第五話 ハジマリ
高校を出てから俺は本気で就活を始めた。住む場所も部屋を借りる金も無かったため、何度も落とされた。
オープニングスタッフですら何十社も落とされたときは、全力で挑んだ分の反動で心が折れそうになった。
だが、それでも俺は生きるために必死で受け続けた。
(生きるために、花宮さんに会うために、そして……運命を変えるために)
そんな日々を送り、一年強。花宮さんの命日が近づく頃のことだった。
俺はとある寂れたコンビニに面接を受けに来ていた。履歴書は用意してある。今までの経験を全て書き込んだ。
「それじゃあまず自己紹介をお願いします」
「はい、音無祐希、高卒です。その後、行き場もないのでホームレスになってました。趣味は特にありません。特技は、生きるためならどんなことでも出来るガッツで……」
面接官からの質問に淡々と答える。
正直に答えた。嘘はついていない。話し方も、百を超える面接で様になった気がする。
「そうですか……他に何かありますか?」
「いえ、無いですね」
「ありがとうございます。採用させていただきますね」
「はい! よろし……え?」
思わず聞き返してしまった。まさか、こんなにもあっさりと受かるとは思わなかったからだ。
いや、アッサリでもない。何度も何度も門前払いにされた末に、だ。
「いいんですか、俺、ホームレスですよ?」
「もちろん。それにあなたは、とても真面目そうな顔をしているから」
その言葉にドキリとする。確かに、今の俺は真顔だ。表情筋を動かす経験が、花宮さんと一緒にいるときしかなかったから。
「部屋も、三階の空き部屋を使っていいからね。じゃあ、明日から頑張ってね」
「はい、これからよろしくお願いします!」
こうして俺は職を得た。
まあ毎日、朝から晩まで身体がバラバラになるかと思うくらい働いたし、俗に言うブラック企業って奴なんだろうなとは思っていたが。
(でも働けるだけ、ありがたい!)
おかげでギャンブルも借金もしなかった。収入が得られた、社会的に認められた。
花宮さんに誇れる自分になれた気がして、嬉しくて嬉しくてたまらない。
それからはひたすらに働いた。失敗も多かったが、中学までの辛い経験と比べたら屁でもない。
おかげで時が経つのは早かった。復讐もしなければいけないと思いつつも、まあいいかと流してしまうくらいには。
いまはクリスマスのシーズンで、余ったケーキの一部は割引で店員が買い取らなければならないらしい。
「自爆営業じゃん」
そう呟きながらも、俺は一番高いケーキをテーブルに並べていた。
休日くらい奮発しようと思った……というのは建前で、俺の誕生日を祝っていたなかったからだ。
「やっと、俺が生まれた気がするよ」
思えば、こうして誕生日を自分で祝った経験は無かった。家族からはクリスマスと正月のオマケにされた。祝ってくれたのは花宮さんだけだった。
「ハッピーバースデー、トゥーミー」
口ずさみながら、蝋燭の火を吹き消す。二十本もの蝋燭を一気に消すのは、なんとも言えない達成感があった。
やっと。やっと俺の人生が始まる。
これから何をしよう。復讐よりも先にやりたいことが出てきた。
缶ビールを一杯グイッとやったり、スマートフォンを買ってみたり、迷惑客の対処のため格闘技を習ってみたり……
「いや、早く食べよう」
悪くならないうちに、とフォークを取ろうとした。
(――ッ!?)
ドクン。と、今までにないほど心臓が強く鳴った。
まるで血が逆流しているかのような苦しみが身体中を走る。
「なん、だっ、これ……!?」
吐き気を催すほどの不快感に襲われ。
それは突然訪れた。
「うぐっ!?」
体中に電流が走ったかのような痛みが走り、体が硬直する。
呼吸ができない。視界が霞む。
この感覚は知っている。前世で首を吊り、命が潰えようとしているときと同じだ。
意識が遠のいていく。もうすぐ死ぬ。なんで? 俺はようやく認められたのに?
(嫌だ。死にたくない!)
やっと人生が始まったんだ。あのときとは違うんだ。ここで死んでたまるか。
生まれ変わった花宮さんに会うまで、絶対に死なない。何が何でも生きてやる。
俺は必死に手を伸ばす。だが目の前にあるはずのテーブルには手が届かない。
「くそ……ッ!」
そのとき、頭の中で声が鳴り響いた。
――未練を晴らせ。
それは、前世で死の間際に聞いた幻聴と同じ声。
(誰だ、お前は……)
言葉にならない理不尽な怒りを抱きながら、俺の意識は闇へと落ち――
〜〜〜〜〜〜
「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」
(――は?)
俺は、始まりの年齢へと戻されてしまった。