第六章 僕らの船2
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「類、はじめくんを保護できた。今は落ち着いているし、このまま類の家まで連れて行けると思う」
理央はインカムのマイクに話した。類のタブレットと通話をつないでいる。
『理央、今どこにいる』
「島の外周道路の途中。病院の近くまで来た」
『わかった。少し前に澪が、君のガウスガンを持って出た。外周道路に沿っていくように指示してるから、途中で落ち合ってくれ』
「なにかあったの?」
緊張する理央に、類は亡命計画を説明した。島全体を船にするためには、二本の橋を破壊しなければならない。
「よくわかんないけど、とにかく私は橋を破壊すればいいのね」
『はじめを澪に引き渡して、かわりにガウスガンを受け取ってくれ。君にばかり危険なことをやらせて申し訳ないが……』
「いいの。私にしかできないことでしょ」
理央はおおらかに答えた。みんなのために働けることが純粋にうれしかった。
『あと、はじめくんは澪にすぐなつくと思う。澪はね、夢の中で、もうすでにはじめくんと仲良しだったの!』
類は笑いだした。
「澪は自由だなあ。それから、澄人くんが快方に向かっているらしい」
理央は、ああ! と歓喜の声をあげた。
理央は、澄人を実の弟に負けないくらい大切に思っていた。十四歳で特殊な武器を背負わされ、それが自分の存在意義だと信じて働いてきた彼を、理央はずっと痛々しく思っていたのだ。
『遥馬の話だと、橋の破壊に監視者たちもプラスチック爆弾を使用すると言ってくれている。ただ、威力はあまり期待できない。君はすでにわかっていると思うけど、ガウスガン以外、彼らは建造物に威力のあるような武器を装備していないんだ。もともとこの狭い島の中で対プラチナベビーズとの交戦しか想定されていなかったし。このメガフロート自体を破壊しないようにという配慮もあったと思うけど』
遥馬と交渉を終えた類は、すっきりとした力強い声をしていた。なにかがふっきれたようだ。
「じゃ、私が頑張らなくちゃね。類、橋はふたつある。どっちから?」
『破壊に時間がかかると思われるみどり大橋から行きたい。今、武装隊が向かっているらしいから、合流してくれ』
類の声がヘッドセットから流れた。
「了解」
理央は類との通信を切って顔を上げた。
はじめが道路の先をみつめている。急に片手を上げて、ぶんぶんと振り回した。
「ミオだ!」
澪が、えっちらおっちらと、買い物用カートを押してくるのが見える。ホームセンターなどにある大きなカートだ。ミナトタウンで調達したのだろうか。荷台には大きな銃を載せている。
「ミオだ。ほんとにいた。ほんとにいたんだ!」
はじめが、奇跡を見たように目を輝かせた。
「理央ちゃん、ガウスガン、持ってきた」
理央とはじめ、ふたりの前に立った澪が、はじめを見て、いたずらっ子のようににやりと笑った。
「おーい。はじめ、今、腹減ってるだろ。類んちでバームクーヘン食べるぞー」
「おう!」
理央はふたりの様子を見て少しあきれた。まるで小学生だ。一体、夢の中でどんなやりとりをしていたのだろう。
澪はきっと、はじめの保護者ではなく友達になることにしたんだ、と思った。
理央はカートに乗っていたガウスガンを肩に担いだ。因縁の相棒が手元に戻ってきた。
澪は、駆け寄ってきたはじめをひょいっと抱きあげ、さっきまでガウスガンを運んでいたカートに座らせた。
「しゅっぱーつ」
「しんこー」
澪がカートを押していく。はじめの薄茶色の前髪がひるがえり、午後の陽に透ける。半分焦げて穴のあいた服が、海風にそよいでいる。
ふたりが楽しそうに道路を走って行くのを、理央はまぶしげに見送った。
※ ※ ※
みどり大橋は全長二五〇メートルの吊り橋だった。海中からつきだした橋脚は、二股のフォークのような形で等間隔に並んでいる。その頂点を通るメインケーブルは巨大な放物線を描き、そこから海面に垂直におろされたハンガーロープが、橋桁を吊っている。
橋のたもとにはすでに、一小隊が集まっていた。
武装した少年少女たちは、海岸沿いの外周道路に理央の姿をみとめると、道をあけて迎えた。
理央はガウスガンを支える手が、少しだけこわばるのを感じた。
(裏切り者。今でもそう思われているだろうか)
小隊長、竹内綾乃が口火を切った。
「おかえり。狩野理央」
綾乃は今日も制服のスカートを短くしてスパッツを合わせている。小型サブマシンガンが彼女の得物だ。
「おかえり」
「おかえり」
次々かけられる言葉を受けて、理央は大きな声を張った。
「みんな、勝手に出て行ってごめんね。でも私、誰とも戦いたくなかったの。私たちの敵は違うところにいるはずだから」
いつのまにか、理央は少年少女たちの中心に立っていた。
「だから、姿を見せないそいつらと戦おう」
おう、と声が上がった。
「難しい話はともかく、この橋を破壊することが重要なんだっていうことはわかった。それで、私たちはプラチナベビーズと闘わなくて済むんでしょ?」
綾乃は、さばさばと言ってのけた。
「じゃあ、行くよ」
少年少女たちが立ちあがった。手際よく爆弾を設置していく。
遠隔スイッチで爆発が起きると、道路の塗装が噴水のように吹き飛んだ。橋桁はねじられたように大きくたわんで、次々海に落下していく。
「落とした!」
誰かが嬉しげな声をあげた。しかしメインワイヤーは大きく波打ちながらもまだつながっていた。橋桁が一部崩落してバランスが崩れ、ワイヤーの描く放物線はいびつな形になっている。
「橋桁を落としても意味がない。メインワイヤーを切らないと本土とつながったままだ」
綾乃が険しい顔で告げる。
「私がワイヤーを切る」
理央はメインワイヤーにガウスガンの照準を合わせ、レバーを引いた。
衝撃とともにメインワイヤーが大きくたわんだ。
蒼穹を鞭打つようなすさまじい音と共に、ガウスガンの弾頭は弾かれていた。
ワイヤーは耐久性を高められた軟性のある合金の塊だ。コンクリートのようには壊れない。二弾、三弾目も弾かれた。
理央はワイヤーをにらみ、ため息をついた。
メインワイヤーは鋼鉄のピアノ線でできている。みどり大橋に採用されたワイヤーは1平方ミリメートルあたり一八〇キログラムの引張強度があるとされている。これを約百万本、直径一メートルほどの太さに寄り合わせて作られているのだ。ねじりによる強化を考慮せず単純に強度をかけ合わせただけでも、引きちぎるには十八万トンの力が必要になる。
理央はヘッドセットのマイクに叫んだ。
「どうしよう類、橋のメインワイヤーが切れない」
『理央、アンカレイジを狙え。メインワイヤーをメガフロートに固定しているコンクリートの重しだ。橋のたもとの下。橋脚の付け根にあるはずだ』
「破壊すればいいの?」
『その箱の中では、ワイヤーは細く分岐されている。きっと切ることができると思う』
理央は、崖となった橋のたもとに駆けよった。慎重に下をのぞきこむ。前なら橋の下になって目に見えなかった部分だ。落ちた橋桁が割れた板チョコのように折り重なった下に、灰色をした台形のコンクリートブロックがあるのが見えた。ブロックは大きく打ち寄せる波に、上辺まで洗われている。
理央は、橋のたもとの崖に自分の両方のかかとを固定した。ガウスガンを構える。
数秒後、理央は無事に二本のメインワイヤーを留めているアンカレイジブロックを破砕した
コンクリートの箱の中から解き放たれたワイヤーの先端は、一度反動で大きくはねあがってから海の中に身を横えた。
白い壁のような波が立ち、理央の背後で雪崩のように崩落した。
水飛沫を浴びながら、理央はマイクに告げる。
「みどり大橋、破壊完了」




