトレーの上には果物を使ったジェル状のソースのかけられたステーキと蒸したジャガイモの上にはハーブ入りバターと言う普段より手の込んだ料理があった。
「しまったなぁ、一度帰るべきだったか?通りで若干機嫌悪かったんだなぁ」
このトレーは割と高価でなんと標準的な物の10倍、つまり30燕もするのだが保存と加熱の両方の機能がある。
魔力を注ぎ入れるとほんのりと湯気が立つのがわかる。
肉汁が溢れ出しまるで焼きたてのようだ、電子レンジとは違い肉がパサパサに乾く事はない。
口に入れると噛み締める度に肉汁が口の中に溢れ果物の酸味と混ざりサッパリとした旨味が広がる。
芋はホクホクとした食感とハーブの辛味が重なりこの料理が彼女が腕によりをかけて作った事がわかる。
「悪い事しちゃったな」
食べ終わり洗い物を済ませると丁度玄関から声がした。
「ただいま」
「おかえり、ごめんね帰り遅くなって」
「いいのよ仕事するってそう言う事だって船長が前に言ってたし」
「本当にごめんよ、ご飯美味しかったよ」
「ありがと」
丁度その時だった。
窓の外から鋭い半鐘が響く。
「防衛局!防衛局員はおるか!」
玄関を開けて検問所の兵士が駆け込んできた。
「どうしたんだ?」
「市の直ぐ外にある村が野盗に襲われました!直ぐに市役所まで行って下さい!命令は総動員です!」
息を切らして言った。
「ありがとう、すぐに向かう!メラニーは家で待ってて」
「無理はしないでね!生きて戻って来てよ!」
彼が息を切らして市役所に辿り着くと他の人員は全く揃っていなかった。
「気持ち悪いわ」
「そりゃしこたま飲んだからな」
防衛局員は大半が二日酔い状態で中には吐いている者もいた、詳しく言えば総勢30人中13人しか集合出来ていなかった。
「どうするんですかコレ」
「大丈夫じゃねぇかな?」
真っ赤な顔でそう言った。
辺りを見回すと昨日のハンドキャノンが2丁と槍などが地面にひとまとめにされてあとは各自が個人で持ってきた短剣が腰にぶら下がっていた。
「本当に大丈夫なのか?」
そう呟いたが事態は変わらない。
「せいれーつ!各自武器持てよー!」
気の抜けた掛け声で一列に並ぶ、自分の武装はフリマ産の鉈とハンドキャノンである。
「安くはないからな、特に火薬は濡らすなよ」
そのように前に並んでいたエリンコが注意した、彼の武装は槍一本である。