第二話 トモダチ
昼休み。さっそく花宮さんは有象無象に取り囲まれて質問責めにあっていた。
彼女は笑顔で応えているようだが、これでは近づけないし話せない。
「えっと、音無君……だよね」
「う、うん」
思いっきり他人ぶっているが、これは彼女なりの助け舟なのだろう。
「私、まだどこに何があるかわからないんだよね」
「っ、ぼく、美化委員で学校に詳しいんだ。案内するよ」
要はゴミ掃除委員だ。放課後に残らされるため人気がなく、無理やり押し付けられたものだが役に立つとは思わなかった。
そんな底辺が話しかけたことで、周囲の空気が沈黙へと変わり、目線は一気に俺の方へと向いた。
「おいカチナシのくせに、なにしゃべってんだよ」
「……」
ゴミはどっちだ。彼女に近寄るな。
(あ、やべ)
思わず、胸ぐらを掴もうとしてきた男の鼻を軽く殴ってしまった。
奴は運動が出来て粗暴な人間だ。
悪い、花宮さん。俺、死んだわ。
「ってぇなあ、ゴミ!!」
「やめて!」
男が青筋を立てて俺に殴りかかろうとしたが、花宮さんが間に入る。
「喧嘩、よくないよ。仲良くしなくちゃ。ね?」
「う……うん」
そう言って花宮さんは、優しく微笑んでくれた。
幼いながらも彼女は本当に可愛らしかった。そんな美少女に頼まれて、断らない男は居ないだろう。
「じゃあ音無君。案内お願いできるかな?」
「あ、うん。任せて」
俺は、花宮さんの手を引いて教室を出て、人気のない踊り場へと避難する。
「ありがと……助かったよ」
「別にいいよ。音無君がどうしてそんな性格になったか、見て理解できたし」
「……正直、こんな地獄にどうして花宮さんが来たのかわからないんだけど」
「実は親が転勤で。で、偶然この学校に引っ越すことになったの。すっごい偶然。それで、音無くんがいるクラスだって聞いて」
「嘘だね」
「……やっぱバレるかぁ」
肩透かしを喰らったかのようにため息をつく。俺の言葉が意外だったのだろう。
「俺、いちおう高校出てから東京の会社に内定もらってたからね。嘘や方便も覚えたっての」
「ふぅん。それで、父親には恩返しできたの?」
「……っ」
花宮さんが亡くなってからの出来事を、途切れ途切れになりながらも伝える。
「……そんなもんだよ。親なんて」
「えっ?」
「まあ、それはともかく。十年くらい早く会いにきた私に、なにか言うことあるんじゃない?」
「っ、そうだよ……!」
おかげで小中学という地獄に陽光が差し込んだのだ。
だから俺は花宮さんの手を取り、精一杯の想いを伝える。
「会いに来てくれてありがとう、花宮さん。すごく、嬉しい」
「……うん。うんっ」
俺の味方は彼女しか居ないのだ。
涙腺が解け、目を潤ませてしまう。そして、そのまま抱擁しかけたが。
「っ、いやこれは……」
「はぁ。君、そういうところヘタレだよね」
「いやいや、さすがに……」
「どヘタレ」
「酷くない!?」
まあ色々とあったが、それからの一週間は非常に充実しており、また光の速さで過ぎていった。
「この学校には暗黙のルールがある」
「窮屈だね」
「ま、まず……七瀬美香には逆らってはいけない。この地域には奴の父が社長をしている食品業者に勤めている人も多いため、逆らいたくても逆らえないんだ」
「ナナセフーズ、だっけ? この街に大きな工場があるのを見るに、相当な雇用を抱えていそうだもんね」
「それに、母も教育委員会に顔が効くPTA会長だから学校側も忖度をする。結果、小学校に入った瞬間に絶対君主制を敷くことができるってわけ」
「その挙句が虐めを写真に撮って卒アルにも載せようとする教師の誕生だなんて、いっそ爆破したほうが世のためじゃないかな」
「さすがに、そんな物騒なことは御免だよ……」
そんな理不尽なルールの中でも、花宮さんは上手く立ち回っていた。
休み時間になると、クラスの女子たちと楽しく談笑している。彼女から笑顔が絶えることはない。
俺が教えていることなんて、ほんの一部だ。だから俺の知らないことも覚え、飲み込み、活用しているのだろう。
「リゼちゃん、いつも笑顔だね」「見てるこっちも楽しくなるよね」「だよね〜」
男子だけではなく、女子までもが今では彼女の虜になっているようだ。
「それに比べてカチナシはね」「ほんと、なんで生きてるんだろ」「だよね〜」
また、俺へのイジメがエスカレートしていた。なにより陰口が増えた。
俺がクラスのガキ大将に逆らったことが原因だろうが、そもそも逆らわなくてもイジメはエスカレートしていただろう。
というか性根腐りすぎだろコイツら、本当に低学年か?
「おはよう、花宮さん。アンタ、随分と人気があるそうじゃん」
そして、一番性根が腐っている奴が、彼女の前に立ち塞がる。
「そうみたいだね。それがどうかしたの?」
「ねえ、アタシと友達になってよ」
「……!」
しまった。七瀬美香は、花宮さんを懐柔しようとしている。
俺の後ろ盾を外して、徹底的に追い込むつもりなのか。まずい、間に入らねば……
「いいよ。私もあなたと仲良くなりたいと思ってたし」
「っ……!?」
「マジ!? やったー!」
なんてことだ。彼女が寝返るだなんて。
七瀬美香がわざとらしくはしゃいで、新しい友達に命令した。
「じゃあ、あのゴミ虫の友達を辞めて、殴ってきてよ!」
「アイツ……!」
俺は拳を強く握っていた。あのクソビッチは俺の唯一の友達をも奪う気なのだ。それも、最悪な形で。
「それはできないかな」
「っ!」
「……は?」
だが、千世ちゃんは七瀬美香の命令を断った。予想外の答えが返ってきたことで、奴は動揺している。
「だって、友達ってそういうものじゃないでしょ。誰かを虐めてって命令するのは間違ってるし、そういうことはしたくない」
「……ふーん」
「だから仲良くなりたい気持ちはあるけど、そういう感情を持っているなら出来ないかな」
圧倒していた。笑みを作りながらも、七瀬美香に冷徹な眼差しを向けている。
だが七瀬美香も、立ち振る舞いを理解している。すぐに顔に余裕を戻すと。
「そっかぁ。残念だけど、仕方ないか」
それだけ告げて、自分の席に戻っていった。
意外だった。もっとしつこく来ると思っていたのだが。
「……すごい」
「これで終わるといいんだけどね」
このときは、彼女が無敵超人のように輝いて見えていた。
だが、二週間ほど経ったある日のこと。
「なんだよ、これ」
親なし。ビンボー人。お下がりばかりのドブネズミ。親に捨てられた、かわいそうな子。
教室に入った俺が目にしたのは、黒板に塗りたくられた悪意と、それを前にして俯く花宮さんだった。




