第二話 ワガママ
俺と莉世は、揃っていつもの小学校へと進学した。
見慣れた教室、聞き飽きた先生の挨拶。
「……来やがったか」
そして、俺の宿敵。
「ねー、なんでそんなにブサイクなのー!?」
大声で俺の短所を叫び、地位を低いものとしてくるクソ女……七瀬美香。
本に出てくるようなリボンが括る、セットされたフワフワの髪。この歳で顔立ちも整っており、歯並びも綺麗だ。
きっと親にとっては、大金よりも大切なのだろう。ただ大事にされすぎて、性格は不綺麗なようだが。
「俺たち初めて会ったのに、そんな言い方ひどいだろ」
「顔キモい、声もブサい、それにクサいし、ハゲ! こんなのが同じ場所に居るの、耐えられないんだけど!!」
酷い我儘だ。どうやら今回の奴は、年相応に振る舞って俺をターゲットに仕立て上げるつもりらしい。
「ねー先生! 『しょーしゅーざい』って教室に置けないの!?」
「なに言っているの。同じクラスのお友達でしょう、そんな言い方」
「あんなのトモダチになりたくない! それにワタシに文句言うなら、おとーさまに言いつけるから!」
「うーん……なら、えらーい校長先生に言ってみるわね」
困り果てた先生は、小さな女王の無理強いを誤魔化そうとしていた。
要求が通らないと悟ったのだろう。七瀬美香がズカズカと俺の席に近寄り、指をさして大声で怒鳴りつけてくる。
「ねー、おまえ明日から来ないでよ!」
「まだ入学したばかりだろ」
「キモいビンボー人なんて見たくない!」
「毎度毎度、いい加減に」
「それは酷いんじゃないかな」
立ち上がり反論しようとした俺の前に、貼り付けたような笑みを浮かべる花宮さんが入り込む。
怖くないのか。前世は彼女に殺されたのに。やはり彼女は本当に強い。
「なに? そういやアンタの服もダッサいよね」
「貧乏だしね。でも、生まれは選べないじゃん」
「ほら、ここ! 穴空いちゃって、かわいそー」
「ひっ……!?」
「莉世!」
だが奴に腕を掴まれた瞬間、澄まし顔から一瞬で余裕が消えた。
やはり無事ではなかった、無理をしていたんだ。
なぜ守られようなどと甘えたんだ、俺は。すかさず奴の手を振り払い、彼女を後ろへ避難させる。
「え、なに。触っただけで震えるとか、ウチュー人なの?」
「……口を開けば悪口とワガママ。我慢って言葉、知らないのか」
「うるさい! アンタがクサいのがいけないの、みんなもそう思うよね!?」
いずれ無くなる良心の呵責からか、周囲の連中は互いに見合いながら控えめに頷く。
「ほらやっぱり! お前は価値の無い、カチナシだ!!」
「……」
ああ、この周でもそうなのか。
コイツは俺を徹底的に貶めなければ気が済まないらしい。
「そんなウ○コに群がるアンタも、ハエと同じよ!」
「……気に入らなかったらハエ呼ばわりかぁ。食べ物会社の娘さんが聞いて呆れるね」
「うるさいハエ女!」
「おい」
ならば早急に手を打つに限る。
声を低く、重く響かせながら、俺はヤケにデカい自分の目玉をギョロリと奴へ向けて睨みつけた。
「それ以上、莉世をハエと言ってみろ。そのときはお前を惨たらしく殺し尽くしてやる」
「むご? ……や、やれるものなら、やってみなさいよ!」
「なんなら今やってもいいんだぞ。俺には覚悟と義務があるからな」
「なっ、なによコイツ……!」
「ん、えちょっと?」
普段ならやり返されているところだが、今回は違った。
我儘なお嬢様は怖気付いたのか、捨て台詞を残して教室を離れていってしまったのだ。
「逃げちゃった」
すっかり調子が狂い、消化不良なおかげか後頭部をボリボリと掻きむしった。
「祐希、いまの」
「まずかったかもな。けど、どうせ上の人間に従うだけのモブ共だ。力関係を示せば鼻クソほじっていても着いてくる」
「……」
これまで周回バレが怖くて弱々しく年相応なフリをするのも悪手だったのだろう。
最初から「コイツは怖い奴だ」と思わせておけば、それだけで一定の地位は確保できる。友達は莉世以外に必要は無いからな、七瀬美香の味方にならなければ、それでいい。
「それより大丈夫? 無理もないよ、あんなことされたんだから」
「私は大丈夫。それよりも」
まだ怒気が収まっていない俺を憂うように、彼女が哀しげな、そして後悔をいっぱいに詰め込んで呟いた。
「……祐希に、あんな姿を見せたくなかった」
「……うん」
ずっと花宮さんが『事故』で済ませていた理由、今ならわかる。
だけど、もう俺は喪失感を知ってしまった。故に、彼女を守るための雄にならなければならない。
「もう、あんなことは二度とさせない。必ず奴を破滅させる」
「……それなんだけど。あの後、七瀬美香は何て?」
「次のワタシは、許してあげてって」
「……」
「許せるわけないだろ、あんなクソ女。今世では必ず、惨たらしく」
「ねえ、一つ提案なんだけど」
だが確信を表情に浮かべた莉世が、信じ難い提案をする。
「今回は、彼女を許してみない?」
「……は?」
それは我儘で傲慢な女王への隷属を認め、生殺与奪権を差し出すようなものだった。




